第六十話 オーガス防衛戦
オーガス南門――。
大地が震えていた。
◇◇◇
ドドドドドドドドドッ――!
◇◇◇
地響きを立てながら迫る魔物の大群。
ゴブリン。
コボルト。
オーク。
ホブゴブリン。
その数は百五十体を優に超えている。
もはや群れではない。
軍勢だった。
◇◇◇
南門の城壁上では、兵士たちが緊張した面持ちで武器を握り締めていた。
「距離三百!」
「弓兵隊、構え!」
兵士長の怒号が飛ぶ。
だが、その表情に余裕はない。
誰が見ても異常事態だった。
これほど大規模な魔物の群れが街を襲うことなど、滅多にない。
「本当に守り切れるのか……?」
若い兵士が震える声で呟く。
隣に立つ兵士も、答えられなかった。
家族がいる。
恋人がいる。
守るべき街がある。
それでも、恐怖は消えない。
百を超える魔物の群れを前にして、平静でいられる者などそうはいない。
◇◇◇
その時だった。
ビルセイヤが一歩前へ出る。
「セシリア」
「うん」
「ツバサ」
「任せろ」
「エミリア」
「準備できています」
短いやり取り。
だが、それだけで十分だった。
クラン【ホーム】は何度も死線を越えてきた仲間だ。
今さら細かな説明など必要ない。
互いの役割も、呼吸も、すでに身体に染みついている。
「まずは数を減らす」
ビルセイヤが剣を抜く。
陽光を反射した刀身が鋭く輝いた。
そして――。
そのまま魔物の群れへ向かって走り出した。
「なっ!?」
兵士たちが一斉に目を見開く。
「一人で突っ込んだぞ!?」
「無茶だ! 死ぬ気か!?」
誰もがそう思った。
だが。
クラン【ホーム】の仲間たちは、慌てるどころか苦笑していた。
「始まったわね」
セシリアが肩をすくめる。
「いつも通りです」
エミリアも小さく笑った。
彼女たちは知っている。
ビルセイヤがどれほど規格外なのかを。
◇◇◇
次の瞬間。
剣閃が走った。
ズバァッ!!
先頭を走っていたゴブリン三体が、まとめて吹き飛ぶ。
だが、それで終わりではない。
ビルセイヤは一切足を止めなかった。
そのままオークの群れへ飛び込む。
避ける。
斬る。
踏み込む。
斬る。
振り返りざまに、さらに斬る。
まるで舞うような剣技だった。
一切の無駄がない。
一振りごとに魔物が倒れていく。
まるで戦場そのものを切り裂いて進むかのように。
「なんだ、あれ……」
兵士の一人が呆然と呟いた。
「本当に人間か……?」
誰も答えられない。
彼らの常識を、完全に超えていた。
◇◇◇
「私たちも行くわよ!」
セシリアが地を蹴る。
Bランク冒険者の実力が、戦場で一気に解き放たれた。
鋭い踏み込み。
一閃。
ゴブリンが倒れる。
返す刃でコボルトを斬り伏せ、そのまま身体を捻って背後から迫ったオークの腕を斬り飛ばす。
流れるような連撃。
しなやかで、それでいて鋭い。
兵士たちは思わず見惚れていた。
「すごい……」
「これが、Bランク冒険者……!」
ただ強いだけではない。
洗練されている。
戦場の中で、セシリアの剣はまるで風のように駆け抜けていた。
◇◇◇
ツバサも続く。
日本刀が鞘から滑り出た。
キィィィン――。
澄んだ音が戦場へ響く。
ビルセイヤに研ぎ上げられた愛刀。
その切れ味は、すでに常識を超えていた。
ホブゴブリンが巨大な斧を振り下ろす。
だが。
ツバサの刀は、その斧ごと敵を両断した。
「……やっぱり反則だな」
本人が苦笑する。
未だにこの切れ味には慣れない。
だが、頼もしさは本物だった。
斬るたびに敵が崩れ、前線が押し返されていく。
◇◇◇
後方ではエミリアが魔法を展開していた。
「ファイヤー・ボール!」
巨大な火球が放たれる。
ドォォォン!!
爆炎が魔物の群れを飲み込んだ。
数体のゴブリンが吹き飛び、コボルトたちが悲鳴を上げる。
さらに、エミリアは止まらない。
「アイス・アロー!」
無数の氷の矢が空を埋めた。
正確無比な射撃。
一体、また一体と魔物が倒れていく。
近接戦だけではない。
後衛支援もまた、一流だった。
◇◇◇
クラン【ホーム】だけで、すでに数十体を討伐している。
兵士たちの士気も徐々に戻り始めていた。
「いける……!」
「押し返せるぞ!」
だが――。
「ガアアアアアアアアッ!!」
戦場全体を揺るがす咆哮が響いた。
ブラックウルフキング。
群れの頂点に立つ魔物だ。
その咆哮と共に、魔物たちの動きが変わる。
乱雑だった動きが統一されていく。
バラバラだった足並みが揃い、役割を持ったように前進し始める。
まるで訓練された兵士のように。
「まずい!」
兵士長が叫ぶ。
「指揮官型だ!」
「ブラックウルフキングを倒さない限り、統率は崩れん!」
その言葉に、全員の視線が敵の中心へ向いた。
巨大な黒狼。
赤い瞳。
圧倒的な存在感。
そして首元には――黒い首輪。
蛇の紋章。
「また蛇の牙か……」
ツバサが顔をしかめる。
盗賊団。
レッドオーガ。
そして今回の魔物襲撃。
全てが繋がっている。
ビルセイヤは剣を握り直した。
蛇の牙。
その正体はまだ見えない。
だが確実に、尻尾は掴み始めている。
「セシリア」
「分かってる」
「ツバサ」
「援護する」
「エミリア」
「任せてください」
全員の視線がブラックウルフキングへ向く。
今回の戦いの要。
倒すべき敵。
ブラックウルフキングもまた、赤い瞳でビルセイヤを見据えていた。
獣の目ではない。
そこには、明確な敵意と知性が宿っている。
まるで、自分が狩る側だとでも言いたげに。
◇◇◇
ビルセイヤは静かに息を吐いた。
「終わらせる」
次の瞬間。
地面を蹴る。
一直線にブラックウルフキングへ向かって駆け出した。
それに呼応するように、セシリアとツバサも左右へ散る。
エミリアは後方から魔力を練り上げ、援護の準備に入る。
オーガス防衛戦最大の激突。
その幕が、今まさに上がろうとしていた。
◇◇◇
街を守るための戦い。
仲間を守るための戦い。
そして、蛇の牙という闇へ迫るための戦い。
ビルセイヤの剣が、黒き王へ届く時――。
オーガス防衛戦は、ついに最高潮へ突入する。
第二章 第六十話
「オーガス防衛戦」
――続く。




