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月夜海は、誰が為に想ふ。  作者: 朝霧唯凪
第一章 : 巫、現世に在り
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14、月影に揺らぐ

小夜のお願いに御影は頷くと、数年前の出来事を思い返す。


「そうですね……最初の頃の朧は、少し近寄りがたい雰囲気がありました」

「え」

「誰とも群れずにずっと一人で行動してて、影で一匹狼って呼ばれてたんです」


─それは初耳なんだが……。

 

「そうなのか」


意外、と言うように小夜は朧を見る。


「まあ、俺だってそういう時もありましたよ……」


朧は膨れてボソッと呟く。

御影が話してくれたのは、実働部隊に入ったばかりの朧の話だった。入ったばかりの朧は孤立していて、同期と絡むようになってから明るくなり始めたこと。その同期たちと命令を無視して現場に突っ込むことが日常茶飯事だったこと。

恥ずかしがる朧をからかいながら、御影は懐かしそうに語ってくれた。


「命令無視かぁ……今の朧からは想像できないな」


にやにやとこちらを見てくる小夜に気付かないふりをして、朧はひたすらパスタを咀嚼する。


「そういえばその同期たちは、まだ実働部隊にいるのか?」


─あ。


気兼ねなく聞いた小夜の言葉に空気が止まった。小夜もその空気に気が付いたのか、慌てて言う。


「あ、悪い……」


朧は俯いて手元を見る。

過去の話をするにあたって聞かれるだろうな、とは思っていた。だからこそこの過去の話を避けたい気持ちもあったのだ。


「大丈夫ですよ。ただ、まあ……色々ありまして」

「そうか」


気まずくなった雰囲気を消そうと、御影が上手く説明をしてくれた。それ以上小夜は踏み入らなかった。

御影が話題を変えてくれて明るくなった場に、着信音が鳴り響いた。鳴ったのは御影の携帯だった。


「すみません……」

「大丈夫だ」


断りを入れてから御影は席を立った。しばらく話してから御影は戻ってくる。


「何かあったか?」

「その……」


申し訳なさそうに御影は言う。


「本殿に戻るように言われまして」

「あ、そうか……」

「すみません、忙しいのに来てもらって」


頭を下げる朧に御影は「いや」と答えた。


「久しぶりに話せて楽しかったよ。パスタありがとな。小夜様もお招きありがとうございました」

「また来てくれ」


名残惜しそうに御影は立ち上がる。


「お皿そのままですまん」

「大丈夫です」


御影は玄関で靴をはくと、振り返った。


「じゃあ、また神祇の時に」

「ええ」

「また後でな」

 

そうして御影は戻っていった。途端に静けさが戻ってくる。


「楽しかったな」

「俺は恥ずかしかったですけど……」

「怒るなよ」

「恥ずかしがってるんですよ」


小夜は笑いながら部屋へと戻っていく。朧も後を追う。


「そろそろお昼寝をする時間じゃないですか?」


すると、小夜は振り返り、朧をキッと睨みつけた。

 

