35、白き邂逅、遠き約束
「鎮守人の顔合わせですか……?」
ある日、父に部屋に呼び出され、朧は伝えられた言葉を復唱する。
「そうだ。鎮守人の候補者にお前が選ばれた。国から通達が来ている」
「鎮守人って何ですか?何で俺が?」
聞いた事のない名前に、眉を顰める。胸がザワザワとしていた。
「知らなくていい世界の話だ」
父は詳しく説明はしてくれない。
「月華さんとの婚姻は、どうなるのです?」
「問題ない」
父は顔をあげると、鋭い眼光で朧を見る。
「お前は、絶対鎮守人などにはならない」
父の瞳には確固たる自信が映っていた。
* * *
そして、次の年の冬。しんしんと雪が降り積もる中、朧は父と共に常世神社を訪れていた。
初めて訪れる常世神社には人の気配が全くなく、白く染まったそこはまるで別世界のように感じられた。
「朧」
「はい」
本殿に入る前、父が朧の肩をグッと掴んだ。
「挨拶だけでいい。決して余計なことは言うな」
父の力は強く、朧は微かに顔を歪める。
「お前の為だ、分かったな?」
「……分かりました」
本殿に近付くと、立っていたスーツの男性が「お待ちしておりました」と、頭を下げた。父と別れて中へ案内される。
室内は外気と変わらぬ冷気が満ちており、靴下一枚を通した足の裏から、床の凍てつくような冷たさが容赦なく伝わってきた。
「こちらでございます」
広間に案内され、中に入る。四人の男性が既に座布団に座っていて、その前に小さな一人の少女が座っていた。
「どうぞお座りになってください」
空いていた座布団に座ると、顔合わせが始まった。
「挨拶をお願いいたします」
左から順番に挨拶が始まり、最後に朧の番になった。
「十六夜朧。十五歳です。よろしくお願い致します」
全員が簡単な挨拶を終え、ずっと俯いていた少女が、ふと顔を上げた。
ビー玉のような目だった。光を閉じ込めたみたいに、何の感情も映していない。こけた頬。白すぎる肌。
その小さな存在だけが、この場から浮いている。
怖いのか、美しいのか、それすら分からない。
ただ、視線を外せなかった。
「■■■■。九歳です。よろしくお願いします」
彼女はか細い声でそう言って、とても律儀に頭を下げた。
─九歳……。
その幼さに、朧は眉を顰めた。目の前の佇まいはどう見ても年相応とは言い難い、あまりに大人びた身のこなしだった。
けれど、部屋の誰もそれを問題にしている様子はなかった。
部屋には再び静寂が戻る。
その後、次の話題へと移り、朧は必要以上に口を開かないよう意識しながら、淡々と時間が過ぎるのを待った。
「これにて顔合わせを終わらせていただきます。本日はありがとうございました」
ようやく顔合わせは終わりを迎え、朧はホッと息をつく。長時間の正座で足が僅かに痺れていた。
機関で選考を行い、結果は一ヶ月後に通知されるらしい。
鎮守人に選ばれた者には、正式な通達が届く。
そう言って男性は話を締めた。
話が終わると、男性たちが立ち上がり、帰る支度を始める。朧も部屋を出ようとした時、ふと少女へ視線を向けた。
彼女は、誰もいなくなり始めた部屋の中で、未だに同じ姿勢のまま座っていた。
まるで、自分がこの場に存在していることすら忘れているよう。
喜びも、悲しみも、恐怖も。彼女には何もなかった。
ただ、空っぽの瞳で床を見つめている。
─人は、ここまで何も映さない目をするのか。
その姿が、なぜか朧の心に残った。
* * *
「朧。何も言わなかっただろうな」
帰り際父に聞かれ、朧は頷いた。父はホッとしたように息をつく。
「ならいい。選ばれることはないだろう」
「なぜ言い切れるんですか……?」
父は一切こっちを見ようとはしない。
「……お前は知らなくていい。災いになんか仕える必要はない」
─災い……?
父はそれ以上何も喋らなかった。
後になって知ったが、あの日の顔合わせは、常世の巫を護衛する"鎮守人"を選ぶためのものだった。
世間に疎かった朧は、その時まで鎮守人という存在すら知らなかった。 選ばれなかった以上、自分には関係のない話だと思っていた。
「朧、来年祝儀を上げるぞ」
「朧さん、やっとですね……」
泣きそうな顔で微笑んだ、月華の顔が忘れられない。このまま上手くいくと思っていた。やっと約束を果たせると思っていた。
─だから思いもしなかったのだ。
まさか数年後に、もう一度鎮守人の通達が来ていたなんて。




