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第23話「帰って来た超危険な女の子!? 変態令嬢の氷室 聖羅」その1

 ――「なら吉樹さん……私を止めますか?」


 皇のその言葉を聞いて、吉樹は少し俯いた……。

 すると、一歩、また一歩、皇との距離を詰める。

 夕日に染まる落ち葉を踏みしめながら、吉樹は何も言わず、終始笑顔を浮かべる皇の前へと進み、歩みを止めた。


 ……………………。


「何でしょうか?」と皇が首を傾げる。


「何でしょうかとは随分、冷たい言葉だね」と言いながら、丸いインテリ眼鏡を外すと、地面にぽとりと捨てた吉樹。


 鋭く、淡いグレーの瞳に皇が映る。


 黒い烏帽子も地面に落とすと、吉樹は「少しお仕置きが必要だね」と不敵な笑みを見せ付けた。


「どう言う事でしょう?」


「こう言う事さ」


 吉樹はそう言うと、人差し指で手刀を作り唇に当てる。

 すると、皇の手首を光の輪が手錠の様に締め付け、頭上の木の枝に光が伸びた。

 それはまるで、木から吊るされた光のロープに両腕を持ち上げられ拘束されているようだ。


「何をするのですか吉樹さん」


 慌てる皇の顎を、吉樹は唇から離した二本の指先でクイッと少し持ち上げる。

 その仕草、向けられた妖艶な眼差しに心臓がキュッとして頬を赤らめる皇。

 吉樹は反対の手で皇の烏帽子を取り、落ち葉の上に落とす。


 黒い頭髪を頭の上で丸く結っている紐を解くと、その塊は力を失いハラっと解け、胸元まで垂れ下がった。

 その(つや)のある髪にしなやかな指を通すと、両手で皇の狩衣を脱がせ始める。

 肩口から組紐を一つ一つ、優しく、ゆっくりと解いてゆく。


「誰かに見られるかも知れません」と皇が顔を伏せながら注意するも、その手を止めない。


「ここだと誰にも聞こえないと言ったのは君じゃないか。見られる事もないだろう」


「でもッ……」


 そう言っている間に上半身が露わになる。

 吉樹が、術を唱えると、狩衣が皇の体をすり抜け地面に落ちた。

 そこに残ったのは、しなやかな体だけだ。

 程よく盛り上がった胸筋、決して痩せ細っている訳でもない事を証明するかの如き、丸く膨れた肩の筋肉と上腕二頭筋。


 ――「美しい」


 吉樹はそう言うと、六つに分かれた腹筋の溝を指先でなぞった。




 ――『…………さんッ』




「さぁ、どんなお仕置きをして欲しいんだい」


「どんなって……」と、動揺を隠す事が出来ない皇の紅潮する顔を楽しむ吉樹。


 すると、吉樹は懐から小ぶりの黒い(びん)を取り出すと、(ふた)を捻って開けた。

 どうやら墨汁が入っているようだ。


 その中にヌチャリと音を立てて指を差し込む。


「今から君は僕の呪符になるんだ」


「呪符!?」




 ――『……む……さんッ』




「その体に刻んであげるよ……」と言い、左胸の小さな突起に触れる。


 ビクッとした皇は唇を噛み締め、全身へと伝わる感覚に抗うように目を瞑った。


「二度と僕に逆らえない(まじな)いを浩美にかけてあげるのさ」と言い、その芸術作品のような体に呪術を描き始める。


「んんッ……ど、どんなお呪いを……」


「僕以外を愛せなくなる……恋の呪いさ……」


「も、もう……掛かってる……んんッ……」




 ――『ひ……む……さんッ』



「どうやら、この呪術は即効性があるようだね。どれ、じゃあ確かめてみよう」


 そう言うと、吉樹は皇の首の後ろに手を掛けた。

 そして、皇の瞳を見つめながらゆっくりと……その手を引く。

 皇は、近づく吉樹の瞳に吸い寄せられるかの様に近づくと……混ざり合う吐息を飲み込む様に……唇を重ねた。




――「氷室さんッ!!」


 その言葉で我に返った氷室 聖羅(ひむろ せら)

