第84話:赤き鋼鉄の星と、翠緑の楽園
本日2話目
【太陽系:火星・第一工業プラント群『アレス・プライム』】
かつて、地球の天文学者たちが望遠鏡越しに眺め、「死の赤い星」と呼んだ火星の地表は、今や異様な熱気と活気に満ちていた。
分厚い二酸化炭素の雲を突き抜けるようにそびえ立つのは、カグツチ(熱源・動力統括)が設計した超巨大な地熱変換プラント群である。
火星の地下深くに眠るわずかなマントル熱すら一滴の無駄もなく吸い上げ、パレスのナノマシン技術で増幅させた莫大なエネルギーが、惑星全土を覆う「テラフォーミング・ドーム」を維持していた。
「……凄いな。本当にここが、あの火星なのか?」
第一期・銀河開拓団として地球から移住してきた青年技術者のジョンは、透明な強化ガラス越しに広がる巨大な都市を見下ろして息を呑んだ。
ドームの外は依然として過酷なマイナス数十度の極寒と砂嵐が吹き荒れているが、ドームの内部は完璧に空調が管理され、地球の春のような温暖な気候が保たれていた。
眼下では、ヘラクレス(重土木統括)の指揮する無人の巨大内燃機関ショベルが、火星の赤茶けた大地を豆腐のように切り拓き、龍炎(冶金・素材統括)の精製工場へと次々に鉱石を運び込んでいる。
火星は、パレスの銀河進出を物理的に支える「鋼鉄の心臓」として再定義されていた。
労働環境は驚くほど快適であった。危険な採掘や高温の溶鉱炉での作業は全てオートマトンが代行し、ジョンたち人間の役割は、ダヴィンチ(設計統括)から送られてくる新しい宇宙艦艇の設計図を元に、生産ラインの数値を管理し、システムの最適化を行うことだけだ。
「パレスの技術力があれば、どんな地獄でも天国に変えられる。俺たちは今、神の仕事を少しだけ手伝わせてもらっているようなものだ」
ジョンは、支給された栄養価の高いカフェイン飲料を口にしながら、誇らしげに同僚と笑い合った。
地球の貧民街でその日暮らしをしていた頃が、遠い前世の出来事のように感じられた。
【銀河系・ペルセウス腕 第七セクター:新発見惑星『エデン』】
鋼鉄と炎の星である火星とは対極に、惑星エデンは、静謐と調和に満ちた「翠緑の楽園」であった。
地球から数千光年離れたこの星では、セレス(農業・食糧統括)の完璧な環境制御と、アイオロス(気象観測統括)の大気管理により、一年を通して穏やかな気候と豊かな実りが約束されていた。
見渡す限りの広大な平野には、地球のそれを遥かに凌ぐ美しさを持つ巨大な樹木が立ち並び、澄み切った川が流れている。
「ああ……なんて空気が美味しいの」
地球の貴族階級から、自らの意志でこの星への移住を選んだ婦人が、美しい草原で両手を広げて深呼吸をした。
エデンには、火星のような巨大な工場も、地球のような密集した都市も存在しない。
パレスが設計した居住区画は、自然の景観に溶け込むように優雅なデザインで配置され、住民たちはそこで、農業や芸術、高度な学問の探求といった、極めて文化的で豊かな生活を送っていた。
ここには、争いの火種となる貨幣経済も、資源を巡る競争もない。
必要なものは全てパレスから無償で提供され、治安はテミス(司法統括)のシステムによって見えない形で完璧に維持されている。
エデンは、魁斗が自らの子供たち――パレスの血を引く新世代――を育てるために用意した、究極の「無菌室」にして「揺り籠」であった。
旧世界の憎悪や戦争の歴史を一切知らない、純粋で優秀な新人類たちを、この絶対的に安全な楽園で培養するのだ。
【地球・アイアン・パレス「エリュシオン」】
「……火星は力強く脈打ち、エデンは美しく花開いていますね」
魁斗は、ホログラムで投影された二つの星のリアルタイム映像を見つめながら、満足げに頷いた。
足元では、アリスの産んだ第一子と、ルイーゼの産んだ第二子が、柔らかな絨毯の上で無邪気に遊んでいる。
彼らの瞳には、恐怖も飢えも知らず、ただパレスの愛と庇護だけを与えられて育つ者の、純粋な光が宿っていた。
ゼノスのような異星文明を軍門に降らせ、火星を巨大な工場に変え、エデンという楽園を創り出す。
全ては、この足元で笑う小さな命たちが、広大な宇宙で何不自由なく、誰にも脅かされることなく、絶対的な支配者として君臨するための布石に過ぎない。
「さあ、もっと箱庭を広げましょう。銀河の果てまで、パレスの光で満たすのです。……私たちの家族の、永遠の安寧のために」
魁斗は、宇宙という名の巨大なキャンバスを自らの色で染め上げていく悦びに、静かに、そして深く酔いしれていた。
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