第2話「俺も陰陽師になれますか?」その2
コンビニで、ペットボトルの水と、おにぎりを二つ、そしてパンを購入した。
本当は揚げ物が欲しかったが、深夜と言う事もあり、作ってはいなかった。
店の前に腰を下ろし、ペットボトルのキャップを捻る。
桃眞は、まず自分の手の平に水を溜めると、イヌヒコに与えた。イヌヒコは、喉が渇いていたのか、一心不乱に舌を力強く動かし、水を喉へと運ぶ。手の中の水はあっという間になくなり、再び、水を溜める。
イヌヒコが満足してから、桃眞はグビグビと喉を潤した。
一息つく間もなく、イヌヒコはビニール袋の中に顔を突っ込み、パンを鼻で突っついている。
「お前、よっぽど腹が減ってたんだな」
そう言い、桃眞はパンが入っている包装袋を破き、シンプルな菓子パンをちぎり、イヌヒコに食べさせた。
必死に喰らいつくイヌヒコの姿を見て、桃眞に笑みが戻った。
「慌てんなって」
最後のおにぎりを食べ終えた桃眞。
正直、まだ腹六分といった所だが、これ以上はワガママを言えない。
「これからどうすっかな。このまま朝までここに居る訳にもいかないしな」と宛の無い自問自答をした。
車道を挟んだ向かい側にある、ファーストフード店。
ガラス越しに見える若いカップルが、丁度テーブル席を後にした。
よく見ると、食べ終えた後のトレーを返していない。
そして、そのトレーの上に、まだフライドポテトが残っている事に気付いた。
――気になる。
だが、今まで、人の食べ残しを気に掛けた事など一度もない。ましてや他人の物など……。
そっと腰を上げると、フライドポテトが、まだそこそこ残っている。
油物が食べたい。
さっきのラーメンの誘惑のせいで、無性にこってりしたモノが食べたくなっていた。
生唾が喉を鳴らした。
直後に顔を左右に振って我に返る。
「馬鹿野郎、なに考えてんだ俺。みっともないじゃないか」
………………
しっかりとソレを噛み締めていた。
安堵と快感が入り交ざった鼻息が漏れる。
ファーストフード店のフライドポテト、一本一本をこれ程までに、愛でながら、ゆっくりと噛み締め、堪能したことはない。
ガラスの向こう側で、イヌヒコが桃眞をじっと見つめている。
「悪いな、油物はお前にはヤレねぇ」と言いながら、最後の一本を口に入れた。
残飯を置いてくれたカップルに感謝をしながら、トレーを片付けた。
その時、一人の男が話しかけてきた。
「こんな時間に、こんな所で、人の食べ残しを幸せそうに食べているなんて、変わった趣味をお持ちですね」
初めて見る男だった。
肩口までありそうな長い黒髪を一つに括っている。
弧を描く細い目と吊り上がった口角。
自然体から笑っているかの様なその男。
男は桃眞の不思議そうな表情を読み取ったのか「皇と申します。先日、鬼に襲われた貴方をお救いした陰陽師の"仲間"と言った所でしょうか」と名乗ると、そのまま桃眞の向かい側の椅子に座った。
「おんみょうじ……?」と聞き慣れない言葉を繰り返す桃眞。
「はい」と答えた皇は、テーブルに置いてあった紙ナプキンにボールペンで『陰陽師』と書く。
「まぁ、今の貴方にも分かりやすく説明するなら、陰陽師とは色々な学問から通じる占いをしたり、時にはその特殊な力で闇に潜む鬼を退治し、光と闇のバランスを正す。それが陰陽師です」と説明した。
「なんかよく分かりませんけど。そんなのが居たんですね」
その後、桃眞は鬼と出会った経緯を聞かれ、事細かく答えた。
「事情は分かりました。随分と愚かな事をしでかしましたね」と笑顔で注意する皇に「すみません」と答える桃眞。
「ですが、まぁ、事件のあった場所が陰陽寮の近くの森で良かったですね。丁度、祭事から帰ってきた陰陽師が貴方のお友達の遺体を見つけなければ、今頃は貴方も同じ目に遭っていたでしょう」
「でも、もう皆居なくなってしまいました。親も友達も……。残されたのはイヌヒコだけです」と窓の向こう側に見えるイヌヒコに目をやった。
「ですが今、貴方は生きています。彼らの犠牲があったからこそ今、貴方はこうして他人の食べ残しに一時の幸せを感じる事もできるのですよ」
