第82話:慈愛の檻、銀河への宣戦
本日4話目
【1884年 秋:地球・アイアン・パレス最深部 聖域「エリュシオン」】
外の世界が「銀河開拓団」の門出に沸き、祝砲の音が遠く響く中、パレスの最深部は、静謐な生命の残り香に包まれていた。
医療・生体統括のアスクレピオスが管理する回復区画。そこは、出産という大業を成し遂げたばかりの五人の令嬢たちのために用意された、地上で最も安全で温かな「檻」であった。
パレスの高度なナノマシンとアフロディテ(美容統括)のケアにより、彼女たちの衰えた体力は驚異的な速度で回復しつつあったが、今はまだ、愛おしい我が子を抱き、その重みを確かめるだけで精一杯の時期である。
「……見て、魁斗様。この子の指、あなたの形にそっくりだわ」
大英帝国の王女、アリスが、ベッドサイドに座る魁斗に柔らかな微笑みを向けた。かつて気高く、時に刺々しかった彼女の瞳には、今や「パレスという完璧な調和」の一部となった安らぎと、一人の母としての慈愛だけが宿っている。
「ええ。あなたの忍耐と、パレスの管理の賜物です、アリス。この子は将来、新天地『エデン』の統治を任せるに足る賢明さを備えるでしょう」
魁斗は彼女の細い手を優しく握り、隣のコットで眠る幼い命を見つめた。
フランスのイザベラは、自らの美しさを継承した娘を抱き、魁斗にその美を賞賛されることを何よりの癒やしとしていた。プロイセンのルイーゼは、産後の身でありながらも、我が子の発育データを冷徹に分析するヴォルフ(軍事統括)の報告を、魁斗と共に聞き入っている。ロシアのアナスタシア、アメリカのメアリーもまた、かつての祖国の重圧から解放され、魁斗という絶対的な庇護者の元で、新しい命を育む喜びに浸っていた。
「皆さんの献身には、最高の形で応えましょう。……しばらくは公務を忘れ、この聖域で子供たちとの時間を過ごしてください。外の『雑事』は、私が全て片付けておきますから」
魁斗は、腹黒いまでの計算高さで彼女たちをパレスに繋ぎ止めながらも、その言葉には嘘偽りのない情愛を込めていた。彼にとって彼女たちは、世界を統治するためのパーツであると同時に、守るべき「家族」そのものなのだ。
【数時間後:深宇宙探査母艦『アルゴナウタイ』内・特殊通信室】
聖域での穏やかな時間は終わり、魁斗の瞳は再び、氷のような支配者の輝きを取り戻していた。
「……マスター。敵の本星、惑星ゼノスの隠蔽膜が完全に剥離しました。座標をロック。彼らの防衛ネットワークの深層へ、パレスの『福音』を流し込む準備が整っております」
通信・電信統括のヘルメスが、無機質な声を響かせる。
「ロキ。彼らのプライドを、最も効率的に粉砕する演出を」
「お任せください、マスター。……彼らが信じていた『絶対の孤独』という名の安全保障が、ただの幻想だったと思い知らせて差し上げますよ」
攪乱統括のロキが、薄笑いを浮かべながらも恭しく一礼し、エンターキーを叩いた。
【惑星ゼノス:統合司令センター】
「何だ……!? 警報が鳴らないまま、システムが書き換えられていく!」
異星文明の中枢である惑星ゼノスで、高官たちは未曾有の事態に震え上がっていた。全惑星のモニター、通信端末、果ては軍用ビーコンに至るまで、全てが一人の「人間」の姿にジャックされたのだ。
そこには、家族との穏やかな時間を終えたばかりの、しかし全宇宙を俯瞰する冷徹な王、魁斗が座っていた。
『……こんにちは、惑星ゼノスの皆さん。私はアイアン・パレスの主、魁斗です。あなたたちの無謀な試みは、先日の艦隊殲滅をもって全て終了しました。……今さら、報復を恐れて震える必要はありません』
魁斗は、ワイングラスの代わりに、古ぼけた懐中時計を手遊びしながら語りかける。
『私は、野蛮な破壊を好みません。……ですが、あなたたちの文明が、このまま独りよがりに宇宙を汚し続けることは、私の掲げる「銀河の最適化」に反します。ゆえに、あなたたちに唯一の救済を提示しましょう』
魁斗の背後に、十万隻を超える銀色のオートマトン艦隊が映し出された。それらは一点の乱れもなく、惑星ゼノスを包囲するように展開されている。
『パレスの管理下に入り、私の論理に従って新たな繁栄を享受するか。あるいは、今のまま頑なに孤独を貫き、私が指を鳴らすと同時に「存在しなかったこと」にされるか。……選ぶのは、あなたたちの自由です』
魁斗は微笑んだ。その笑みは、迷える子羊に手を差し伸べる聖者のようでもあり、獲物を網に追い込んだ猟師のようでもあった。
【地球・アイアン・パレス「エリュシオン」テラス】
通信を終えた魁斗がテラスに出ると、そこには武芸統括の桜華が待っていた。
「……主様。また一つ、星を籠の中に入れはりましたなぁ」
桜華が、魁斗の隣に並び、妖艶に囁く。彼女もまた、産後の体調を考慮され、普段の戦装束ではなく柔らかな着物を身に纏っていた。
「ええ。暴力はコストが高すぎます。恐怖ではなく、『従った方が得だ』という圧倒的な合理性で屈服させる。それこそが、パレスの秩序です」
「ふふ、ほんまにいけずな人どす……。……そんな風に優しく首輪を嵌めて差し上げるのが、一番の情けやなんて。……でも、そんな底の知れんお心、ウチはたまらなく愛おしおすわ」
桜華は魁斗の腕に、そっと自分の腕を絡めた。
「……アリスさんたちも、あの子らも、皆主様の腕の中でしか、安らかに眠れんようになってしもてます。……銀河中の星を、主様の好きな色に塗り替えておくれやす」
魁斗は、遠く夜空に光る惑星ゼノスを見上げた。
そこにはもはや、彼を脅かす外敵は存在しない。あるのは、これから彼の手によって「正しく導かれる」べき、広大で静かな庭園だけだ。
魁斗は悪人ではない。ただ、自らの愛する家族と、自らが創り出したこの完璧な世界を守るために、全宇宙の「父」として、慈悲深い首輪を嵌め続けるだけなのだ。
銀河の歴史が、アイアン・パレスという名の絶対的な秩序によって、黄金の時代へと踏み出そうとしていた。
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