32、無能の子
十六夜朧は、幼い頃から何一つ期待に応えられない子どもだった。
この国では、異能がすべてだった。 力を持つ者は讃えられ、持たぬ者は「持たざる者」と蔑まれる。 人としての価値さえ、生まれ持った力で決められる。
だからこそ──。
代々強大な異能を受け継いできた十六夜家に、「持たざる者」が生まれたことは、決して許されなかった。
* * *
「話は聞いています。十六夜家に"持たざる者"が生まれたと」
朧がまだ三つだった頃。
広間に響いた祖母の声を、朧は今でも覚えている。
「この子はまだ幼い。開花していないだけでしょう」
「三つにもなって?」
祖母の冷たい視線が、膝の上にいた朧へ向けられた。
「十六夜の嫡男が、異能を持たぬなど……」
祖母は吐き捨てるように言った。
「死人と同然ではありませんか」
「母上」
父の声が低くなる。
「まだ決まったわけではありません」
「異能も持たぬ者を生かしておく意味などありません」
祖母が朧へ歩み寄る。その手には短刀が握られていた。
「十六夜家の恥になる前に……」
「おやめください!」
使用人が駆け寄る。父が祖母の腕を掴んだ。
「離しなさい!」
「母上」
父の声には、怒りが滲んでいた。
「これ以上、十六夜家の名を汚すような真似はおやめください」
その言葉に、朧は父を見上げた。
─父さんが、助けてくれた。
幼い朧は、そう思った。けれど、父は朧を見なかった。ただ、祖母を冷たい目で見つめていた。
「この子が異能を持たないことは、まだ公にしていない」
「……」
「それをあなたが騒ぎ立てれば、十六夜家の名に傷がつく」
朧は意味が分からなかった。ただ、自分のために父が怒っているのだと思った。
けれど、それから何年経っても、父が朧に優しくすることはなかった。
弟たちが生まれると、その差はさらに明確になった。
「まぁ、なんて素晴らしい異能でしょう」
「さすが十六夜家の血を引いているわ」
弟たちが異能を見せるたび、周囲の大人たちは嬉しそうに笑った。
「将来が楽しみですね」
「次代の十六夜を背負うに相応しい」
そんな言葉が飛び交う中、朧は少し離れた場所からそれを見ていた。
同じ十六夜家の子どもなのに。
同じ父と母から生まれたのに。
なぜ自分だけ違うのか。
「兄上は」
幼い弟が、何気なく口にした。
「どうして異能が使えないの?」
悪意のない言葉。
けれど、その一言が幼い朧の胸に深く刺さった。
周囲の大人たちは慌てて弟を止める。
「こら、そんなことを言ってはいけません」
しかし、その声には朧を庇う温かさはなかった。
ただ、面倒事を避けるためのものだった。朧はその場に立ち尽くしていた。
弟たちは何も悪くない。 ただ、自分には持っていないものを持っているだけ。
それでも、胸の奥に小さな痛みが残った。
─自分も、いつか認められたい。
そう思った朧は、誰よりも努力するようになった。
* * *
「もう一度だ」
幼い朧は、震える手で木刀を握っていた。何度も振り続けたせいで、手のひらは赤く腫れている。
「父さん、もう……」
「何だ」
「手が、痛くて……」
「だから何だ」
父の冷たい視線に、朧は口を噤む。
「お前には異能がない」
その言葉に、胸が締め付けられた。
「ならば、人の倍努力しろ。お前は十六夜家の嫡男だ。出来ないでは済まされない」
「……はい」
朧は木刀を握り直した。
それでも、どれだけ努力しても異能が開花することはなかった。
「出来損ないが」
その言葉は、父の口癖になった。
結果が出なければ殴られ、期待を裏切れば蹴られる。
いつしか朧は、痛みよりも「またか」と思う自分に慣れてしまっていた。
努力しても報われない。
─ならば、自分は何のために生きているのだろう。
そう思い始めていた、ある春の日─。
朧の人生が変わったのは、十六夜家で開かれた分家との会合の日だった。




