第3話「陰陽寮にドローン?」その1
あの忌まわしい事件から数日が経ち、陽の光で目覚めた桃眞。
ここは陰陽寮の客間。
陰陽寮と言うのは、陰陽師と呼ばれる存在を目指す学生達が住む、寮制の学校らしい。
大きな屋敷風の日本家屋だ。
障子張りの引き戸の隙間から差す日光が眩しい。
手でその光を遮りながら、布団の上で、ゆっくりと上半身を起こした。
あれから色々あり、今、桃眞はここに居る。
桃眞の前に現れた一人の男――皇によって、桃眞を救った者達が"陰陽師"と呼ばれる存在である事を知らされた。
世の中に潜む闇の存在を正す力を持つ陰陽師。
そんな陰陽師になるべく勉強をする場所があると言った。
そして、学びたいならそのチャンスを与えると。
理由はどうあれ、眠っていたあの化け物を呼び覚ましたのは、桃眞達であった。
世に放った責任がある。
もし、あの化け物と戦う力があれば、これ以上大切な命を奪わせたくない。
自分にその素質があるのか?
陰陽師になれるのかは分からないが、このまま通常の生活になんて戻れる訳がない。
取り合えず、皇の勧めで陰陽師になる決意をしたのだ。
陰陽寮での初めての朝を迎えた桃眞は、枕元に置いていたスマートフォンで「7:23」を確認する。
数字の背景に映る真理と翔太の笑顔を見て、自分を奮い立たせる。
桃眞は黒いジャージ姿のまま起き上がると、和室の中にある洗面所に行き、朝の支度を始めた。
鏡に向かい、深呼吸すると笑顔を作る。
そして、皇に言われた言葉を思い出す。
――「辛い時こそ笑顔になりなさい。悲しい時こそ明るく振る舞いなさい。邪悪に打ち勝つ力の根源はそこなのですよ」と。
殺された両親、そして真理や翔太の事を思うと、自分は今後一切笑う資格はない。
明るく生きるなんて無理だと思っていたが、その男の言葉を聞き、まずは……無理やりだとしても、そう振る舞おうと決めたのだ。
皇は、それを体現しているかのような絶える事の無い笑みをしていた。
彼は、陰陽師ではないそうだが、寮生達の世話役との事。
物腰が柔らかそうな口調をしていた。
桃眞は、客間から中庭を一周する回廊に出た。
昨夜来た時には気付かなかったが、なんとも美しい景気が広がっていた。小さな白い玉石が、一面に敷き詰められた広大な中庭を囲むかの様に、色鮮やかな花々が咲いている。
そして、その玉石は、目立った凸凹が無いほどに整えられている。
鏡面や、揺らぎ一つない水面と例えても良いだろう。
スズメが屋根の上でチュンチュンと鳴き、花々に引けを取らないほどに色鮮やかな蝶が、中庭の花々の上を舞う。
眼前には、新緑に染まる山脈が、その存在をしっかりと主張していた。
桃眞は思わず、大きく深呼吸をした。
透き通る様な緑の匂いが、気道を通過するのを感じる。
今まで感じた事のない、爽やかで柔らかい空気が、肺に染み渡った。
思わず、心地の良い吐息を漏らす。
そこで、桃眞は不思議な光景を目にする。
中庭の上を横切る白い飛空物。
――ドローンだ。
この場の雰囲気に似つかわしくもない機械が飛んでいるではないか。
周りを見渡すが、操作をしている人物は見えない。
桃眞は、回廊を右方向に回りながら、ドローンを追ってみる事にした。
回廊から、横に向かう廊下へと続き、赤い小さな橋を渡る。
橋の下には、鯉が泳ぐ小さな池。
そこから見える日本庭園の様な景色が、また美しい。
どうやら、ドローンは離れのような建物へと向かっている。
板の間の廊下を更に進み、一際大きな離れの家屋に到着した。
正面玄関の引き戸が開いている。
旅館の様な広い玄関。
正面には、これまた障子張りの部屋があり、ドローンは、玄関からすぐ左側にある階段を登っていく。
桃眞は、恐る恐る階段を登った。
ギシギシと階段が軋む。
階段を登り、二階の廊下を突き当たりにまで進んだところで、ドローンは空中で動きを止めた。
そして、ゆっくりと旋回し、ある部屋の引き戸の前で、宙に浮いたまま静止する。
一体、ドローンが辿り着いた部屋には何があると言うのか。
桃眞は、恐る恐るその部屋へと近づくと、ゆっくりと引き戸を開いた…………。
「…………あッ」
桃眞と目が合う幾人との瞳。
そこには、今、これから着替えようとしている十代の女子達が、下着姿で立っていた。
まだ、発育途中の柔肌を包む色鮮やかな下着が、差し込む太陽の光を浴びてカラフルに輝く。
どうやらここは女子寮のようだ。
一瞬の沈黙の後、女子達の悲鳴が離れに響き渡たり、静寂を掻き消した。
慌てる桃眞。
「あ、いや、ちが、これは、ドロッ……ヴォエッ」
顔面に固い枕がめり込む。
勢い余って尻餅をつく。
「いつまで見てんのッ」と一人の女の子が叫び、両手で目を覆った。
その隙をついて、一目散に滑空を始めたドローンを、桃眞の頭上を開脚しながら飛び越える下着姿の女子が鷲掴む。
「今度こそ捕まえた。もう逃げられないわよ」とセミロングヘア―の女の子に「櫻子ナイスっ」と別の女子が叫ぶ。
桃眞は立ち上がり、櫻子が掴むドローンを見た。
「これ、俺知らな……」
「やかましい。誰が手をどけて良いと言った」と櫻子が一喝。再び桃眞が顔を隠す。
「今日こそは、誰の仕業か炙り出してやる」
そう言うと、櫻子は、モーター音が一際唸るドローンを掴みながら、部屋の中の和箪笥の引き出しを開けた。
中から取り出した呪符をドローンに貼り付けると呪文を唱え始めた。
「我命ずる。不届き者の不埒な輩を、心ばかりに追うて帰れ。急急如律令」
櫻子は、そっと手放すと、ドローンがゆっくりと滑空を始める。
「では、行ってまいる。今日こそ悪人を成敗してくれる」と櫻子は、女子達に敬礼のポーズをすると、「アンタも来んのよッ」といい、桃眞の黒いジャージの首元を掴み、凄い勢いで引きずった。
「オゥッ、グェ……」と苦しむ桃眞には目もくれず、櫻子が走り出す。
「あーッ、櫻子、ちょっと待ってッ」と叫ぶ女子の言葉は、もう、櫻子の耳には入っていなかった。




