第3話「陰陽寮にドローン?」その2
回廊を挟み、左右対称の位置に、男子寮がある。
階段を登るドローンを追う櫻子。
怒りに満ちた表情の櫻子の後を追う、桃眞。
階段を上がり、一番手前の障子張りの部屋の前でドローンが止まる。
櫻子が全力で戸を開けた。甲高い音が響く。
驚く幾人の男子が居る事もお構いなしに、戸の近くに立てかけていた箒を掴み、ドローンが帰る男子の元へと向かう。
慌てるVRゴーグルとドローンのコントローラーを握る中肉中背の男子が、断末魔を上げた。
「あぁぁぁぁーーッ」
「貴様か、成春ッ」
何度も箒で乱打され、のびる成春の胸倉を掴み上げる櫻子。
息を切らしながら「次に覗いたら、殺すッ」と言い放った。
そこに、初めから全く表情を変えずに、クールに着替えている男子が、櫻子に「気が済んだか」と問いかける。
「これでチャラよ」と言い放つ櫻子に「だったら、そろそろ何か羽織れ。サービスが過ぎるぞ」と忠告する。
その言葉で我に返った櫻子は、自分が下着姿のままだと言う事にようやく気付いたのだった。
引き締まったウエストと、年齢に似つかわしくもない、たわわなマシュマロバストに、男子達の視線が釘付けになる。
次の瞬間、甲高い悲鳴が男子寮に響き渡った。
そして、頬を全力で叩かれ、またも尻餅をつく桃眞。
「な、なんで俺……」とビックリした表情で赤く腫れる頬を抑える。
クールな男子は、自分の和箪笥からTシャツを取り出すと、櫻子に手渡した。
「後で洗って返せよな」
「ありがとう、慎之介」と言い、直ぐにシャツに腕を通した。
櫻子が女子寮へ帰った後、慎之介が桃眞に問いかける。
「で、君は?」
「あ、今日からここでお世話になる阿形 桃眞です。皇さんから、古い泉に来るように言われてたんだけど、どこですか?」とまだ頬を抑えながら、立ち上がった。
「あぁ、浩美さんか」
慎之介はそう言うと、「俺が案内してやるよ。ちょっと待っててくれ」と言い、紫の狩衣を纏う。
どうやら、桃眞を救ってくれた陰陽師達や、また今、目の前で寮生達が着替えている衣装を『狩衣』と呼ぶらしい。
頭に被っている黒く高い帽子は『烏帽子』と言うモノだそうだ。
スクエア型フレームのインテリ眼鏡を掛けると、慎之介と桃眞は男子寮を後にした。
回廊までの廊下を歩く、桃眞と慎之介。
「アンタも陰陽師なのか」と訊ねる桃眞に、「いや、俺たちはまだ学生だ。陰陽師はもっと上の位の者達の事を言う」と淡々と答える。
「慎之介……くん、さん」と呼び方を聞く。
「猿田だ。猿田 慎之介。始めて会ったんだ。猿田と呼べ」
「猿田も、陰陽師になって鬼を倒すのか」
その時、慎之介が振り返った。
「……何故、呼び捨て?」
「え、猿田と呼べって」とキョトンとした表情で答える桃眞。
「お、おま。とりあえず、猿田さんだろ」と言い、踵を返した。
「猿田さん、今いくつ?」
「十七だ」
「あ、俺も十七。猿田は、陰陽師になって……」「ちょっとまて」と再び振り返る慎之介。
「はい」
「……何故に呼び捨て?」
「だって、同じ歳だから……」
すこし、呆れ顔となった慎之介。
「一応、先輩なんだけどな。ま、まぁ、好きに呼べよ」
「じゃあ……慎之介は、やっぱり鬼を倒す為に陰陽師を目指してるの?」
「イキナリ下の名前で呼ぶのかよ……。いや、俺はそんな野蛮な世界には踏み込みたくない。普通に就職してだな……」
「就職?」と聞き返す。
「お前、何も知らないのか?」
「知らない。陰陽師ってのを知ったのも、ここ最近の話だし」と桃眞は口を尖らせ、そう言った。
回廊にようやく歩みを進める。
「俺たち学生は、陰陽道から吉凶の占術や、神力を駆使し災いを直接振り払う術を学ぶ。そして、卒業となった際に、更に陰陽師と言う位を目指すのか、就職するのか、実家の神社を継ぐのかを選択するんだ」
桃眞は、慎之介が言う就職と言う言葉が妙に気になっていた。
「就職って、陰陽師を辞めて普通に就職するのか」と問う。
「いや、そうじゃない。この陰陽寮で言う就職とは、外界の各企業の吉凶アドバイザーとして雇用契約を結ぶんだ」
「ふーん。よく分からん」
「……まぁ、その内わかるさ。で、お前がさっきから言っている鬼を退治するのは、怪伐隊の事だろう」
「何それ」
「主に陰陽師や卒業生、法術に優れたメンバーで構成されている"特殊部隊"の事だ。中には現役の学生も居たりする」
「その人達って強いのか?」と問いかける。
「まぁ、最上位層だからな。でも、先日、外界で暴れた鬼に、何人もの怪伐隊が殺されてしまったらしい」
「あー……」と、桃眞は、自分が関わっている件の事だと悟った。
回廊から、奥の通路に差し掛かる。
通路の突き当たりを右に曲がり、地下へと続く階段を下りていく。
「え、ここ、地下もあるの?」
「まぁな。ちなみに、この陰陽寮。見た目よりも相当デカいぞ」
「どういう事?」と聞いた桃眞。
「見たままを信じるなって事だ」
「で、今からお前は、篩の泉で法力の測定が行われる。古い泉ではないからな間違えるなよ」
「なんだか分からんけど」
「そこで、お前がどこの学科をメインに受講していくのかが決まる」
「試験的な感じのヤツか」
階段を降りると、細長い通路の等間隔、左右に火の玉が浮いている。
その光景に、桃眞は唖然とする。
「え、これ何。どうなってんの」と慎之介の狩衣の袖にしがみつく。
慎之介は至って冷静に「何って、俺には、唐衣を纏った女が、灯りを持って並んでいるように見えるぞ」
桃眞は、周りを見渡すも、女一人見当たらない。
ただ、ゆらゆらと火の玉が浮かんでいるだけだ。
「お前、式神が見えないのか」と慎之介が言う。
「しきがみ……って何?」
「まぁいいさ、また授業で習うだろう」と言い、通路奥の分厚い鉄扉の前で立ち止まる。
「じゃあ、俺は戻る。学年も違うし、もうそんなに話す事も無いだろう。じゃあな」と言い、慎之介は階段の方へと戻っていった。
「あ、ありがとう」とその背中に礼を言った。
鉄扉の方へと振り返る桃眞。
この先で、一体どんな試験が行われるのか。
期待よりも不安の方が大きい。
だが、ここが、これからの人生の第一歩なのだと信じ、桃眞は、ゆっくりと左右に開けた。




