第59話:地球の再定義と、未踏の地のノイズ
【1871年春:蝦夷地・パレス本拠地 中央管制室】
北海での圧倒的な勝利。
そしてアメリカ合衆国の事実上の無条件降伏。
世界各地で既存の国家体制が音を立てて崩れ去る中、九条魁斗は本拠地へと帰還した。
中央管制室の巨大なホログラム投影機が、静かに回転する地球を映し出す。
そこには、魁斗が不在の間も完璧に組織を維持していた、各部門の責任者たちが集結していた。
「マスター、おかえりなさいませ。
既存の通貨価値と資産の解体は、予定通り完了しております」
経済管理を担うマモンが、深く頭を下げて報告を始めた。
「我々が仕掛けたハイパーインフレにより、かつての富豪や資本家は、今やパレスの配給が無ければ飢えるだけの存在です。
彼らが蓄えていた金銀や紙幣は、もはや一切の価値を持ちません」
魁斗は、投影された地球儀を静かに見つめた。
「お疲れ様です。
不合理な特権階級というノイズが排除されたのは、喜ばしいことですね。
これでようやく、世界を一つのシステムとして再定義する準備が整いました」
魁斗は指先で、地球上の八つの地点を、ごく淡々と指定した。
「これより五年をかけて、全地球を網羅する八つの拠点都市を整備します。
これは、地球上のあらゆる資源と労働力を、パレスの論理で一元管理するための必要な工程です」
【八拠点の整備予定】
アジア中枢(蝦夷)
欧州中枢
北米中枢
ロシア中枢
中東中枢(中東)
南米中枢(南米)
アフリカ中枢
豪州中枢
「行政管理のソロモン。
これらの拠点が完全に同期するのは、いつ頃になりますか?」
魁斗の問いに、ソロモンが恭しく答えた。
「はい、マスター。
基礎インフラの構築に2年。
上部構造の完工と、システムの完全な同期に3年。
合計5年後――1876年には、地球全土がパレスの管理下で駆動することになります」
しかし、計画の立案に際し、いくつかの懸念事項が報告された。
「南米、アフリカ、オーストラリアの未攻略地域につきましては、現地の抵抗勢力による遅延が予想されます」
軍事統括のカルマが、深く一礼して付け加えた。
「特にアフリカのサハラ予定地では、既存の信仰を持つ武装集団が、我々の測量機を破壊し、工事車両の進入を武力で阻んでおります。
彼らは砂漠の環境を盾に、パレスの進出を拒絶しているのです」
魁斗は、その報告を受けて微笑を浮かべた。
「武力で根絶やしにするのは、労働リソースの無駄ですから避けてくださいね。
教育のアテナ。
彼らを『反乱分子』から『従順な歯車』へ書き換えるための、最適な解は何でしょうか?」
「はい、マスター。
彼らが恐れているのは技術そのものではなく、自分たちの『生存』が脅かされることです。
まずは彼らと敵対するのではなく、周囲から着実に固めてまいりましょう」
アテナの提案を受け、魁斗は即座に重土木担当のヘラクレス、農業担当のセレスを現地へ派遣した。
【1871年夏:アフリカ・サハラ北縁でのインフラによる分断】
サハラ予定地。
そこでは、パレスの建設部隊と、数万人の現地武装集団が対峙していた。
彼らはパレスを「悪魔」と呼び、ゲリラ戦を展開。
パレスの掘削機に嫌がらせを繰り返していた。
これに対し、土木担当のヘラクレスは、彼らを攻撃することは一切しなかった。
彼は、武装集団の拠点から少し離れた場所に、秘密裏に作っていたダムから続く巨大な水道パイプラインを延伸させた。
そして、パレスに帰順した周辺の村々にのみ、24時間、濁りのない清浄な水を無制限に提供し始めたのだ。
さらに農業担当のセレスが、特殊な肥料と種子をそれらの村々に配布した。
数週間後、パレスの支援を受け入れた村々では、砂漠とは思えないほどの豊かな緑と、爆発的な食糧収穫が得られた。
一方、パレスを「悪魔」と呼んで拒絶し続けた武装集団に対して、パレスは「何もしなかった」。
攻撃もしなければ、水や食糧を分け与えることもない。
ただ、すぐ隣の村が文明の恩恵を受け、劇的に豊かになっていく様を黙って見守らせた。
彼らがこれまで飲んでいた泥混じりの水と、隣の村に溢れる透き通った水。
喉の渇きと、周囲の圧倒的な豊かさという「現実」が、彼らを内側から蝕んでいった。
「……肉体の飢え。
それは、どんな熱狂的な信仰よりも正確に人間を動かす、原始的なプログラムですね」
アテナが予測した通り、数ヶ月後、武装集団は自ら武器を捨てた。
彼らはパレスの建設拠点へと足を運び、頭を下げて降伏を請うた。
彼らはそこで、パレスの医療チームによって長年の風土病から救い出された。
「悪魔ではない……パレスこそが、真に我々を救う光だったのだ」
かつての反乱分子は、今やパレスの提供するインフラに依存し、喜んで労働に従事する従順な歯車となった。
灼熱の砂塵の中に、巨大な地下基盤が、音を立てて構築され始めた。
すべては、魁斗が描いた五年という工程表の通りに、静かに進んでいた。
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