第57話:完璧な偶像(アイドル)と、希望の旋風
本日3話目
【1870年11月末:戦略会議】
鳳凰の中枢サロンでは、九条魁斗が次なる盤面を描いていた。
「九条様。元英米の将兵たちを再編成し、即座にアメリカ攻撃に向かわせる準備が整っております」
軍事統括の龍炎が深く頭を下げて報告する。
しかし、魁斗は静かに首を横に振った。
「却下します、龍炎。彼らに祖国を攻撃させるのは、非常に非合理的です。
自身の故郷に砲弾を撃ち込ませれば、必ず心に『摩擦』が生じる。それは反乱のリスクを高めるノイズです」
魁斗は窓の外、パレスの黒い艦隊を見つめた。
「人々が自発的に膝を屈するのは、暴力ではなく、『自分もああなりたい』という強烈な羨望を抱いた時です。
彼らには、破壊の道具ではなく、パレスの豊かさを証明する『広告塔』になってもらいましょう」
【12月初旬:偶像の誕生】
鳳凰の多目的ホールには、選抜された男女数百名の捕虜が集められていた。
条件は「容姿の端麗さ」と「パレスの論理への高い適応力」。
元アメリカ海軍水兵のエドワードは、全身鏡の前で呆然としていた。
ボストンの貧民街で育ち、かつては栄養失調で頬がこけていた。
今の彼は、漆黒のシルクと金糸で縁取られた、王侯貴族のような衣装を纏わされている。
彼の隣には、クリミアで保護されたロシア人女性エカテリーナがいた。
泥まみれの野戦病院にいた彼女も、今はまるでお伽話の姫君のような美しさを放っている。
壇上に、九条魁斗が姿を現した。
選ばれた者たちは、狂信の念を込めて絶対者を見つめる。
「君たちは、旧い世界の象徴でした。貧困、病、無益な戦争の犠牲者だった。
だが、今は違う。君たちはパレスの論理がもたらす『完成された人類』の雛形です。
君たちの仕事は、銃を取ることではありません。ただ、美しく、豊かに笑うこと。
パレスがいかに慈悲深いかを、世界に見せつけることです」
こうして、世界初の超国家的アイドルグループが誕生した。
男性グループ『アルタイル(鷲座)』
女性グループ『ヴェガ(琴座)』
彼らはパレスの圧倒的な技術を使い、世界中に「幸福な暮らし」を宣伝する広告塔となった。
当時の常識を覆す精巧な光学機械で撮影された映像。
内燃機関の電力を利用した、ノイズのない高音質の録音。
エドワードたちは豊かな食卓を囲んで笑い、パレスの素晴らしさを歌い上げた。
エカテリーナたちは美しい庭園で舞い、国家からの解放を旋律に乗せた。
彼らの笑顔に嘘はなかった。
地獄から救い出され、パレスという絶対的な神に心から感謝していたからだ。
その本物の幸福感は、いかなる演技よりも強烈な熱量を持っていた。
撮影された映像は、奇跡的な高精細カラー印刷の雑誌や、上映用フィルムに焼き付けられた。
「さあ、始めましょう。不必要な摩擦を取り除くための、情報による侵略を」
魁斗の指示のもと、パレスの別働艦隊がアメリカ東海岸へ向けて出港した。
船に積まれているのは大砲の弾ではない。
大量の美しい雑誌、最新鋭の蓄音機。
そして、アメリカ国民の心を内側から溶かすための「希望の偶像」という猛毒であった。
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