第23話「帰って来た超危険な女の子!? 変態令嬢の氷室 聖羅」その2
玄関に集合する大会出場者達。
直ぐ傍の食堂に、夕食を摂る為に寮生達が入っていく。
笑い声や食器の音が漏れ聞こえ、食欲を刺激する良い匂いが、空腹の桃眞達を包む。
狩衣姿の一同が揃うと、吉樹の横にいる皇が口を開いた。
「皆さん揃いましたね」と言い、それぞれの方へ視線を向ける。
「早速ですが、これから外界に向かいます。各自私服に着替えて来て下さい」
その言葉に「だったら、最初から言ってくれれば、着替えて玄関に来ましたのに」と慎之介が指摘すると、「申し訳ございません。ギリギリでプランが変更になったので。私と吉樹先生もコレから着替えに戻ります」と皇は笑顔で答えた。
…………10分後。
玄関に再集合した一同。
そこには、カジュアルな服装に身を包んだ皇が立っていた。
白い長袖のシャツの上から、袖の無い夏用の黒いロングコートを羽織る。
シックで落ち着いた大人の装いだ。
長い黒髪をポニーテールの様に後ろで結ぶ。
吉樹はまだのようだ。
グレーのパーカーを着た桃眞。
茶系のチェック柄のネルシャツを着た慎之介。ボタンを首元まで留めている。
漣樹は、黒いジャケットの中に白いTシャツだ。
モスグリーンのジャケットを着た佐伯と、オレンジ色の麻のシャツを着た横谷。
メンズは皆、微妙に色が違うがジーンズを履いている。
櫻子は薄手の白いブラウスに、デニムのショートパンツ。
日に焼けていない綺麗な長い脚が美しい。
普段からも薄っすらと化粧はしているが、先ほどよりも唇がピンク色に光る。
すると、そこに蓮水と聖羅が現れた。
二人とも既に私服姿だ。
蓮水に関しては、足首までのジーンズを履き、白いTシャツの上から黒いロングカーディガンを羽織っている。いわゆる"落ち着いた服装"であるが、聖羅に関してはそうでは無かった。
パステルグリーンの薄手なフレアワンピースで、若干肌が透けて見える。
隠せない程の豊満なバストの下にあるモスグリーンの細い帯を締める事で、くびれが強調され、柔らかい見た目に反してセクシーさまで醸し出す。
耳からぶら下がるスワロフスキーのピアスとネックレスが、玄関を照らす行燈の光をキラキラと反射していた。
桃眞が不思議そうに二人に声を掛けた。
「お前らは? もしかして一緒に来るのか?」
すると、櫻子が「そうみたいよ」と言い、聖羅が「私と蓮水様は『陰陽師通信部』に入部しておりますので、大会期間中は皆様の取材をさせて頂きます。どうぞよろしくお願い致します」と恭しく自己紹介をした。
「そ、そうなの……」と、桃眞は嫌な予感しかしなかった。
すると、皇が鼻から深い息を吐いた。
「皆さん。外界に行くのは珍しいので気持ちが高揚するのは仕方ありませんが、もう少し服装を考えて下さい。特に櫻子さんと聖羅さん。少しお召し物が派手な様に感じます。櫻子さんに関しては遊びに行く訳では無いんですよ。大会に向けた訓練だと言う事を意識して下さい」
櫻子は、自分の身なりに目を向けながら「すみません……」と反省し、伏し目がちに答えた。
気持ちを寄せる桃眞に対して、少しでも可愛く見せたいと言う思いから、本来の目的を見失ってしまっていたようだ。
「私、これよりも地味な服装がありませんので、また外界に出た際に購入しておきます」と聖羅がニッコリと答える。
「いやー。みんな、お待たせ。待ったかな?」と吉樹の明るい声が聞こえた。
振り返る皇の表情が凍り付き、目が泳ぐ。
花柄が散りばめられたピンク色のワイシャツ。
