41、遠雷
自室に戻った朧は便箋を机の上に置いて、ベッドに腰掛ける。はぁ、と顔を覆った。
─何で言ってくれなかったんだ……。
机の上に置かれた便箋。
そこには、朧が知らなかった月華の苦しみが綴られていた。
「……月華さん」
小さく名前を呼ぶ。
責める言葉は、どこにもなかった。
それが余計に、胸を締めつけた。
─なぜ気付けなかったのだろう。
何度も隣にいたはずなのに。
何度も守ると言ったはずなのに。
彼女が一人で苦しんでいた時間を、自分は知らなかった。
* * *
十六夜 朧さんへ─
突然、このような手紙を送ることを許してください。
もう会わないと決めたのに、こうして筆を取ってしまったことを、どうか許してください。
きっと貴方は、この手紙を読んで自分を責めるのでしょう。
昔から、貴方はそういう人でした。
自分の痛みよりも、誰かの痛みを先に見つけてしまう人でしたから。
少し前から、身体の調子を崩すことが増えました。
最初は、きっと一時的なものだと思っていました。
けれど、病院でいくつか検査を受けて……そうではないのだと知りました。
これから先のことを考えると、怖くないと言えば嘘になります。
それでも、貴方には伝えないつもりでした。
貴方ならきっと、すぐに駆けつけてくれる。
自分のことを後回しにして、私のために何かをしようとしてしまう。
それに……私が貴方に甘えてしまいそうだったから。
けれど私はもう、貴方に守られるだけの人ではいたくありません。
貴方がくれた優しさを、これから歩いていくための力にしたいと思いました。
覚えていますか。
あの日、貴方が私に言ったこと。
『俺が迎えに行く』
幼かった私たちが交わした、小さな約束。
あの時の貴方の言葉が、どれほど私を救ったのか。
きっと貴方は知らないのでしょうね。
だから、もう気にしないでください。
あの約束を果たせなかったことを、貴方が悔やむ必要はありません。
だってあの日。
貴方はもう、私を迎えに来てくれていたから。
誰にも必要とされていないと思っていた私に、「一緒にいよう」と言ってくれた。
一人で耐えるしかないと思っていた私に、「頑張ろう」と言ってくれた。
あの日、貴方がくれた言葉は、今でも私の中に残っています。
あの約束は、叶わなかったのではありません。
私にとっては、もう十分すぎるほど大切なものになっていました。
ありがとう。
貴方に出会えて、本当によかった。
だからお願いです。
もう、自分を責めないでください。
どうか、貴方自身の幸せを諦めないでください。
貴方が幸せでいられることを、心から願っています。
如月 月華
* * *
あの日から、神社での時間は変わってしまった。
何かが壊れたわけではない。
朧も、小夜も、以前と同じように任を果たしている。
ただ─。
二人の間にあった当たり前が、少しずつ消えていた。
小さな隔たりは、いつしか越え方すら分からなくなる。
それでも、二人はどこかで思っていた。
いつかまた、以前のように戻れるのだと。
そう信じていたのだ。
──遠くで鳴り響く遠雷など、知らずに。