「なんか扱いが幼稚園生みたいで嫌だ」

「実際、幼稚園生みたいなもんでしょ」

「あー!無礼だぞ!」

「ほら子供っぽい」


小夜は膨れてソファに寝転がる。


「……部屋上がるの面倒だからここで寝る」


─面倒って……。


「俺今から皿洗うのでうるさいですよ」

「いいよ、お休み……」


本当にソファで寝る気らしい。朧は仕方なく毛布を掛けてやった。しばらくして寝息が聞こえてくる。


─後で皿洗うか。


朧はそう考えながら、眠っている小夜を見る。


「本当に自由な人だなぁ」


巫であることを除けば、ただの十六歳の少女だ。

呆れたように呟きながらも、朧の表情はどこか柔らかい。音を立てないように、食器を片付け始めた。



十六時になり、いつものように神祇のために霊山を登っていく。二日目で大体のことは分かったのか、今日の神祇に黒瀬が口を挟むことはなかった。

神祇が終わり、朧は意識を失った小夜を抱えて下山し始める。


「そういえば霊山に夜狗(やこう)が入ることはないんですか?」


息を切らしながら黒瀬が尋ねてくる。神祇統監機構の人なのに知らないのか、と思いつつも仕方なく朧は説明する。


「ええ。麓に神祇統監機構による結界が貼ってあるんです」

「……あ、そうなんですね」


どうやら本当に知らなかったようだ。黒瀬は気まずそうに言う。


「いや失礼。実を言いますと、視察部隊として派遣される前までは神祇とは直接関わらない部署にいまして」


朧はそこで不信感を覚えた。


「関係のない部署にいたのに、統括責任者をされているんですか?」

「ええ、まあ……」


痛いところをつかれたのか、黒瀬の眉が下がる。


─上は一体何を考えているんだ。


「ちなみにどこの部署にいらっしゃったんですか?」

「本部の人事局です。主に各部門の人員配置や視察案件の調整を担当してたんですよ」


朧はチラリと黒瀬の後ろを歩く御影に視線を送る。朧の視線に気付いた御影も、そのことは知らなかったのか首を傾げて見せた。

視察という名目で来ている以上、彼らの判断が彼女の安全に関わる可能性がある。


─どうも引っかかるな。


「あの、それが何か?」

「いえ」


朧は答えると、もう何も言わなかった。

無事下山して帰路につき、神社に到着した朧は小夜を背負う。


「お疲れ様でした。また明日もよろしくお願いします」

「お疲れ様でした」


先に本殿へと向かう黒瀬たちに挨拶をして、朧はその後ろ姿を見送る。


「なんだかきな臭いな」


同じく黒瀬を見送っていた御影が呟いた。朧は頷く。


「ええ。なぜ人事局の人が、わざわざ視察部隊に選ばれるんでしょう」

「だよな……。俺は統制局所属だから、流石に神祇統監機構のことは分からないな」

「俺、後で電話してみます」

「あぁ、その方がいい」


御影と別れた朧は、小夜をベッドに寝かすと携帯を取り出す。二回のコール音の後に女性の声が聞こえてきた。


『はい、こちら神祇統監機構です』

「十六夜と申します。鷹宮さんはいらっしゃいますか」


少し間が空いた。

 

『鷹宮は……今外しております』

「なら視察部隊本部責任者の方を出して貰えますか。尋ねたいことがあるんです」

『すみません。只今出張に行っておりまして戻るのは三日後になります。どういたしますか?』


朧はため息をついた。仕組まれているのかと思う程に都合が悪い。

すると、向こうで話し声がした。しばらくしてから男の声が聞こえてくる。


『鎮守人の十六夜様ですね。調整官の三上と申します。一応視察部隊の副担当をしておりますが、どうかされましたか?』


─調整官か。


まあいい、と朧は口を開く。


「視察部隊についてお尋ねしたいことがあります」


三上は『私に答えられることがあれば』と、返した。朧は先程話した、黒瀬との会話で感じた不信感を説明する。三上は何も言わずにただ聞いていた。


「ということなんですけど、わざわざ神祇とは関係ない方を統括責任者にする理由は何ですか?」

『……そうですね』


三上は少し間を置いた。


『確かに通常の人事手続きとしては、やや異例の配置です』


声は落ち着いているが、どこか慎重だった。


『ただ、その人事はすでに上の承認を経た正式な決定でして、私の方から詳細な経緯までは把握しておりません』


紙をめくるような音が、わずかに混じる。


『しかし、現場運用上の理由については記録上、適正配置とだけ残っております』


─適正配置……。


『それ以上の判断理由については、申し訳ありませんが私の権限ではお答えできません』

「……そうですか」


ちゃんとした返答をしてくれないことは予想していた。上に問いただしても上手くはぐらかされてしまうだろう。朧は諦めて受け入れる。


「分かりました。ありがとうございます」


朧が受け入れたのを聞いて、向こうは安心したようだ。


『上手く答えられずすみません。上とはこの話を共有しておきますね』

「助かります」


─どこまで共有してくれるのかは知らないが。


簡単な挨拶をして、朧は通話を切った。しばらく無言で画面を見つめていると、足音がして眠気眼の小夜が姿を現す。


「朧、おはよ……」


すぐに朧は笑みを浮かべた。


「おはようございます。すみません、今から晩御飯の支度しますね」 

「いいよ、ゆっくりで。私もなにか手伝うよ」

「いいんですよ。座っておいてください」


小夜はあくびをしながら「はーい」と言うと、ソファにぼすっと座る。晩御飯の支度をしながら朧は先程の会話を思い返す。


─何も起こらないといいんだが。


そう願うものの、不吉な予感がしていた。

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