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月夜海は、誰が為に想ふ。  作者: 朝霧唯凪
第一章 : 巫、現世に在り
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17、均衡の狭間

大規模な夜狗(やこう)による襲撃を受け、神祇統監機構ではすぐに緊急会議が開かれた。

広い会議室に何十人もの代表者や責任者が集まり、重い空気が漂っている。


「視察部隊がいなければ巫様は殺されていた。護衛体制は見直すべきです」

「見直す?簡単に言ってくれるな」

「そもそも視察部隊がいたのが原因ですよね。大規模移動が招いた混乱でしょう」

「いや、視察部隊がいなければ確実に死んでいた」

「護衛を増やせばいいだけでは?」

「そんな人員の余裕はない!」


意見はすぐに割れ、収束しないままぶつかり続ける。


「十六夜さんは鎮守人としてどう考えますか?」


突然話を振られ、朧は顔を上げた。昨日のことを思い出しながら朧は口を開く。


「……視察部隊がいなければ小夜様は守れませんでした。それは事実です。俺は護衛体制を見直す必要があると思います」


即座に反発が上がる。中央治安統制局の幹部が声を荒らげた。

 

「現場は対応で手一杯だ!これ以上どこから人を出す」


朧は鋭い視線を受け止めた。

 

「人手不足であることは理解しています。ですが、皆さんは現在の常世神社の護衛体制を正確に把握されているのですか」


朧は淡々と、しかし確実な数字を突きつけるように言葉を重ねた。


「現在、神社に配置されている護衛は全部で五人です。ですが、そのうち完全な専属は二人のみ。残りの三人は現場との兼任のため、夜狗の対応で外されていることも多く、実質的にいないも同然の時間帯があります。さらに、霊山に向かう際、同行できる護衛はわずか二人だけです」


会議室の空気がわずかに変わる。朧は冷徹に言葉を絞り出した。


「次に同じことが起きた時、また偶然に頼るつもりですか」


会議室が静まる。沈黙を切ったのは総監だった。


「御影。お前はどうだ」


御影に視線が移る。彼は一度息を吐き、整理するように話し始めた。


「朧の意見は正しいです。最も安全なのは護衛を固定することですが、それをやると皆さんが危惧している通り夜狗対応の戦力が確実に削られます」


御影は続ける。


「それに、襲撃がいつ来るかも分からない平時に、重装備の主力を神社に何人も立たせておくのは、不自然ですし、何より戦力の無駄遣いです。……そこで、人手不足を解消するための提案があります」

「提案だと?」


「ええ」と御影は頷いた。

 

「常世神社の境内と、霊山の麓に監視カメラを設置し、その管理と平時の警備には、実働部隊の研修隊員をローテーションで就かせるんです」


会議室に不審なざわめきが広がった。「研修隊員だと?」「昨夜のような大規模襲撃があったらどうするんだ」と批判の声が上がる。


「機構の規則では、緊急招集がかかった場合、三年目以下の研修隊員は対象外です。つまり、大規模な襲撃のような事態では、最初から戦力として数えることはできない。ですが、彼らも実働部隊に所属している隊員です。監視や警備、後方支援を任せるだけの経験はあります」


元実働部隊のエリートからの提案。

幹部たちはぐうの音も出ず、顔を見合わせた。


「彼らは大規模な有事の際に主戦力として扱うことはできませんが、監視や境内の管理なら十分に任せられる。彼らには神社に常駐してもらい、平時の警備をしてもらう。これなら神社の景観も守られ、今前線で戦っている主力を一人も削る必要はありません」

「……しかし、万が一敵が襲撃してきたら、その新人どもでは対処できまい」


幹部が反論するが、御影は冷静に答える。

 

「彼らに敵を倒せと言っているわけではありません。必要なのは、異常を見逃さない目と、迅速に繋ぐ役目です。発見は研修隊員、対処は実働部隊。それぞれの役割を分けることで、今ある戦力を最大限活かせます」


会議室が静まり返る。


─なるほど。


現場に出せないはずの研修隊員を有効活用し、主力は外で動かす。人手不足の組織において、これ以上ないほど合理的かつ現実的な解決策だった。


「治安中央局長官はどう思われる?」


統監は、横にいた中央治安統制局長官に目を向ける。気難しげな顔をしていた長官は、少し考えてから頷いた。


「私の管轄はあくまで市街の治安維持だ。夜狗の対応部隊がこれ以上削られないのであれば、神祇側の護衛体制には口を挟むつもりはない。研修生の運用についても、そちらの現場の責任で処理するなら異論はない」


