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明治「再」起動 ―暴君が塗り替える近代史―  作者: tky@複数作品を同時連載中
第4章:無限の宙と未知なる文明

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第71話:銀の脈動、空間を穿つ理屈

人類が初めて静かの海に銀色の産声を響かせてから、数ヶ月。



月面は、もはや死の静寂に包まれた灰色の荒野ではなかった。


巨大な銀色の防護ドームが次々と連結され、月面を幾何学的な美しさで覆い尽くしていく。



地下深くでは、重土木・建築統括のヘラクレス率いる自律型無人重機群が、一秒の休みもなく岩盤を削り、広大な居住空間と回廊を穿ち続けていた。


「マスター。第一居住区の気圧および温度調整、完了いたしました。地球からの第一次技術移民団、受け入れ準備は整っております」


拠点管理統括のシエルが、月面特有の低重力を全く感じさせない、地球上と変わらぬ優雅な足取りで歩み寄り、報告する。


魁斗は、完成しつつある地下都市のメインストリートをガラス越しに見下ろしていた。



そこには人工の小川が流れ、農業統括セレスが極秘に調整した特殊なバイオ肥料により、地球から持ち込まれた植物が異常な速度で緑の葉を広げ、酸素を供給し始めている。



それはまさに、冷たい宇宙空間に浮かぶ、完璧に管理された『箱庭』であった。


「魁斗様、お呼びでしょうか」


主任科学者となったレオンハルト・シュタインが、最新のホログラム端末を抱えて足早に現れた。



地球の常識を捨て去り、パレスの深淵なる科学を血肉とした彼の瞳には、もはやかつての怯えはない。


あるのは、純粋な知識欲と魁斗への狂信的な崇拝のみであった。


「レオンハルト。月という前哨基地は手に入れました。だが、我々の最終目標は火星、そしてその先の深宇宙です。しかし、現在の重力制御駆動(G-Drive)では、隣の惑星に到達するだけでも数ヶ月の時間を浪費してしまう。……『距離』という概念そのものを殺す方法は、見つかりましたか?」


「はい。重力制御の応用……いえ、飛躍的な進化です」


レオンハルトが端末を操作すると、空中に空間を模したゴム膜のようなモデルが表示された。


「現在の技術は、エネルギーを擬似的な質量に変え、その重みで空間に『崖』を作り出して滑り落ちるものです。しかし、出力の位相を極限まで一点に収束させ、人為的に『特異点』を創り出せば……空間そのものに『穴』を開けられるはずです」


モデルのゴム膜が折り畳まれ、二つの点が重なり合い、そこを光の針が貫く。


「『空間歪曲跳躍フォールド・ドライブ』エネルギーを凝縮し、目的地との距離をゼロにする技術です。理論構築は完了しました。数年以内には、試作機を完成させてみせます。そうすれば、火星も我々の裏庭と同義になります」


「数年後には、火星も緑の星に変わるということですね。期待していますよ、レオンハルト」


魁斗の言葉に、若き天才科学者は歓喜に震えながら深く頭を垂れた。




執務を終えた魁斗が、ルナ・パレスの最深部に設けられた最高級サロンへと戻る。



そこには、地球から月へと移り住んだ五人の令嬢たち、そして変わらぬ美貌と忠誠を誇る女性幹部たちが、主の帰還を待ち構えていた。


あるじ、お帰りどす。月の土は冷とうおすやろ? ウチが温めて差し上げますえ」


武芸・近接統括の桜華オウカが、艶やかな着物の裾を引かせながら、誰よりも早く魁斗の腕に絡みついた。



彼女の涼やかで妖艶な京言葉は、月という極限環境において、より一層の熱を帯びているように聞こえる。


「……桜華、主を独占するのは感心しないわ。主のバイタル管理には、私のアロマとマッサージが最も効果的だとデータが示しているのよ」


美容・被服統括のアフロディテが、甘い香りを漂わせながら魁斗の反対側に寄り添い、挑発的な視線を送る。


「あら、アフロディテ様。相変わらず香水臭いことで。主のお体は、そんなまがいもんの香りで誤魔化すもんやあらしまへんえ」


桜華はクスクスと笑いながら、アフロディテを軽くあしらい、魁斗の膝の上に滑り込むようにして座り込んだ。



彼女の強かな指先が、魁斗の胸元を愛撫するようにゆっくりと這う。


「主……先ほど、レオンハルトはんとの難しいお話、聞き届けましたえ。あんな遠い星まで、ウチを連れて行ってくれはるんでっしゃろ? ウチは、主の影。主の行く先やったら、地の果てでも、宇宙の果てでも、よろしゅうお頼み申しますえ……ふふ」


アリス王女たち五人の令嬢も、桜華の独走を苦々しく思いながらも、その圧倒的な戦闘力と、魁斗への狂気じみた寵愛の深さには容易に手が出せない。


「ちょっと、桜華さん! 魁斗様は今夜、私とチェスをするお約束ですわ!」



アメリカのメアリーが膨れ面で抗議するが、桜華は妖しく微笑むだけだ。


「勝負事なら、ウチの太刀筋を躱してからにしなはれ。主の隣は、一番強い女が似合うんどすえ」


月面という閉鎖空間、そして地球の全人類を見下ろす絶対的な優越感の中で、魁斗の「視界」に入るための女たちの戦いは、地球にいた頃よりも過酷で、そして甘美なものへと変質していた。



魁斗は、彼女たちの香りと熱に包まれながら、静かに目を閉じた。



完璧な秩序の中の、心地よい不協和音。


それこそが、彼に許された唯一の娯楽であった。

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