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月夜海は、誰が為に想ふ。  作者: 朝霧唯凪
第一章 : 巫、現世に在り
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2、夜気を食む

参道を抜けると、楽しげな笑い声が聞こえてきた。車にもたれかかって話している護衛二人が目に映る。朧の姿を見て、護衛二人は慌てて姿勢を正した。朧は思わず舌打ちをつく。小夜は寝ている間は、彼らに優しく接する必要はなかった。


「ドア開けて下さい」


歳の若い護衛に顎で促すと、彼は慌ててドアを開けた。朧は小夜を助手席に座らせると、シートベルトをする。そして、立ち尽くしたままの護衛二人を睨みつけた。


「早く車乗ってもらえますか」


しかし、たまらないといったように年上の護衛が口を開いた。

 

「すみません」


朧は、護衛と向き合う。

 

「いつも思ってたんですが、態度悪くないですか?こちらに失礼じゃないですかね」

「失礼?」

「ええ。十六夜さん、まだ一年目ですよね。私、五年も護衛として働いてるんですよ。先輩には敬意を払うべきでしょう」


相手をするのも面倒だ。朧はため息をついた。


「すみません。こちらに敬意が見えなかったので、こちらも同じように接しただけです。何か?」

「礼儀の問題ってことです。個人の感情と、組織としての序列は別物ですよ」


よく言い返すな、と思いながら朧は冷え切った瞳で護衛を見やる。


「それに鎮守人だから偉いとか思ってます?推薦されたからって……」

「あぁ、鎮守人になりたかったんですか?」

「はっ?」


護衛は素っ頓狂な声を出した。


「そんな訳ないでしょう!」


朧は「そうですか」と興味がなさそうに言うと、運転席の方へと向かう。その背中に護衛は声を掛けた。


「話はまだ終わってませんよ」


呼び止められて、朧は怠げに振り返る。


「護衛官という上の位もあるのに、五年も護衛でいるっていうのは、人望がないからですか?それとも才能がないから?」


朧は寝ている小夜をチラリと見た。


「あなたのくだらない体裁はどうでもいいですけど、彼女を危険に晒すようなことがあれば、その時は覚悟しておいて下さい」

「……上に報告しますからね」


朧は無視して運転席に乗り込む。ルームミラーを見ると、肩を震わせて若い護衛に当たり散らしているのが見える。


─本当にくだらないな。


エンジンを始動させると、重低音の振動がシートを通じて伝わってきた。

ヘッドライトを点灯し、夜の闇を一閃する。タイヤがジャリリと砂利を噛む音を残し、車は滑り出した。バックミラーには慌てて追いかけてくる護衛の車の光が、情けなく映っていた。

苛立ちを抱えたまま、高速道路に乗る。車はしばらく、夜の高速を滑るように走り続けた。

一定の速度で流れる街灯の光が、車内を規則的に照らしては消えていく。小夜はすやすやと寝息を立てて寝ており、車内には静寂が漂っていた。そこで、不意にチラリとサイドミラーを見た朧は異変に気付く。

