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月夜海は、誰が為に想ふ。  作者: 朝霧唯凪
第一章 : 巫、現世に在り
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39、冬凪に沈む

小夜の様子がおかしくなってから数日が経った。

あの時だけだ。時間が経てば、またいつものように頼ってくれる。

朧はそう思っていたが、何日経っても小夜の様子が変わることはなかった。


途方に暮れた朧は、尊敬する人を頼ることにした。


『……小夜様が?』

「えぇ」


朧は自室のベッドに腰掛けて返す。相談を受けた男─御影は驚いた様子を見せた。


「今までこんなことはなかったんです……どうしたらいいか……」


『そうだなぁ……』と御影は呟く。


「すみません、忙しいのに……」


小夜の護衛任務で何度か同行してもらったこともあるが、御影は神祇統監機構保安総監という上の立場にいる。

元中央治安統制局隊長である彼は、その経験を買われ、現在は神祇統監機構の警備や危機管理を担っていた。


『構わんよ。お前が相談してくるなんてよっぽどのことなんだろう』


そう言われて朧はホッと息をつく。


『ところで本当に心当たりはないんだな?』

「……ええ」

『なら気にしなくていいんじゃないか?』

「え?」


予想外の返しに朧はつい声を漏らしてしまう。


『いや……言い方が良くなかったな。朧はいつも通り小夜様と接したらいいんだ』

「ですけど……何日経っても変わらなくて……」


ふと沈黙が下りた。少しして『俺はさ』と御影が呟いた。


『お前と小夜様はよく似てると思うよ』

「俺と……小夜様がですか?」


御影は『あぁ』と答える。


『なんていうか……相手のことを考えたら、自分の気持ちを言えずに抱え込んじゃうんだろうな。朧はちゃんと自分の気持ちを小夜様に伝えてるか?』


そう言われて、ぐっと朧は詰まった。なるべく伝えようとはしてる。しかし、ちゃんと伝えているか聞かれると、即答はできなかった。


電話の向こう側で御影は微かに笑った。


『相手を思うことは大切だ。けど、それで自分の気持ちまで押し殺したら、相手のためにはならない。まぁ、俺が偉そうに言えることでもないけどな』

「いえ……それで……俺はどうしたらいいんですか?」

『別に大きなことをする必要はない。ただ、お前まで距離を置くな。いつも通り側にいて、必要なら言葉にすればいい』


御影の言葉は、いつもすっと胸に入ってくる。


『朧と小夜様は似たもの同士なんだからさ、小夜様のことは朧がよく分かるはずだ。お前なら大丈夫だよ』

「ありがとう……ございます」

『何だ、泣いてるのか?』


冗談じみた声が聞こえる。


「そんな訳ありません……助かりました」

『いいんだ。ただ……小夜様のことを考えるのも大事だが、朧。最近ちゃんと休めてるか?』

「え?」

『声が少し違う。疲れている時のお前の声だ』


電話だけで見破られた。この人にはやっぱり敵わないな、と思いつつ朧は返す。


「ちょっと疲れてるだけです。大丈夫ですよ」


確かに最近、眠っても疲れが抜けないことが増えていた。身体が重く、頭がぼんやりすることもある。

けれど、それを口にするほどのことではないと思っていた。


『ならいいんだが……』


何か言いたげな御影だったが、惜しむように『すまん』と言われた。


『仕事が立て込んでてな。そろそろ切る』

「ええ、お時間いただいてありがとうございます」

『礼はいいよ。またなんかあったら連絡してくれ』


御影との通話が終わった。

朧はしばらく、暗い画面を見つめていた。


『お前まで距離を置くな』


その言葉が胸に残っている。

彼女が何を考えているのかは分からない。

それでも、分からないからといって、自分まで離れてしまうのは違う。


「……明日から、いつも通りに」


きっと大丈夫。


そう自分に言い聞かせて、小さく呟いた。


* * *

それから数日、朧は以前と変わらないように努めた。

朝の挨拶を交わし、任務の話をして、時には他愛のない会話もする。


それでも─。


「朧、大丈夫だよ」


その言葉を聞くたびに、朧の胸には小さな違和感が残る。


本当に大丈夫なら、なぜそんな顔をするのか。


聞きたいことはいくつもある。 けれど、今は御影の言葉を信じたかった。


いつか、小夜が自分に話してくれる日が来ると。

またちゃんと笑い合える日々が戻ってくると。

 

けれど──。


その願いは、思っていた形では届かなかった──。

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