「ですよね」
ふと桃眞はある言葉についても疑問を抱き、口にした。
「さっき言ってた"陰陽寮"ってなんすか?」
「そうですねぇ。陰陽師を目指す学生が集う寮制の学校です」
「初めて聞きました。ネットでも見た事も聞いた事も無いですよね」
その言葉に皇はクスリと笑った。
「当然です。この世には存在していないですから」
「えっ?」と耳を疑う桃眞。
「厳密に言うと、別の次元と言いましょうか? 普通には行けない所にあるのです。この外界でもその存在を知るのは、ごく一部でしょうか」
「外界って?」と新たに出てきたワードにまたも反応する。
「陰陽寮から見て、貴方がたが住むこの世界を"外の世界"。つまり外界と呼んでいます」
「そうなんですね……」
すこし間が空いたあと、桃眞は重い口を開いた。
「俺は、これからどうすれば良いんでしょうか。どう皆に償えば良いんでしょうか」
「それは、人に訊ねることですか」と皇は優しく問いかける。「肝心なのは、貴方がどうしたいかです」と男は続けた。
桃眞の顔を覗き込み、少し目を見開く。
心に訴えかけるかの様に、もう一度問いかけた。
「全てを失い、自暴自棄になるのも分かります。ですが、鬼に遭遇する可能性もある中、こんな役にも立たない金属バットを持ち歩き、命を粗末にすることが、貴方の償いなのでしょうか。自分が死ねば、犠牲となった命は報われると? それは自分勝手な事です」
「ですよね……」
そういいながら、窓の向こう側で、桃眞を見つめるイヌヒコに目をやった。
「もう、アイツだけなんです。俺に残されているのは。俺が死んだら、だれもイヌヒコを守れない」
「もし、陰陽寮に行ったら。俺も……陰陽師になれますかね?」
その言葉を待っていたかのように、男の口角が更に上がった。
「簡単ではありません、ですが、可能性が全く無い訳でもありません。貴方の努力次第です」
「あの鬼に殺された皆の仇を取りたいってのは、まだ言い切れません。そこまで自分が成れるかも分からないし。でも、もし俺に少しでも可能性があるのなら、俺のせいで目覚めさせてしまった"あの鬼"の犠牲者をこれ以上増やしたくないんです。それに、もし、俺にできるなら、困っている人を救いたい」
あの事件の前までの桃眞ならこんな言葉は絶対に出ないだろう。
根拠の無いオカルトを信じていなかったのだから。
だが、状況は一変した。
確かに"ソレら"は存在している。
そして、あの化け物に対抗できる術を持つ存在もまた居るのだ。
だったら、もし、自分にも可能性があるのなら、そこに賭けてみたい。
何かを変えるキッカケ……力が欲しいと、桃眞は思ったのだ。
「罪滅ぼし。というやつですか」
「何だっていいです、とにかく、今は、鬼から大切なモノを守る力が欲しい。ただそれだけです」
暗く重苦しい桃眞の表情を見つめる皇。
「辛気臭いお顔ですね。辛い時こそ笑顔になりなさい。悲しい時こそ明るく振る舞いなさい。邪悪に打ち勝つ力の根源はそこなのですよ」
「……そうっすよね」と言い、桃眞は作り笑顔をした。
「初めはそれで十分です。わかりました。ですが、貴方が陰陽師としての素質があるかをまずは確認する必要があります」
「確認ですか」
「はい」
皇は立ち上がると「明日朝にとは言いたいですが、状況も状況です。これから一緒に陰陽寮に向かいましょう。休むのは寮の方が安心です」と桃眞に付いて来るように促す。
ファーストフード店から出ると、桃眞は、ガードレールに結んでいたイヌヒコのリードを解き、掴んだ。
そして、皇の後に続く。
「あ、あと、一つ聞いていいですか」
「はい、何でしょう」
「めっちゃ、今更なんですけど、下の名前って聞いてもいいですか」
「浩美。皇 浩美です」
「なんか女の人みたいな名前ですね」
「殴りますよ」と優しく暴力的な言葉を返す皇。
「ご、ごめんなさい」と謝る桃眞に、「冗談です、よく言われます」と返す。
こうして、桃眞とイヌヒコ、そして皇は新しい明日へと向かって行ったのだった。