 女子寮の生徒である。


「あぁッ、あ、はい」と、黒く長い髪をかき上げながら、錯乱気味に返事を返した。


 頬を赤らめ微睡(まどろ)む目の焦点がようやく合うと、漏刻博士の宮田 敏郎(みやた としろう)が眉間に(しわ)を寄せていた。

 今は授業の真っ只中だったようだ。


 氷室は、正気に戻ると「ごきげんよう。ティーチャー」と可憐な笑みを称えた。


「先生と呼びなさい」と宮田は言うと、鼻から大きく息を吐き、教壇へと戻った。



 その事態に多くの好奇(こうき)の視線が向けられる。

 その視線の中には、桃眞と櫻子の視線もあった。


 桃眞は隣に座っている櫻子に小声で訊ねた。


「なぁ、あんな子いたっけ?」


 そう桃眞が訊ねるのも無理もない、氷室のその容姿は余りにも目立つからだ。


 男受け間違いなしの、端正で清楚な顔立ちと綺麗な黒髪が問題ではない。

 その白い狩衣に問題がある。


 上半身の狩衣が、レース生地であり肌まで透けて見えているのだ。

 ブラジャーまで見える状態ではあるが、さすがに白いチューブトップを纏い、櫻子級の大きな胸元は隠せている。

 引き締まったウエストは見えてはいるものの、下品とも言い難い。

 大袖も白いレースではあるが袖口は淡いピンク色だ。


 それが、氷室のファッションセンスなのだろうか。


 故に、なぜ今まで気付かなかったのかと不思議に思った桃眞であったのだ。

 彼女の魅力に惹かれた訳ではなく、完全なる興味本位である。



 櫻子は、宮田に気付かれないように桃眞に説明した。


氷室 聖羅(ひむろ せら)。入学早々ご両親が体調を崩したみたいで、昨日まで休学してたの」


「そうなんだ。てか、大丈夫か? さっき目がイッてたぞ……」


「あぁ、聖羅ねぇ。妄想癖があんのよ」


「妄想って何の……」


「BLよ」


「なにBLって。まさかボーイズラブとか言うヤツか?」


「そそ」


「そ……そうなんだ。てか凄い恰好してるよな。肌がスケスケだぜ」


 すると、櫻子が目を細めた。


「何よ、あんた。あー言うのが趣味なの?」


「ちげーよ。恥ずかしくないのかな? それに先生達も注意しないの?」


「聖羅はあーいうのが好きなんだって。それに、寮の規則って、まだ女子受け入れに追いついてないのよ。規則上はあれでもオッケーな訳。まぁいつかは規制がかかるかもしれないわね」



 漏刻の授業が終わり、生徒達が教室を出る中、縁側から見える中庭に涼し気な視線を送る聖羅。

 そこに近づく、櫻子と桃眞。


「やっほ聖羅」と櫻子が声を掛けると「あら、櫻子様。ご機嫌如何かしら」と気品のある返事をした。


 櫻子は、聖羅が座る座卓の上のノートを目にし、「あんなに妄想して今度はどんなストーリー?」と訊ねる。


「なかなか(たぎ)りましたわ。滾り過ぎてアソコが(うず)いてしまいましたわよ」と正座をする脚をモジモジとしながら答える。


(なんだコイツは……大丈夫かよ)と、心の中で心配する桃眞を他所に、差し出されたノートを手に取った櫻子がページを捲る。


 一緒に覗き込む桃眞。



 ――漫画だった。


 そこに描かれている二人の男。

 木に拘束されている男の体に、もう一人の男が呪術を刻印し、キスをしている。


 櫻子が質問を始めた。


「この吊るされている人って誰?」


「それは、皇様でございます」


「じゃあ、こっちの呪術を描いてる人は?」


「そちらは吉樹様でございます」


 皇と吉樹のボーイズラブ……。

 想像した桃眞が嗚咽しそうになり、口に手を当てた。


「うぅ……ッ」


 ――ドン引きであった。


 そんな桃眞の気持ちを察する事も無く、頬を赤らめた聖羅が熱く語り出した。


「あの鋼鉄の笑顔の裏にはどんなエロティシズムを秘めていらっしゃるのかしら皇様。吉樹様も普段はひょうひょうとされておられますが、きっとあの眼鏡の下では、皇様の事を……あぁん! 滾りますわぁ!!」


 そう言いながら、快感に身悶え自らのバストを揉みしだく聖羅。

 その光景に桃眞は櫻子のピンク色の袖をクイクイッと引っ張った。


「櫻子……コイツ……ヤバイって。キャラの振り幅がハンパねぇ……大丈夫かよ」



 櫻子はノートを閉じるとペンネームを読み上げた。


濡神(ぬれがみ)って読むの?」


「左様でございます」



 聖羅は、そう答えると櫻子の後ろで身震いをする桃眞に目をやった。


「あら、そちらの殿方(とのがた)……お初にお目にかかりますわね」


 言葉が出てこない桃眞の腕を肘で小突いた櫻子。


「桃眞、挨拶」


「あ、え。阿形 桃眞っす。よ……よろしく」


 怯える桃眞に対し、無垢(むく)な程に屈託のない笑顔を向けた聖羅が「氷室 聖羅です。お見知り置きを」と答える。


「お、お見知りました……」



 すると、聖羅がシャーペンを手に持ち、桃眞に向けながら片目を閉じる。

 何かを吟味しているのだろうか。


「貴方……なかなか絵になりそうなお顔をしてますわね。良いアクターになりそうだ事。リストに追加しなくちゃ」と聖羅が笑顔でノートを開いた。


 桃眞は嫌な予感がしたが、恐る恐る訊ねた。


「あ、アクターって……」


「決まってるではございませんか」と聖羅はニッコリとしてから口を開いた。





 放課後……。


 胃の上をずっと抑えながら回廊を歩く桃眞と櫻子。


「あんた、まだ気にしてんの?」


「だって……どうしよ。俺もあの二人の世界に参加させられたら……何をさせられるんだろ」と身震いをする。


「別に良いじゃん。漫画なんだし。妄想なんだし。現実じゃないんだから」


「他人事だな……。お前だってその内に、成春におんなじ事されるぞ」


「それは辞めてッ!!」と眉間に皺を寄せた櫻子に、「ほら見ろ。気持ちがわかるだろ」と言う桃眞。


「それとこれとは別。アイツは危害を加えかねないの」



 そう言いながら、玄関までやって来た二人。


 代表選手を待っていた皇と吉樹が目に入った途端、桃眞は「ちょっとトイレ……」と言い、去って行った。

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