第79話:揺籃の銀河、支配者の種子
【1884年 春:地球・アイアン・パレス 聖域「エリュシオン」】
冥王星域での一方的な駆除作業から、およそ半年。
太陽系は、アイアン・パレスが敷いた「絶対防衛線」の内側で、神の如き静寂と、パレスの論理による完璧な管理下に置かれていた。
かつてゲームの世界で魁斗に仕えていた千人の配下たちは、この明治の世に転移すると同時に、生身の血肉を持つ人間へと変貌を遂げていた。彼らは機械以上の精度で、しかし人間特有の執念を持って、魁斗の「地球最適化計画」を銀河規模へと拡大させつつある。
パレス最深部の空中庭園「エリュシオン」。そこでは、魁斗を支える女たちが、その身に彼の種子を宿し、一様に恍惚とした静寂の中にいた。
「……ふふ、主様。触れてみておくれやす。この子、パレスの揺り籠の中で、それはもう健やかに育ってますえ。みんな、主様と同じ、恐ろしいほどに強い命の鼓動をしてはりますわ」
武芸・近接統括を担う桜華が、膨らみ始めた自らの腹部を愛おしそうになでながら、庭園のテラスでチェス盤を眺める魁斗に微笑みかける。彼女の京都弁は、慈愛と、そして余裕に満ちた、妖艶な響きを帯びていた。
彼女に続くのは、各国から差し出された五人の令嬢たちだけではない。妃候補の健康数値をモニタリングするフレイヤの管理下で、パレスの運営を司る女性高官や、かつてはデータ上の存在であった秘書官たちまでもが、魁斗の「遺伝情報の継承」という至上の命題に組み込まれ、次々と懐妊の徴候を見せていた。
魁斗の周囲には、光り輝くホログラムの星図が展開されている。
「当然です。アスクレピオスの医療技術とセレスの栄養管理、そしてアフロディテの美容科学。これらを組み合わせ、私の遺伝情報を最も完璧な形で定着させているのですから。彼女たちは今や、私の意志を継ぐ『美しい苗床』として最適化されている」
魁斗の視線の先には、パレスの論理に染まりきった五人の令嬢たちの姿があった。
アリス王女は、シエルによる「教育」を経て、今や魁斗の足元で静かに跪く。イザベラは自らの美しさを魁斗に評価される快楽に依存し、ルイーゼは冷徹な軍事論理を口にする。アナスタシアは圧倒的な科学力に畏怖し、メアリーは財産を紙屑に変えた魁斗を神と崇める狂信者となった。
「五つの大国、そしてパレスの全構成員。これらを私の血統で統合し、再定義する。……さて、家庭内の平穏が保たれたところで、いよいよ外側の『掃除』を始めましょうか」
魁斗が指先を弾くと、ホログラムの星図が急速に拡大し、天の川銀河の一角を映し出した。
「オーディン。全局的なロードマップの進捗は?」
傍らに控える老参謀オーディンが、落ち着いた声で応じる。
「極めて順調です、マスター。ヘルメスが傍受した敵の軍事ネットワークを、ロキが内部から攪乱。本星の座標こそ依然として独立層に隠蔽されていますが、奴らの神経系はすでに我々の掌中にあります」
「なるほど。ならば、末端から腐らせていきましょう。本星を真綿で首を絞めるように追い詰め、奴らが恐怖に狂い、自ら殻を破って悲鳴を上げるまで。……カルマ、作戦開始です」
軍事統括カルマが抑揚のない声で「了解」と告げた。
【同時刻:太陽系外 異星文明 第四資源採掘惑星】
赤茶けた大地が広がるその惑星に、突如として千隻の銀色の無人艦隊『オートマトン』が空間跳躍で実体化した。
ヴァルカンが量産し、ダヴィンチが美しくも威圧的に設計したその艦隊は、寸分の狂いもない幾何学的な陣形を展開。直ちに『空間断層砲』を地表へ一斉掃射した。
ハデスがかつて「資源を掘り尽くす」ために用いた探査技術は、今や敵の地下要塞を正確に特定するための殺戮の眼と化している。光も音も発しない空間の断裂により、巨大な採掘プラントも防衛要塞も、そこにいた数万の生命も、一瞬にしてサイコロ状の肉片と瓦礫へと変わっていった。
このような一方的な蹂躙が、銀河の三十箇所で同時に引き起こされていた。
【地球・アイアン・パレス】
「目標の三十拠点、完全沈黙。敵の物流と通信網の30%を物理的に切除しました」
カルマの淡々とした報告を聞きながら、魁斗はワイングラスを傾けた。モニターの中では、敵のネットワーク図が次々と消灯していく。
「主様……。なんて綺麗で、恐ろしい景色なんやろ」
桜華が魁斗の膝にすり寄り、その冷徹な横顔を見つめる。
「神が不在のこの銀河に、私が新たな『秩序』を書き込みましょう。この宇宙はもはや、私と、私に従う者たち、そして我々の子らへの『絶対的に安全な箱庭』となるのですから」
アイアン・パレスの千人の精鋭たちが、それぞれの専門分野で銀河を蹂躙し、構築していく。それは、宇宙の歴史において最も静かで、最も残酷な「家族」による支配の始まりであった。
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