白いデニムの短パンから、しなやかで程よく筋肉のついた脚が伸びる。
首元から見えるシルバーアクセサリ。
ギラギラと眩い輝きを放つ腕時計。
いつもの丸いインテリ眼鏡も、シルバーからゴールドの縁に変わっていた。
派手どころではない……ド派手である。
凍り付く一同の視線に対して「ん? あれ、皆どうしたの?」と、にこやかに首を傾げる。
流石に皇の吊り上がった口角でさえ、小刻みに震えていたのを桃眞は見逃さなかった。
それでも笑顔を崩さないのだから大したモノだ。
案の定、聖羅だけはうっとりとした表情だ。
「じゃあ、みんな揃ったし出発しよっか」と外に出ようとした吉樹に、気を取り直した皇が訊ねる。
「吉樹さん……」
「何? 浩美っち」
「正気ですか?」
「僕はいつも正気だよ。ん? 逆にどうかした?」と訊ねる吉樹。
「フツーにダメじゃないですか」
「ダメ……? と言いますと?」
「今しがた、私が彼らの服装に対して注意をした所なんです。遊びに行くのではなく、大会に向けた訓練なのだと。貴方が……陰陽博士である貴方が……そんな派手な格好をするのは好ましくないかと」
「浩美っちも硬いねぇ」と吉樹は皇の肩をポンポンと叩く。
「まだ時間があるので、着替えて来ますか?」
「いや、全然このままでオッケーだよ」
「着替えますよね?」
「このままでオッケーさ」
「着替えないんですか?」
「着替えないよん」
「吉樹さん。着替えなくても良いので、着替えるとだけでも言って頂けませんか。私も引くに引けないんです、彼らに対して示しが付きません」
「うーん。自分の中では完璧なコーデなんだけどねぇ」
ふと気付くと、桃眞達はそこに居なかった。
外界へと続く畦道を無言で下ってゆく。
皆あきれ顔だ。
聖羅だけは、体を身悶えさせながら皇と吉樹のやり取りを目で追っていた。
「あぁん……。まるで夫婦喧嘩のようですわ」
森を抜けると、白と黒の二台のワンボックスカーが停車していた。
それぞれの運転席に皇と吉樹が乗り込む。
結局、吉樹は着替えなかったようだ。
皇が「皆さん、お好きな車に乗車してください」と言うと、それぞれが散らばる。
漣樹が皇の車に乗り込んだのを見て、桃眞は吉樹の車に乗り込んだ。それに続いて、櫻子、蓮水。
櫻子に釣られて慎之介が乗り込む。
吉樹の白い車には、桃眞、慎之介、櫻子、蓮水。
皇の黒い車には、漣樹、聖羅。そして佐伯と横谷。
「ルーシーサイモクぅ……」
「ルーシーサイモクぅ……」
「ルーシーサイモクぅ……」
道を曲がる度に吉樹が陽気に謎の言葉を発しながら、車内のあちこちに視線を向ける。
「ルーシーサイモクぅ……」
流石にその言葉について慎之介が訊ねた。
「先生。さっきから何を言ってるんですか? 呪術ですか?」
「ちがうよ……。ルームミラー、指示器、サイドミラー、目視。教習所で習うんだよ、道を曲がるときの大事な言葉。この順番で確認するのさ。それぞれの頭文字を並べてルーシーサイモクなんだ」
櫻子が口を開く。
「でも、それ、毎回口に出すんですか」
「出した方が確実じゃないか。ルーシーサイモクぅ……」
「ルーシーサイモクぅ……」
皇の車の中は静かだった。
窓の外を眺める漣樹。
漣樹は、あえて皇の車に乗り込んだ。
何故、皇は自分を利用したのか? 何故、イヌヒコを殺す必要があったのか? それを探るチャンスを伺っていた。
漣樹は、桃眞を守ると言う事は大して考えていない。ただ、その理由が知りたかったのだ。
何か正当な理由があっての事なのか、別の邪悪な目的があるのか?
