第76話:未知の観測機、三光年の逆鱗
本日2話目
【座標不明:地球から三光年先 異星観測艦『アルゴス』】
深宇宙の暗黒に溶け込むように潜む、巨大な異星観測艦『アルゴス』。
その艦橋は、冷たい金属の光沢と、計器類が放つ無機質な光に満たされていた。
「……司令! 太陽系外縁部より接近中だった第二質量兵器のテレメトリ通信が、突如として完全に途絶しました!」
オペレーターの悲痛な叫びが、凍りついた空気を切り裂く。
司令官ザルクは、自らの聴覚を疑うかのように、顔面を蒼白にして絶句した。
(馬鹿な……! 小惑星サイズの巨大な質量が、たった数秒で完全に消失したというのか!?)
ザルクは震える指で、超空間通信が途絶する直前に送られてきた観測データを再生した。
そこには、小惑星の構造そのものが一瞬で「蒸発」したことを示す、異常な高エネルギーガンマ線の放射が記録されていた。
(この反応は……対消滅!? あの未開惑星の住人が、反物質を実戦で制御してみせたというのか!)
彼らの文明においても、反物質の理論はとうに確立されていた。
しかし、それを兵器として運用するなど、正気の沙汰ではない。
生成に莫大な資源を食い潰す上、一瞬でも磁場制御が揺らげば自軍の艦隊すら宇宙の塵に変える、あまりにもリスクの高い「自滅の兵器」だからである。
それゆえに、太陽系の近傍にあらかじめ漂っている小惑星をハッキングし、加速させてただぶつけるという『質量兵器』こそが、彼らにとって最も経済的で理性的判断の結末であった。
「五年前、第一の質量兵器を放った時、奴らは衛生軌道上からの原始的な大出力レーザーで破壊に成功した。だが、あれは脅威になるような技術レベルではなかったハズだ!」
ザルクの喉から、焦燥に駆られた唸り声が漏れる。
彼らの母艦は、地球から三光年の距離に駐留している。
光学望遠鏡で観測できる地球の姿は、光が届くのに三年を要した「三年前の過去の姿」でしかない。
(三年前の映像では、特筆すべき事は何も無かった。重力井戸を克服しつつあるとはいえ、依然として宇宙を自由に駆ける能力など無かったはずだ!)
たった数年で、彼らは「宇宙空間で反物質を自在に操るレベル」へと、文明のステージを数段階も飛び越えて進化したというのか。
本来、今回の第二質量兵器は、地球近傍で適切に減速させ、特定の都市のみを壊滅させて恐怖で屈服させるための「最後通牒」であった。
しかし、制御が途絶し、それを反物質で跡形もなく消し飛ばされた今、彼らは地球の「現在」の戦力を完全に測り損ねていた。
「光の速度に縛られた光学観測では遅すぎる! 空間跳躍プロトコル起動、観測端末を地球の衛星軌道へ直接送り込め! 今の地球の真の姿を暴き出せ!」
「しかし司令! 軌道上へのピンポイント転送は極めて危険です! 出口の座標誤差がわずかコンマ数パーセント下振れしただけで、端末は地球の大気圏へ直接落下の弾道で実体化してしまいます! もしそうなれば、情報端末の回収ができず、こちらの情報が流出してしまう恐れがあります!」
「構わん! これ以上の情報不足は全滅を意味する! 今すぐ端末を放て!」
【同時刻:地球・アイアン・パレス中央司令室】
「――マスター! 地球の静止軌道付近に、異常な『空間の揺らぎ』を検知! 未知の多面体が実体化しました!」
通信・情報統括のヘルメスの鋭い叫びと共に、司令室のメインモニターに、冷たい銀色を放つ幾何学的な観測端末の姿が映し出された。
海王星域での対消滅の熱が冷めやらぬ中、間髪入れずに現れた新たなる脅威である。
「……おや。ご挨拶なしに、ずいぶんと大胆な訪問者ですね」
魁斗は、空中に展開された無数の数式と波形データを、愛撫するように指先でなぞりながら解析していく。
「直後、端末から地球全土へ向けて強力なアクティブ・スキャンが放射されています! 同時に、端末から太陽系外へ向けて、時空を貫通する超空間通信が開始されました!」
その報告を聞いた瞬間、魁斗の口元に、氷のように冷たく、それでいて酷薄な笑みが浮かんだ。
(ふふ……転移座標の制御もままならない様子。一歩間違えれば、この愛らしい端末が地表に激突して、わたくしの自慢の庭に泥を塗るところでしたよ。そんな不作法な客には、相応の教育が必要だとは思いませんか?)
「なるほど。そういうことですか。……ヘルメス、面白いことがわかりましたよ」
(前回の巨大な天体が直前まで観測不能だったのは、ジャミングで情報を遮断していたからです。ですが、今回のこの小さな端末は、スキャンしたデータをリアルタイムで母艦へ送り返すという至上命題を帯びている。だからこそ、自ら通信の窓を大きく開け放たざるを得なかったわけだ。……ふふ、わたくしの家を覗き見るために、ご自分の背中まで丸見えにしているなんて、なんとも健気で、愚かなことでしょうか)
魁斗は、端末が実体化した瞬間のフォールド波の余韻から、敵母艦の正確な距離を割り出した。
「発信源は、ここから三光年先の深宇宙です。彼らは我々の『今』の姿を覗き見るために、ご丁寧に自らの喉元から私たちの目の前まで、直通のトンネルを繋いでしまったようですね」
物理的な距離が三光年あろうとも、超空間通信が繋がっているその瞬間が丸見えでは、両者の間にある空間の壁はゼロに等しい。
(いや……隠蔽状態ではアクティブスキャンを実行出来なかったと見るべきですね。)
「ヘルメス。あの端末が母艦との接続に使っている通信経路に、我がパレスの演算能力のすべてを集中させ、破壊的な論理ノイズを相乗りさせなさい」
(五年前、私たちが石ころを叩き割る姿を見て嗤っていた者たちに、相応の対価を支払わせる時です。我が家を覗き込もうとした代償がどれほど高くつくか、三光年の彼方で骨の髄まで教えて差し上げましょう。……ああ、情報の濁流に溺れる気分は、きっと格別ですよ?)
「了解しました、マスター。論理ウイルス、および自己増殖型の認識破壊プログラムをパケットに偽装。時空トンネルへ逆流させます!」
アイアン・パレスが誇る巨大なアンテナ群が、敵の通信帯域を暴力的に乗っ取った。
そして、時差ゼロの空間トンネルを文字通り逆流し、物理的な熱量すら伴うほどの膨大な情報干渉波を、三光年の彼方へと叩き返したのである。
【観測艦『アルゴス』内】
「スキャンデータ受信開始……な、なんだこの異常なデータ量は!? 処理限界を突破……ぐわあああッ!!」
指令室のメインモニターが、内部の回路を焼き切られて次々と爆発し、火花が飛び散る。
司令官ザルクは、顔を覆いながら後方へのけぞった。
(馬鹿な……! こちらが覗き込もうとした深淵から、理解不能な知性の暴力が、逆に我々の脳髄を焼き尽くしに来たというのか……!)
艦内のあらゆる制御システムが、地球から送り込まれた論理ノイズによって書き換えられ、自壊していく。
三光年という、光すら絶望するほどの絶対的な距離。
それが全く安全の担保にならないという事実を突きつけられ、ザルクの全身の震えは、もはや止まることがなかった。
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