第78話:蹂躙の銀、冥王星域の決戦
本日4話目
【1883年夏:太陽系外縁部・冥王星軌道】
絶対零度の暗黒が支配する深宇宙の空間が、突如として不気味な紫色の光を放ち、ガラスのようにひび割れた。
空間の裂け目から吐き出されるように、異星文明の主力殲滅艦隊、実に三千隻が次々と実体化する。
観測端末を逆ハックされ、内部システムをズタズタに破壊された彼らは、もはや隠密性は完全に失われたと判断。次なる質量兵器の準備を待つ余裕すら惜しみ、ついに直接的な武力行使による地球制圧へと舵を切ったのである。
彼らはワープ出口での致命的な重力干渉を避けるため、太陽の重力井戸の影響が極めて薄い冥王星域を転移地点として選んだ。
「空間転移完了。全艦、シールド展開! 目標星系の外縁部に到達した。……な、なんだ。これは……!」
旗艦の艦橋で、司令官ザルクはメインスクリーンに映し出された光景に絶句した。
冥王星の暗い影を背に、太陽の微かな光を反射して不気味な銀色に輝く、巨大な壁。
幾何学的な流線型を持つ、全長百メートル級の無人迎撃艦『オートマトン』が、十万隻という想像を絶する数で、一糸乱れぬ完璧な球状陣形を組み、待ち構えていたのである。
「馬鹿な……! 我々が情報端末を失ってから、わずか数ヶ月だぞ!? この短期間で、これほどの艦隊を外縁部に配備したというのか!?」
ザルクには知る由もなかった。彼らの通信暗号が完全に解読されており、この『冥王星軌道上のこの座標』に、今日この瞬間にワープアウトしてくるという軍事機密が、地球側には全て筒抜けであったことを。
【同時刻:地球・アイアン・パレス中央司令室】
「いらっしゃい。太陽系の玄関口へ、ようこそ。……三光年の長旅、ご苦労様でした」
魁斗は、五時間半という光の遅延を完全に無視し、超空間通信がもたらすリアルタイムの映像を見ながら、静かに椅子に深く腰掛けた。
彼の周囲には、パレスの演算核から直接投影された、数千枚にも及ぶ光り輝く情報ウィンドウが、複雑な幾何学模様を描きながら浮遊している。
魁斗の瞳は、その膨大な情報の奔流を瞬時に読み取り、最適解を導き出していく。
「イージス。全オートマトンを、私の指揮下に。……ああ、AIの自律判断は不要です。私の『意志』を直接反映させなさい」
魁斗が空間に浮かぶ光のタクトを軽やかに振るう。
その動きに呼応し、冥王星域の十万隻のオートマトンが、一斉に駆動した。
それはもはや、個別の艦艇の集まりではない。魁斗という一人の指揮者が奏でる、死の旋律を奏でるオーケストラであった。
(五年前に石ころを投げつけてきた報いを、今ここでたっぷりと受け取っていただきましょう。彼らにとっての絶対の武器が『質量』や『数』であるのなら、我々の武器は宇宙の『法則』そのもの。戦うまでもありませんね。ただの、待ち伏せによる一方的な駆除作業です)
放たれたのは、反物質技術の極致とも言える究極兵器『空間断層砲』であった。
それは光線や実体弾ではない。射線上の「空間の座標そのもの」を物理的に断裂させ、文字通り空間を上下左右にズラすという、回避も防御も不可能な法則の暴力である。
「な、なんだあの攻撃は!? エネルギーシールドが全く反応しない! 装甲が……空間ごと切り裂かれているだと!?」
三千隻の異星艦隊は、反撃の火蓋を切る暇すら与えられなかった。
いかなる強固な装甲も、多重展開された重力シールドも、「空間そのもの」が分断されては、防御という概念すら意味を成さない。
次々と巨大な戦艦が、まるで目に見えない巨大な刃に両断されたかのように真っ二つに裂け、音もなく宇宙の塵へと変わっていく。
「右舷被弾! 艦体維持不能! だめだ、敵の数が多すぎる……それに、なぜ我々のワープ座標を事前に……!」
ザルクの悲鳴と疑問は、旗艦ごと空間の断層に飲み込まれ、絶対零度の虚空へと消滅した。
開戦からわずか数分。三千隻の殲滅艦隊は、冥王星の冷たい軌道上に、見事なまでに細切れの鉄屑となって散乱していた。
「敵艦隊、完全消滅。……想定の範囲内ですね」
魁斗はふぅ、と静かに息を吐き、周囲に浮遊していた数千のウィンドウを、指先一つで霧のように霧散させた。
彼の脳は、十万の視界を共有しながらも、なお透徹した静寂を保っている。
「お疲れ様でした。さあ、今夜は平和な夜を祝して、最高のディナーにしましょう。……あの年代物のワインも開けましょうか」
魁斗は乱れた髪を優雅に撫でつけながら、モニターの向こう側に広がる深宇宙を見つめた。
(……まずは、守り抜きました。ですが、こんな無礼な訪問を受けて、黙って引き下がる私ではありませんよ。次は三光年先のこちらから、直々に『ご挨拶』に伺う番ですね)
太陽系というかつての辺境は、今や光速の壁すら支配する、魁斗の絶対的でアンタッチャブルな領域へと変貌を遂げていたのである。
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