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月夜海は、誰が為に想ふ。  作者: 朝霧唯凪
第一章 : 巫、現世に在り
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22、雨音の居場所

次の日、小夜は自分を呼ぶ声で目を覚ました。目を開けると、朧が覗き込んでいた。外からは、雨が窓を激しく叩く音がする。


「おはようございます」

「……おはよ」

「体調はどうですか?」


小夜はゆっくりと起き上がった。朧に見せつけるように笑って見せる。


「……元気だよ」


朧が小夜をじっと見つめる。ふぅ、とため息をつかれた。


「嘘ですよね」


言葉とは裏腹に、確かにまだ少し身体は重い。それでも、小夜は布団の中から朧を見上げた。


「……映画見たい」


その言葉を聞いた朧は、呆れて言った。


「寝起きに言うことそれですか」

「だってずっと楽しみにしてたんだ」

「……分かりましたよ」


朧は観念する。


「借りてきたらいいんですね」


ぱあっと小夜の顔を輝いた。


「よし、じゃあとびっきり怖いのを頼む。寝る前に見よう」


─寝る前……。


「……」


朧は何か言いかけてやめた。また下手なことを言えば、小夜が膨れてしまう。

仕方ないというように小夜に言い聞かせた。


「借りてきますから、神祇までは寝とくんですよ」

「分かってるよ。ありがとな」


朧が巫殿を出ると、小夜は朝食をとる。室内は雨の音しか聞こえない。

朝食をとり終えると、激しい雨の音を遠くに聞きながら、小夜はもう一度布団に潜り込んだ。

朧が部屋を出ていってから、どれくらいの時間が経っただろう。

うつらうつらとした意識のなかで、時折、雨粒が窓を叩く強い音が響く。身体の芯に残る重さは、さっきよりは少し和らいでいるような気がした。


ふと、玄関の引き戸が静かに開く音がした。小夜は目を開ける。


─帰ってきた。


足音がして部屋のドアが開き、朧が姿を現す。朧の肩先は、雨のせいでわずかに色が変わっていた。


「ただいま」

「あ、おかえり朧。雨の中ごめん……」


朧は苦笑した。

 

「大丈夫ですよ。……ほらお望みのものです」


朧は小夜にレンタルの袋を手渡す。小夜は中からディスクを取り出した。パッケージには、いかにもおどろおどろしい文字と不気味な洋館の絵が描かれている。


「えへ……」

「……病み上がりの人に見せるようなものではありませんけど。神祇へ行く時間までは、まだしばらくあります。それまでまた少し横になって、体力を戻しておいてください」

「うん。ありがとう」


朧は小夜の布団を少し整えると、自分の濡れた上着を脱ぐために部屋を後にした。

再び静かになった部屋で、小夜は映画のパッケージを眺める。窓を叩く雨の音を聴きながら、神祇への緊張感と、それを終えたあとの夜の楽しみが、小夜の胸の内で静かに混ざり合っていた。


神祇のために霊山に行く頃には、小夜の体調はほとんど回復していた。


「本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫だって」


激しい雨が容赦なく視界を遮るなか、ついに霊山へと足を踏み入れる。

何度もおぶると言い張る朧を遮り、小夜は自分の足で泥を蹴って登っていった。昼間の休息のおかげで体調はほとんど回復していたが、やはり神祇そのものが心身に与える負担まで消えるわけではない。

過酷な役目を終え、限界を迎えた小夜を朧が抱きかかえて麓へと下りた頃には、夜の闇はすっかり深くなっていた。


神祇による負担で一時的に意識を失っていた小夜だったが、いつもより早く目を覚まし、眠気眼のまま足音を響かせて台所へと歩いてきた。

台所にはいつものように晩御飯の支度をする朧の姿がある。


「あ、小夜様起きたんですね」

「……眠い」

「寝てきたらどうです?もう少しかかりますよ」

「いや、いいよ」


小夜はボスリとソファに座った。

台所からは、優しい出汁の香りが漂ってくる。


「いい匂いだな。今日は鍋か?」

「ええ、胃に優しいかと」

「ありがとな」


しばらく沈黙の時間が流れる。やはり眠かったのだろう。小夜は船を漕ぎ始めた。


「……小夜様」


返事はなく、朧は小さく息をつく。ソファは寝るには固すぎる。

鎮守人になった当時、よくソファで寝落ちしては体を痛めていたことを思い出した。


「寝るなら部屋で寝てくださいよ」


そう言いながらも、起こす気にはなれなかった。毛布を身体に掛けてやる。

神祇のたびに体を酷使し、意識を失う主。 こうして安心したように眠っている姿を見ると、少しだけ肩の力が抜ける。


「……鍋、できましたよ」


数分後、朧が声をかけると、小夜がゆっくり目を開けた。


「できたか」

「ええ、遅くなりました」

「大丈夫だ、いつも悪いな」


二人で食卓について、いつものように他愛のない会話をしながら鍋を囲む。


「熱いから気をつけてくださいよ」

「分かってるって」


そう言いながら小夜はすぐに箸を止めた。


「...熱い」


朧は呆れたように笑う。


「だから言ったじゃないですか」

「..... でも美味しい」

「それは良かったです」


窓の外では、まだ雨が静かに降り続いている。

食べ終わった小夜は、ガタンといきなり立ち上がった。


「シャワー浴びてくる!」

「あ、はい……」


ダダダ、と足音が遠ざかっていく。


─そんなに映画を観たいのか……。


笑って小夜の後ろ姿を見送ると、後片付けをする。ちょうど後片付けを終えたところで、髪を乾かした小夜が出てきた。


「よし!見るかー!!」

「はいはい」


朧はDVDプレーヤーのトレイを開き、ディスクを入れる。


「眠れなくても俺は責任取れませんからね」

「大丈夫だ。……ほら朧」


ソファの横をポンポンと叩かれた。


「……俺も一緒に見た方がいいですか?」


一応聞いてみると、小夜は「何言ってんだ?」と目を瞬かせた。


「朧と見なくてどうすんだ。こういうのは怖がりな人と見るのが楽しいんだぞ」

「別に俺は怖がりな訳じゃ……」

「あ、始まった」


予告が終わり、本編が始まった。おどろおどろしいタイトルが画面に映る。朧は仕方なく小夜の横に座った。


雨音に包まれた部屋で、穏やかな夜の時間が流れていった。

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