第五十九話 南門の異変
オーガス冒険者ギルド――。
ギルドマスター室に、重苦しい空気が流れていた。
◇◇◇
「ギルドマスター!」
「緊急報告です!」
受付嬢が勢いよく飛び込んでくる。
肩で息をしながら、切迫した声で叫んだ。
「南門付近で魔物の大群が確認されました!」
◇◇◇
その場にいた全員の表情が変わる。
「規模は?」
ギルドマスターが即座に問い返した。
「現在確認されているだけで百体以上です!」
「ゴブリン、コボルト、オークを中心に集結しています!」
◇◇◇
部屋の空気が凍り付いた。
百体以上。
それは、単なる魔物の群れではない。
小規模なスタンピードに匹敵する規模だった。
「くそっ……!」
ギルドマスターが机を強く叩く。
「高ランク冒険者たちは遠征中だ」
「守備隊だけでは押し切られる可能性がある……」
◇◇◇
オーガスは商業都市である。
人口も多い。
もし魔物の侵入を許せば、被害は計り知れない。
その時だった。
「俺たちが行きます」
静かな声が響いた。
ビルセイヤだった。
◇◇◇
「ビルセイヤさん……」
受付嬢が目を見開く。
彼らは北部鉱山から帰還したばかりだ。
普通なら休息を取っていても、誰も責めはしない。
しかしビルセイヤに迷いはなかった。
「放っておけません」
セシリアも隣で頷く。
「街には一般人もたくさんいます」
「守らなきゃ」
ツバサは苦笑した。
「結局こうなるんだよな」
「まあ、それがホームだ」
エミリアも静かに微笑む。
誰も反対しなかった。
困っている人がいる。
守るべき街がある。
それだけで、クラン【ホーム】が動く理由には十分だった。
◇◇◇
ギルドマスターはしばらく黙っていた。
そして深く息を吐く。
「頼む」
「街を守ってくれ」
「任せてください」
ビルセイヤは力強く頷いた。
◇◇◇
こうしてクラン【ホーム】は、再び出動することになった。
◇◇◇
オーガス南門。
到着したビルセイヤたちは、その光景に思わず顔をしかめた。
「これは……」
セシリアが呟く。
平原一面に、魔物が広がっていた。
ゴブリン。
コボルト。
オーク。
ホブゴブリン。
その数、およそ百五十体以上。
まるで軍勢だった。
「多すぎるな」
ツバサが低く言う。
普通ではあり得ない。
これだけ種族の違う魔物が集まれば、本来なら互いに争い始めるはずだ。
しかし今は違った。
全ての魔物が同じ方向を見ている。
オーガス。
街を見ていた。
「統率されています……」
エミリアが険しい表情で呟く。
◇◇◇
そして。
ビルセイヤの視線が、群れの中央で止まった。
そこにいたのは巨大な黒狼。
全長三メートルを超える巨体。
漆黒の毛並み。
血のように赤い瞳。
周囲の魔物たちとは、明らかに格が違う。
「ブラックウルフキング……」
セシリアが息を呑んだ。
Aランク相当。
通常なら一流冒険者パーティが討伐対象とする魔物である。
だが、問題はそこではなかった。
首元。
黒い首輪。
そして、そこに刻まれた蛇の紋章。
「やっぱりか」
ツバサが顔をしかめる。
レッドオーガ。
盗賊団。
そしてブラックウルフキング。
全てが同じ紋章で繋がっている。
「蛇の牙……」
ビルセイヤが小さく呟く。
ギルドマスターが語った裏組織の名。
間違いない。
この事件の黒幕だ。
◇◇◇
「ビルセイヤ」
「ああ」
ツバサと視線を交わす。
今回の敵は魔物だけではない。
その背後にいる組織こそ、本当の敵だ。
だが今は、街を守ることが先だった。
「ここで止める」
ビルセイヤが剣を抜く。
刀身が夕陽を反射し、鋭く輝いた。
◇◇◇
その瞬間。
「グルルルル……」
ブラックウルフキングがこちらを見た。
その瞳には、獣とは思えない知性が宿っている。
そして――。
「ガアアアアアアアアッ!!」
咆哮。
大地が震えた。
百五十体を超える魔物たちが、一斉に動き出す。
ドドドドドドドドドッ!!
地鳴りのような足音が平原を揺らす。
目指す先はただ一つ。
オーガスの街。
◇◇◇
「迎え撃つぞ!」
ビルセイヤが叫ぶ。
「おおおおおっ!!」
セシリア。
ツバサ。
エミリア。
そして南門を守る兵士たち。
全員が武器を構えた。
オーガス防衛戦。
その幕が、今まさに上がろうとしていた。
◇◇◇
だが、誰も気付いていなかった。
南門から少し離れた時計塔の屋上。
そこから一人の黒ローブの人物が、街を見下ろしていたことに。
「順調だ」
低い声が漏れる。
「実に順調だ」
フードの奥で、口元が歪む。
その視線は、真っ直ぐビルセイヤへ向けられていた。
「面白い……」
「やはり、お前が障害になるか」
静かな殺意。
蛇の牙。
そしてビルセイヤ。
両者の戦いは、ついに表舞台へ姿を現そうとしていた。
◇◇◇
南門の外では魔物の群れが迫る。
街の中では人々が不安に震える。
そして闇の中では、蛇が牙を研いでいる。
クラン【ホーム】にとって、初めての都市防衛戦。
その戦いは、ただの魔物討伐では終わらない。
オーガスを覆う陰謀が、今まさに牙を剥こうとしていた。
第二章 第五十九話
「南門の異変」
――続く。