遠回しに「何かあっても責任はそっちで取れ」と告げるその態度に、朧は密かに眉をひそめた。


「他に、御影の提案について何か意見はあるか?」


統監が全体を見回す。反論する者はいなかった。


「分かった。とりあえず現段階では、御影の意見を採用する」


「ただし」と統監は、皆の顔を見回す。鋭く威圧感のある視線が会議室全体をゆっくりと押さえつける。


「現場の負担と巫の安全、その両立は必ず成立させろ。どちらかを犠牲にする前提の運用は認めない。他に何か話すべきことはあるか?」


その言葉を聞いて、朧は手を挙げた。全員の視線が朧に集まる。


「すみません。気にかかることがありますので共有してもよろしいですか?」


統監が頷き、朧は口を開く。

朧が話し始めたのは、麓に貼られていた結界の件だった。不浄な者を阻むための結界が機能していない。これは異常事態だと。

すると、ザワザワとし始めた。


「結界か……そもそも結界にそんな役割はあるのか?」

「ご存知ないんですか?」

「……知ってたか?」

「いやぁ……」

 

結界を張っているはずの神祇統監機構の重鎮たちが首を傾げ始める。その様子を見て、朧は自分の認識を疑い始める。


「神祇統監機構に結界師の方、いらっしゃいますよね?」

「……一応いますが」


ざわめく中、一人の男が自信なさげに答えた。周囲の重鎮たちは「そういえばそんな奴もいたか」と言わんばかりの顔で見合っている。


「では、結界の状態を確認させてください」


朧がそう迫ると、男は困惑したように頭を掻いた。


「確認と言われましても……。麓の結界は大昔に張られたもので、現代の結界師が作ったものではありません。普段の管理と言っても、形骸化した定期点検の書類に判を押すだけです。実働部隊のように特定の部署に所属しているわけでもないので、結界が今どういう仕組みで機能しているのか、詳細を知る者はおそらくいませんよ」


男の悪びれない言葉に、会議室のそこかしこから「それなら仕方ないな」「専門外では分からんか」と納得するような声が漏れる。

名前だけの結界師。誰も責任を持たず、誰も中身を把握していない。

組織のあまりの怠慢さに、朧の奥歯がギリ、と鳴った。


「形骸化していようが、機能していないなら異常事態です。だからこそ、今すぐ総出で結界の見直しをやっていただきたいんです」

「見直し、ねぇ」


そこで、幹部の一人が口を開いた。


「そういえば十六夜さんって結界師の一族なんですよね。自分で見直しとかできないんですか?」


嫌な笑みを浮かべる男を、朧は睨みつけた。

国から"門"を閉じる結界の役割を任せられ、多くのお金も受け取っている十六夜家。それが気に食わない者も多い。

朧は冷静になれ、と自分に言い聞かせて返す。


「結界の管理と見直しは別物ですよ」

「結界師なら、結界全般の扱いができるもんじゃないんですかね」


「それに」と男は続ける。


「神祇統監機構が管理している結界で異常事態が発生したのなら、この際十六夜家の方が張り直せばいいんじゃないです?」


─うちを何だと思ってんだ。


十六夜家は結界師だが、元々張られていた結界を管理し、張り直しているだけの家系。特段強い力を持っている訳ではない。ただ代々受け継いできた役目を果たしているだけだ。

男はそれを理解していて、あえて言っている。

試しているのか。それとも、ただ見下しているのか。

朧は舌打ちをつきそうになるのを耐えた。ここで感情に任せて言い返せば、小夜までイメージが悪くなる。


「十六夜の話は理解した」


険悪になった雰囲気にため息をついて、統監は言う。


「私が声を掛けておこう。十六夜もそれでいいか?」

「……ええ。お願いします」


─実際見直ししてくれるかは分からないが。


朧は上層部の人間を一切信用していない。

夜狗の襲撃があり、小夜の命が脅かされたというのにこの有り様。巫に関わる機関だと言うのに、全体的に危機感が薄すぎる。

彼らの姿に、朧は言葉にできない苛立ちと、胸の奥に広がる不安を拭えなかった。


守られていると思っていたものは、いつからか綻び始める。しかし、その小さな綻びに、まだ誰も気づいてはいない。


─今回の夜狗の襲撃が、ただの前触れにすぎないことを、まだ誰も知らなかった。

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