後ろで走っていた護衛の車の横に、白いワゴン車がぴったりとくっついて走っていた。

嫌な予感がした朧は、急いで無線に繋げる。


「今どういう状況ですか」


ジジ、と言って返答がきた。


『不審な車がずっと横に付いています。車内の様子は見えません』


─敵か。


もう一度サイドミラーを見る。白いワゴンの窓がわずかに下がるのが見えた。嫌な予感が確信に変わる。

次の瞬間─乾いた音が立て続けに聞こえた。


『は、発砲!発砲です!』


悲鳴のような声がイヤホンを通して聞こえてくる。朧は冷静に指示を出す。


「発砲許可します。撃ち返してください」


パンパンと、連続して発砲音が聞こえる。


『撃ちました!ど、どうすれば……!』


慌てた声と、罵声が聞こえてくる。


「動きを止める方が先です。タイヤ狙ってください」

『距離が近すぎて狙えません!』


朧はため息をつくと、サイドミラーを確認する。ぶつかりそうな距離で二台は並走していた。


「……ん」


騒ぎの中、小夜は目を覚ました。発砲音に驚き、辺りを見回す。


「え、え……何?」

「襲撃です。恐らく敵は“ 夜狗(やこう)”と思われます」

「夜狗……またか」

「ええ。武力行使しか能のない連中です」


発砲音は鳴り止まず、イヤホンからは悲鳴が聞こえてくる。


「……ったく無能が」

「朧……?」


つい本音が漏れてしまったが、気にせずにショルダーホルスターから銃を取り出す。


「小夜様、しばらくハンドル頼みました」

「はっ、え!?」


そう言って、朧は窓を開けた。ハンドルから両手を離し、車外に身を乗り出すと、夜狗の車のタイヤに照準を定める。


「ちょ、朧!!」


慌てて小夜はハンドルを掴んだ。車体がわずかに揺れるが、朧は視線を外さない。風が車内に吹き込み、髪を乱す。


「そのまま真っ直ぐ」


低く言い放つと、引き金を引いた。乾いた発砲音が夜に弾ける。一発、二発、三発。白いワゴン車のタイヤが弾けた。次の瞬間、車体が大きく傾き、護衛の車と激しく衝突した。


「……クリア」


激しい衝突音がして、二台の車はもつれ込むようにガードレールへと突っ込んだ。火花が散ったのち、車体はそのまま炎を上げる。


「あ……」

「ちょ……朧」


炎上した車を見て小夜は青ざめる。完全に動かなくなったことを確認してから、朧はようやくハンドルを掴んだ。


「……やりすぎました」

「やりすぎ!ど、どうすんだ、燃えてるぞ……」


朧は無線を繋ぐ。


「すみません、ご無事ですか。応答願います」


しばらくして、ジジッと音がした。慌てた声が聞こえてくる。


『車から出ました……二人とも生きてはいますが……庄司さんが……!』

「どうかされましたか」

『じゅ、銃弾を受けて腕を負傷しています!通信が……っ』

「こちらから治安統制局に通報しますので傷口を押さえててください」


そう言って朧は、ポケットから端末を取り出すと小夜に電話を掛けさせる。小夜から受け取ると同時に電話が繋がった。


『はい、こちら中央治安統制局……十六夜様ですね』

「ええ。天御影高速で交戦。夜狗と思われます」


一瞬の間もなく返答がくる。


『確認。第三処理班を回します。詳細を』

「こちらは無事ですが、護衛車一台と夜狗の車が衝突の後炎上。護衛二人のうち一人が銃撃を受けて腕を負傷しております」

『了解しました。現場は我々が引き受けます。離脱を』


そこで電話は途切れた。朧はようやくホッと息をつく。


「すみません、小夜様。お騒がせしました」

「寝起き早々びっくりした……護衛の方大丈夫なのか?」

「ええ、恐らく……」


派手にやってしまった。後で呼び出しをくらうのは確実だろう。

 

「それより体の方は大丈夫ですか?寝ていてください」


あれだけ神力を使ったのだ、簡単に回復できるものではない。


「今ので寝れる訳ないだろ!大丈夫だ。それにしてもあいつらは何で私を狙うんだろうな」


その言葉を聞いて、朧は眉をひそめた。

宗教結社、夜狗。主に武力行使で巫の命を狙う。この一年間の間、何度も交戦してきた組織でキリがない連中。全体の統制がとれているのか、教祖までの足取りが全く掴めていない。


「あんな奴らの思想なんか聞いても、一生分かり合えませんよ」

「思想知ってるのか?」

「聞きたいんですか……?」

「聞きたいというか、興味がある」


本来なら聞かせたくはない話だが、仕方ない。


「そもそも連中は、“平等”をやたらと口にする連中です」

「平等?」

「ええ。昔は異能を持たない者は、まともに扱われてなかったらしいです。仕事も制限されて、隔離されることもあったとか」

「そんな……ひどいな」

「ええ、そして彼らは世界の均衡そのものが歪みだと考えているんです」

 

朧は淡々とした声で続ける。

 

「世界の均衡は巫によって保たれている。だから巫を殺せば世界は一度崩れ、そこから作り直せると」


流れていく街灯の光が、横顔をかすめた。チラリと小夜の顔を見る。訳が分からない、というような怪訝な顔をしていた。


「む、難しいな……」

「分かろうとしなくていいんですよ。ほんとにくだらない」

「そもそもそんなこと可能なのか?何でそんな思想を皆信じてるんだ」

「あぁ、教祖の話術が長けているらしいですよ。厄介なことに、間違ったことは言っていないように聞こえる。それでのめり込んじゃうとか」

「そうなのか」


そう言ってから、小夜は目を瞬かせた。


「なんか……詳しいな」

「あ、その……」


鎮守人となる前に三年間、中央統制治安局実働部隊の一員として幾度も夜狗のテロ行為に出動してきた。口を割らせるために少々強気な手段を使ったことは言えるはずがない。


「まあ、色々ありまして」

「……そうか」


何か勘づいたのだろう。小夜はそれ以上聞かなかった。

何とか高速をおり、小夜たちがいつも暮らしている常世神社に戻る。着いた頃には20時になっていた。

車を駐車場に止めると、降りて助手席に回り込んだ。ドアを開けて小夜のシートベルトを外してやる。


「はい、乗ってください」


早く小夜を休ませなければならない。朧は、背中を向けてしゃがんだ。


「いつも言ってるだろ。歩けるって」

「俺がおぶった方が早いです」

「うー……」


正論を言われて小夜は唸った。仕方なく朧の背中に乗る。車の扉を閉めると、朧は歩き出した。石段を登り、鳥居をくぐる。参道を歩き、拝殿、本殿を通り過ぎると、次第に巫殿を照らす明かりが見えてきた。やはり疲れていたのだろう。小夜は朧の背中で寝息を立てている。


「……小夜様、今日もお疲れ様でした」


朧は背中の小夜を少し持ち直し、巫殿へ歩き出した。暗がりに浮かぶ巫殿の明かりは、まだ少し遠い。

背中から伝わる規則的な寝息を聴きながら、朧は一歩、また一歩と夜の静寂を踏みしめていった。

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