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明治「再」起動 ―暴君が塗り替える近代史―  作者: tky@複数作品を同時連載中
第3章:大陸と資源の収奪

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第56話:捕虜たちの洗礼と、与えられた尊厳

本日2話目

【1870年11月中旬:北海海戦直後】


五十隻からなる英米連合艦隊は、完全に沈黙していた。

旗艦『リヴァイアサン』が、漆黒の巨艦『鳳凰』から放たれた一発の金属弾で消滅した光景。

それは数万の将兵から、一切の反抗心を根こそぎ奪い去っていた。


次々と白旗が掲げられる中、鳳凰からは数十隻の小型内火艇が降ろされた。

大英帝国海軍のウィリアム・スタッフォード大佐は、震える手で望遠鏡を覗き込んだ。


接近してくる小型艇には煙突がなく、石炭の黒煙も上げていない。

内蔵された高効率の内燃機関が、不気味なほど静かな重低音だけを響かせ、波を正確に切り裂いて進んでくる。


やがて甲板に乗り込んできたパレスの接収部隊は、野蛮な略奪者ではなかった。

彼らはチリ一つない漆黒の軍服に身を包み、足音すら揃った一糸乱れぬ動きで展開した。

その顔には勝者の驕りもなく、機械のように冷徹な「誇り」だけが満ちていた。


「我々大英帝国海軍は、貴官らに降伏する……! 兵たちの命だけは――」


スタッフォード大佐が差し出した軍刀を、パレスの中隊長は静かに受け取った。


「降伏を受諾します。……命を奪う? 何故そのような無駄をするのですか。

あなた方はこれより、パレスの管理下における『貴重な人的資源』として収容・保護されます」


処刑でもなく、略奪でもない。

ただ淡々と「保護する」と告げられたことに、スタッフォードは戸惑いを隠せなかった。


数万の捕虜たちは、パレスが用意した巨大な病院船へと移送された。

そこは、十九世紀の「船」という概念を根本から覆す、異次元の空間であった。


当時の海軍の環境は地獄である。

石炭の粉塵、ネズミ、腐った肉、そしてマゴット(蛆虫)の湧いたビスケット。


多くの水兵が壊血病で歯を抜け落とし、疲労と感染症で命を落としていた。


しかし、パレスの病院船の内部は違った。

完璧に清掃された白い床、温度管理された新鮮な空気。

眩いばかりのアーク灯の光が、船内の隅々まで影一つなく照らし出している。


壊血病で動けなかった下層水兵のトーマスは、清潔なシーツのベッドに触れ、呆然とした。


「こ、ここは……本当に捕虜収容所なのか……?」


与えられたのは、温かく清潔な綿の衣類。

出された食事は、湯気を立てる肉と野菜のシチュー、焼きたての白パン、新鮮な果汁。


「食え。君たちの体は酷く損耗している。

パレスの論理において、機能不全のままの歯車を放置することは最大の罪だ」


配膳係のパレス兵は、トーマスの肩を叩いて微笑んだ。


飢えと病に苦しんでいた水兵たちは、涙を流しながらシチューを口に運んだ。


「う、美味い……! 肉が……野菜が、腐ってない……!」


それは魔法ではなく、圧倒的な衛生管理と栄養学に基づいた「完璧な食事」であった。


だが、極限状態の彼らにとって、それはまさに神の与え賜うた奇跡だった。


【11月下旬:適性検査】


体力を回復した二週間後、パレスの「再編成」に向けた『適性検査』が開始された。


階級の区別なく、長机に座らされた数万の捕虜たちが、知能と適性のテストを受ける。


計算問題、物理パズル、航力学の基礎。

そこで、大英帝国が数百年維持してきた「階級制度」が崩壊した。


「私が、清掃と弾薬運びの『階層D』だと!?

私は由緒正しき伯爵家の長男であり、艦長だぞ!」


スタッフォード大佐は、パレスの面接官に向かって激昂した。


面接官は冷静に事実を告げた。


「数学のスコアは基準以下、海図の読み取りも致命的なミスがある。 これまでのあなたの指揮履歴は、血統という『非論理的な偏見』に基づくエラーです。 パレスにおいて、血統は何の価値も持ちません」


一方で、字すら読めず、旧海軍で鞭打たれていた水兵のトーマスは、別の結果を受け取った。


「素晴らしい。君の空間把握能力は極めて優秀だ」

面接官が、トーマスが図面も見ずに組み上げた複雑な歯車の模型を見て感嘆した。


「あ、あの……俺はドブネズミのような平民で……」


「文字など、これから学べばいい。

君の才能は、内燃機関の微調整に必須の才能だ。

これより君を、砲術管制の士官候補として迎えます」


トーマスは、真新しい漆黒の制服を、震える手で受け取った。


パレスには、貴族も平民もない。


ただ「何ができるか」という純粋な能力だけが、完璧な公平さで評価される。


最初は反発していた捕虜たちも、この「合理的幸福」の前に、次第に心を明け渡した。


無能な上官の命令で死ぬ必要もなく、病に耐える必要もない。


自分の能力が正しく評価される、絶対的な尊厳がここにはあった。


『祖国などという幻想より、俺たちを人間として扱うパレスこそが、真に仕えるべき神だ』


その思いは強烈な狂信へと変わり、彼らは自ら旧来の軍服を焼却炉へ投げ込んだ。


パレスの漆黒の制服に袖を通すことに、彼らは宗教的な悦びを見出すようになっていた。

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