第22話「危険な2年生バトル。慎之介と漣樹の運命は?」その2
またも振り返る相楽の目の前には、大蛇の大きく黄色い双眼。
その眼を前に、身動きが取れない。
蛇に睨まれた蛙とでも言えようか。
次の瞬間、蛇の大きな口に丸呑みにされた相楽。
相楽の悲鳴が大蛇の腹の中を下ってゆく。
そして、尻尾から飛び出し、地上に叩きつけられた相楽は場外に瞬間移動した。
大蛇の上に着地した慎之介。
思ったよりも弾力性が有り、足の痛みも感じなかった。
漣樹は、場外で「クソッ」と、烏帽子を地面に叩きつけ悔しがる相楽に向かって、「どうだ式神のケツから出た感想は?」と下卑た笑い声を上げた。
皇のホイッスルが鳴り響き、審判の吉樹が満面の笑みで二人の勝利を湛えた。
「中々見応えのある試合だったね。二年生の代表者は、寺沢君と、猿田君にけってーい」
地上に戻った漣樹と慎之介。
慎之介は空かさず漣樹に訊ねた。
「どうして俺を助けたんだ」
「勘違いするな。お前を助けた訳じゃない。利用させて貰ったまでだ」
「だろうな」と鼻で笑った慎之介。
漣樹は舌打ちすると、「お前の様な低レベルなヤツが禹歩を使うとはな。少しは認めてやるよ」と言った。
「何だ。褒めてくれんのか? お前らしくもないな」
「黙れ。それにお前の頭脳は役に立つ。恐らく本戦はただの呪術バトルだけじゃない。状況判断と的確な戦略を生み出す頭脳も要求されるだろう」
「確かにな」
「それに、アイツ等みたいな扱いにくい連中……お前がいないと纏まらん」
そう言い、近づいていくる桃眞と櫻子を見つめる漣樹。
「要約すると、やっぱり俺を助けてくれたんだろ。もっと素直になれよ」
「黙れッ」と一喝した漣樹。
そして、急に神妙な表情に変わった漣樹が、慎之介の耳元に近づく。
「なんだよ」と訊ねると「皇さんには気を付けろ」と耳打ちした。
眉を潜め訝しげに、「浩美さんが? どう言う事だ」と聞き返した慎之介。
「俺はハメられた。イヌヒコを殺したのは……あの人だ……」
「何だとッ!?」と驚く。
「平静を装え」と注意した漣樹は、皇に悟られぬ様、小声で続けた。
「皇さんからイヌヒコに与えてくれと言う指示書と共に、グリルチキンがタンスの上に置かれていた。俺を襲う者を殺傷する呪いを掛けてな。理由や目的は分からんが、皇さんには何かある。そして阿形 桃眞がその鍵を握っていると言う事だ」
「アイツが……」
漣樹の言葉を聞き、慎之介は脳内であらゆる情報を整理した。
――(鬼喰いの力?)
漣樹の言っている事が本当なのかどうかは分からないが、皇の桃眞への執拗な援助や関わりを考えると、無くもない話しにも聞こえる。
「決定的なのは、アイツの急激な成長だ。普通じゃない。皇さんがどんな手を使ったのか知らないが……注意しておけ」
そう言うと、漣樹は皇の視線を感じ取り、その場を後にした。
皇が指先で手刀を作り唇に当てる。
そして術を唱えると、クレーターとなっていたグラウンドの地面が元に戻った。
「じゃあ、次は三年生の予選を行うよ」と言うと、三年生達がグラウンドのサークルの中に集合した。
総勢36名が集結した。
吉樹が次の予選内容を伝える。
「三年生には、これから特殊な空間に行ってにもらうよ。先に帰ってきた二名が本戦出場となるので頑張ってね」
そう言って、吉樹が両手の指を絡め印を結び、術を唱えるとグラウンドの土が舞い上がり、生徒達が消えた。
「消えたね」と桃眞。
「消えたね」と櫻子。
「どんな空間なんだ。俺らの予選内容でもカナリ過酷だったのに……」と慎之介。
暫く静寂が続いた。
不意に慎之介が桃眞に訊ねる。
「お前さ。皇さんとどんな特訓したんだ」
「どんなって……。なんかメッチャ体が重くなってさ。呪力? 法力? を高めないと動けないとかでさ。その負荷を上げていったり、あとは皇さんの気が混ざった野球ボールを目隠しして避けるとか……そんなモンだよ」
その言葉に櫻子が笑う。
「アンタ、ボールに当たりまくって全身ボコボコだったもんね。矢まで刺さるし」
「矢は笑い事じゃねぇ」と口を尖らせる桃眞。
「それだけか?」と訊ねる慎之介に「うん、それだけ」と答える。
(矢は別として、それほど特殊な訓練でもないじゃないか……。基礎力を鍛える平凡なトレーニングだ。それにそんなに急激に効果が出るモンでもない)と慎之介は心の中で呟いた。
あながち漣樹が懸念していた事は、冷やかしでは無いのかも知れないと、疑惑がふつふつと膨らみ始める。
まだ、確証も何もないので決め付ける訳にはいかないが、皇の動向を気にする方が良いのかも知れないと慎之介は思った。
更に10分程が経った。
すると遂に、三年生の予選突破者が現れた。
グラウンドの中に現れたのは……3人には見覚えがある。
「佐伯さん……だ」と櫻子。
佐伯 康真。
怪伐隊のメンバーで、桃眞の友達の真理に取り憑かれた母親を救う際に、協力してくれた。
三年生の中では、まだ親しみもあり頼れる存在だ。
「佐伯さんて三年生だったんですか」と慎之介が問う。
3人に気付いた佐伯は「あぁ、お前達か。まぁな。一応学生、兼、怪伐隊だ」と答える。
佐伯は、3人の姿をまじまじと眺めながら「お前達が予選突破するとはな。この間よりもカナリ腕を上げているじゃないか」と笑みを見せる。
そう言っていると、最後の予選突破者がグラウンドに現れた。
その人物にも見覚えがある。
名前を呼んだのは慎之介だ。
「横谷さん」
横谷 俊。
式神ファイト倶楽部で慎之介との式神バトルに勝った寮生である。
横谷は、佐伯の下へと近づくと「どうやら三年の代表はお前と俺か。てか、あんなモンスターを最後の部屋に配置するなよな」と言った。
「確かに」と佐伯が答える。
皇がホイッスルを鳴らすと、グラウンドのサークル内に、残りの寮生達が現れた。
中には、直前まで『モンスター』と応戦していたのか?