今は、まだその断片すら垣間見えない。
吉樹の車では、桃眞と隣に座る櫻子が歌を歌っていた。
「お前ら、遠足じゃないんだぞ」と三列目に座る慎之介が注意する。そして、「なぁ」と横に座る蓮水に訴えると、小さな声で「でも……楽しい」とマスク越しに答える。
まだ、目的地に到着する気配がない為、慎之介はずっと気になっていた事を吉樹に訊ねた。
「先生」
「ルーシーサイモクぅ……はい? 何ですか?」
「前に佐伯さんから聞いたんですけど、昔、浩美さんと先生が怪伐隊だったって本当なんですか?」
「…………本当だよ」
その言葉に桃眞が驚く。
「えッ!? マジでッ。それ初耳」
「どうして二人とも引退したんですか? 村雨さんみたいに、まだ現役の方もいるのに……」と慎之介。
「………………」
返事が返ってこない。
「先生?」と声を掛ける櫻子。
交差点を車が曲がったが無言の吉樹。
そして、ゆっくりと重い口を開いた。
「……"ある事故"があったんだ」
「事故?」と桃眞が繰り返した。
「その事故で、一人の隊員が命を落としてね……。当時、隊長の皇と副隊長の僕は、責任を取って引退したのさ」
「"ある事故"って……一体、どんな事故なんですか?」
「憑浸除霊中の事故さ。君も友達を救うために使ったあの技さ」
その言葉に、桃眞が神妙な面持ちで頷いた。
「確かに、あれ……めちゃめちゃ危険ですよね。あっちの世界で死んだら、こっちの世界でも死ぬんですもんね」
「そうだね」
「どんな事故が起きたんですか?」と慎之介が更に訊ねる。
「デリケートな問題なんだ。あまり深堀しちゃ駄目だよ。こう見えて皇も僕もまだ心に傷が残ってるんだ」
「そっか……。そうですよね。すみません。忘れて下さい……」
慎之介はそう言うと、窓の向こう側に見える国道沿いの建物に視線を向けた。
――「二重憑浸除霊さ」と、吉樹は唐突にその言葉を口にした。
一同の視線が吉樹の後頭部に注がれる。
「これから、またダイブするかも知れないから、先に言っておくよ。ダブルダイブだけは絶対にしちゃ駄目だからね」
慎之介が「名前から察するに、2回ダイブするんですか?」と問う。
「厳密に言うと、ダイブした精神世界で見つけた鬼を捉えて、更にダイブするのさ」
そう言葉にした吉樹は、森で交わした皇との会話の記憶が脳裏に甦った。
――「なら吉樹さん……私を止めますか?」
皇のその言葉を聞いて、吉樹は少し俯いた……。
すると、一歩、また一歩、皇との距離を詰める。
夕日に染まる落ち葉を踏みしめながら、吉樹は何も言わず、終始笑顔を浮かべる皇の前へと進み、歩みを止めた。
「"あの事故"が関係しているのかい?」
その言葉を聞いても尚、無言のまま笑顔を保つ皇。
「さぁ……どうでしょうか」
「嘘が下手だね浩美っち」
「阿形 桃眞君が現れてから、君は変わったよ……。そして、禁書を閲覧してからの君は……もう、僕の知っている君じゃない」
――「復讐に囚われている……」
その吉樹の言葉に、皇の目が鋭くなった。それでも口角は上がっている。
「彼が復讐を達成する"鍵"となる訳ですか……。でも、浩美っち……。彼は……阿形君は、"あの事故"とは関係の無い少年です。そして君を慕っている」
「私も彼を慕っていますよ」
「だったら何故?」
「吉樹さん」と細く弧を描く目を向けた皇。
「なんだい?」
「貴方も既に気付いているはずです。彼が『鬼喰いの一族』である事を」と言うと、「そうだね」と吉樹が答えた。
「遅かれ早かれ、アイツは桃眞さんの存在に気付くでしょう。その時、彼に自分自身を守る力が無ければ……。だから、私が彼をスタートラインに導く必要があったのです」
「もっともらしい事を言っているようだけど。それだけじゃないだろ?」と問う吉樹に対して黙る皇。
そして、吉樹は丸いインテリ眼鏡を指で押し上げると「浩美っち……。僕は君を救ってあげられないのかい? 君の為なら僕はいつでも力になるよ。だから、遠慮なく頼ってくれ。そして、もうこれ以上、阿形君を巻き込むのは辞めにしよう」と真剣な表情で訴えた。
吉樹の悲痛な訴えを聞くも、皇は、それを振り払うかの様に、ゆっくりと陰陽寮へと戻る鳥居に向かって歩き出す。
「ご心配頂き、ありがとうございます。吉樹さん」と言い残し、姿を消した。
夜風が吉樹を包み込む。
誰もいない鳥居をじっと見つめる。
「僕はどうしたら良いんだ」
そこで、現実へと意識が戻った吉樹。
いつしか、ハンドルを握る手に力が籠っていた。
「ルーシーサイモクぅ……」
再びそう言いだすと、吉樹は、皇が運転する車の後方を進んだ。
目的地は、もう、すぐそこだ。
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