怯える者や、呪符を構える者などが瞬く間に目の前の光景が変わり、きょとんとしている。
その中には、怪伐隊の飛葉と山那の姿もあった。
二人共、汗だくになりながらも呪符を構えていたが、予選落ちだと知ると肩を落とし佐伯の下へと歩み寄る。
「すまん。怪伐隊ともあろう者が情けないよなぁ」と飛葉が伏し目がちに呟く。
山那も肩を落とし「ま、まぁ佐伯だけでも本戦に出場できて良かった。全員が予選落ちしてたら村雨さんにどんな事言われるか……」とため息を付く。
吉樹の声がグラウンドに響き渡った。
「これで予選試合は終了だよ。出場者は……」
「一年生。阿形 桃眞! 雉宮 櫻子!」
「二年生。猿田 慎之介! 寺沢 漣樹!」
「三年生。佐伯 康真! 横谷 俊!」
「彼らが、来る千年祭……四神大祭本戦の代表選手です。皆大きな拍手をッ」
その声に応えるかのように大きな拍手と声援が彼らを包み込んだ。
斜に構え「ふんッ」と鼻を鳴らした漣樹を他所に、照れる桃眞と櫻子。
恥ずかしそうに、眼鏡を指で押し上げながら、何処か心配そうな眼差しを櫻子に向ける慎之介。
声援に応え、手を振る佐伯と横谷。
ここぞとばかりに吉樹は歓喜のステップを刻んでいた。
生徒達を掻き分け現れた成春が涙ながらに訴えた。
「僕の櫻子たんッ……ずっと応援してるナリよ。櫻子たんが傷ついたら小生……ッ……小生ッ!! 一生懸命介抱するなりぃッ」
「せんでエエわいッ!!」と櫻子が叱咤した。
終始にこやかな笑顔を送る皇が口を開いた。
「本戦は二週間後です。それまで代表メンバーには私と吉樹先生から特別訓練を受けて頂きます。明日の最終授業が終わり次第玄関に集合です」
吉樹は「ではまた」と言うと、皇と共にグラウンドを後にした。
おネェの吉崎は、桃眞に熱い視線を送りながらその場を去った。
陰陽寮へと戻る皇と吉樹。
吉樹がふいに「浩美っち。ちょっと良いかい?」と訊ねる。
「はい。構いませんよ」
そう言うと、吉樹と皇は外界へ通じる畦道を下った。
何十にも連なる朱色の鳥居を潜る。
その間、二人は無言だ。
最後の鳥居を潜り、外界へと通じる森にやってきた。
すると皇が口を開く。
「この辺りで良いのでは。流石に誰も聞いていないでしょう」
「そうだね」
そう言うと、二人が向き合い沈黙が流れた。
夕焼けに染まる森の中、突き抜ける風が二人の黒い狩衣をなびかせる。
先に口を開いたのは皇だった。
「阿形 桃眞さんの事でしょ」と笑顔で言った。
「そうだよ」と吉樹も柔和な表情で答えた。
もはや二人の中では言葉すら要らない会話が成立しているのかも知れない。
だが、それを確認するかの様に、言葉を発する。
「ずっと気になっている事があるんだ」と吉樹。
「何ですか?」
「図書寮でね。新作の漫画を読みたくてさ。でも既に誰かが借りてたんだ」
「はい」
「その人に読み終えたら貸して貰おうと思った訳で、閲覧履歴のノートを瞬読したんだけど。その時に気になる事が書いてあってね」
皇は黙ったまま、吉樹の次の言葉に耳を傾ける。
「『鬼喰いの力・一族』についての書物が借りられた履歴があったんだよ。あんなモノ好んで借りる学生なんて居ないだろ? 借りたのは猿田 慎之介……」
「随分と勉強熱心な生徒ですね」
「それともう一人……」
笑顔のままの皇。
夕日でオレンジ色の光に染まる吉樹の眼鏡。
「アナタです……浩美っち。正確には、アナタが借りたのは、禁書の方です。学生では借りられない書物」
今度はサラサラと柔らかい風が辺りを包み込んだ。
「学生が読める『鬼喰いの力』の情報は断片でしかありませんが。アナタが借りた禁書にはもっと具体的な事が書かれている」
吉樹は眼鏡を指で押し上げながら「一族の力の使い方や、その力の増幅の方法……例えば……鬼の血を飲み、耐性と力を上げる方法とか……」
確信を口にした吉樹の顔からは笑顔が消えている。
だが、それに対して終始、皇の表情は変わる事が無い。
「どれだけの血を彼に飲ませたんだい? 流石にそこそこ力のある学生でも気付く。吉崎先生ですら既に怪しんでいるよ。彼の成長速度は早すぎるんだ。浩美ッち……少しやり過ぎだよ」
暫く沈黙を続けていた皇が、ゆっくりと重い口を開いた。
――「なら吉樹さん……私を止めますか?」




