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第20話「告げられた四大陰陽寮とのバトルロワイアル。代表選手の切符は誰の手に?」その1

 グラウンドに木霊(こだま)する乾いた衝突音。

 バシバシと連続してグローブに野球ボールがめり込む。


 いつしか皇が作り出す泥人形は十二体に増え、その中央で黒いアイマスクをした桃眞が三つの野球ボールを避け続けていた。

 黒いジャージを纏う体を反転させ、首を傾け飛び退ける。

 そして、何よりも桃眞の表情からは余裕さえ伺える。


 今の桃眞には、完全に相手の気……すなわち『呪力』や『法力』の類を察知する能力が身に付いていた。

 日を追う毎に、留まる事を知らない成長速度には、目を見張るモノがある。


 その光景に上機嫌な皇は、遂に(かたわ)らに置いていた弓を構えた。

 何も告げる事もせず、矢を(げん)に引っ掛け肘を後ろに引く。

 ギリギリと弦が(きし)む。


 そして解き放たれた矢が最短の軌道を描き桃眞の額へと突き進んだ。


 桃眞は胸に飛んでくるボールを右手で掴むと、向かってくる矢に突き刺し受けた。

 続けて、桃眞を捉えて空を裂くボールをハイキックで跳ね返し、掴んでは後方の泥人形に投げ飛ばし粉砕させた。

 法力が上昇すると力が増すのは勿論、痛みも感じ(にく)くなる事を、桃眞は修行の過程で学んだのだ。


 弓を地面に置いた皇は拍手を桃眞に送った。


「桃眞さん。お見事です。よくここまで成長しましたね」


 桃眞は、自慢気に鼻先を指の甲でクイッとしながら、「避けるまでもないっすよ」と言い放つ。


「流石です」




 青空に浮かぶ入道雲を眺めながら、桃眞はベンチに座り皇から特性ドリンク入りの水筒を受け取った。

 コップを捻り、水筒のタブを押し広げるとそのまま口を付けてがぶ飲みする。

 ゴクゴクと喉を鳴らしながら無我夢中で体内に流し込む。


「ぷはぁッ」と息を吐くと、空になった水筒を覗き込んだ。


「あれ、もう無いの」


 物足りない様子の桃眞に、「あまり飲みすぎは体に毒ですよ」と優しく諭す皇。

 その毒を与えているのは他でも無く皇ではあるが……。

 だが、この急激な成長は、鬼喰いの一族の特性を利用したモノでもある。


 恐らく特性ドリンクが無い状態での修行であれば、まだ五体封印の術レベル2(ツー)すら突破できていないだろうと、皇は確信している。

 それ程に、体内に入った鬼の血の浄化がもたらす効果が大きいと言う事だった。

 勿論、桃眞自身の運動神経や法力との相性――すなわち『センス』が良いと言う『良い意味での裏切り』も大きい。



 桃眞は、名残惜(なごりお)しそうに水筒を皇に返すと、皇は「これで朝練は終了です」告げた。


「え、そうなんですか」


「今の貴方の力は、寺沢さんと同等。もしくは少し上かも知れません。これ以上の修行は不公平です。必要性があれば別ですが、あとは己自身で法力を磨き、勉学に励み術を会得しなさい」



 そこで、桃眞はずっと気になっていた事を皇に訊ねた。


「そう言えば、漣樹って今何してるんですか。姿を見ないような」


「本来なら退学処分になってもおかしく無かったのですが。2週間の停学処分を受け、確か今日には帰ってくるかと」


「そうっすか……」


「どうかしましたか?」と皇が訝しげに訊ねる。


「いや、アイツだけ処分を受けて、俺は何にも無いってのが納得できなくて。イヌヒコを殺されたのは確かに許せないですけど、俺も手を出した訳で……。でも……」と言葉が途切れた桃眞。


「何か気になる事でも?」


「アイツ。死んだイヌヒコの前で俺に会った時……アイツもビックリした顔をしてたんです。本当はイヌヒコを殺すつもりは無かったんじゃないかって……。なんかそんな気がしてて」


 俯き、神妙な表情を浮かべる桃眞の肩をそっと掴んだ皇。


「もう過ぎた事です」


「ですよね……」


 桃眞は皇に礼を言うと、朝食の前に汗を流す為、大浴場へと向かった。



 桃眞の背中を見送る皇が独り言を口ずさむ。


「ようやくここまで来ましたね。犬神の件は誤算でしたが(おおむ)ね計画通りです」


 そう言うと、皇は太陽の光を手で覆いながら続けた。


「今年は千年祭(せんねんさい)ですか。腕試しには持って来いですね」


 皇は道具一式を袋に纏めると、グラウンドを後にした。





 女子寮では、色鮮やかな狩衣に着替える生徒達が、談笑を交えながらせっせと準備をしている。


「ちょっとぉ。櫻子のおっぱい、また大きくなってるんじゃない?」


「なってないわよ」


「じゃぁちょっと触らせてよ」


「やーよッ」


 そんなたわいもない会話や、コスメの話題、アイドルグループの話題など、外界の学校に通う生徒達と変わらない光景が広がっている。


 畳の上に敷いていた布団を折り畳み、押入れに収納した蓮水は、洗面所へと向かった。


 洗面所は、今年の女子寮化に向けてリノベーションされており、(ひのき)をふんだんに使用し、和風ながらもどこか洋風な香りがするシックな内装になっている。

 図書寮と同じ、和モダンと言うタイプだろう。


 蓮水はいつも決まって誰よりも遅く洗面所に向かい、あまり生徒が居ない状況の中、一番壁際の洗面台を使用するのが日課になっている。

 流石に顔を洗って歯磨きをする際はマスクを取らないといけない。

 なので、極力誰にも見られない状況下で支度をするのだ。


 何故、そこまでに蓮水は素顔を見られる事を徹底的に嫌うのだろうか……。


 蓮水は洗面台へと向かうと鏡に映る自分の姿をじっと見た。

 そして、そっとマスクに手を掛け、いつもそこでふと表情が暗くなる。


 桃眞への好意が強くなると同時に、蓮水の中では別の感情……いや、記憶が押し寄せていたのだ。


 ――『お前ってさ。マスクをしてると可愛いのに、外すと普通だよな。ずっとマスクしてた方がモテるんじゃねぇ?』


 初恋の男子生徒に言われた言葉……。

 この言葉が蓮水の中で大きなトラウマとなっていた。

 マスクを外し、素顔を見せる事で相手にマイナスの心象を与えてしまう。

 だったら、二度と素顔は(さら)さない。


 それでも彼の事が好きだった。

 蓮水は言われた通り、マスクをするようになり、ある日、意を決して彼に告白をしたのだ。

 一世一代の大勝負である……。


 ――『ごめん。お前さ。ずっとマスクしてるじゃん。キモくね?」


 当の本人は、蓮水にマスクを付ける事をアドバイスした事すら覚えていなかった。


 無垢(むく)な心を傷付けられ、トラウマを植えつけられ……蓮水の中で閉ざした心の強固な鍵となってしまったマスク。

 だが、今、桃眞を思う気持ちの中でその鍵がぐらぐらと揺らいでいる事に気付く。

 素顔を見せる事に恐怖心を抱き、また今の姿を見せている事自体にも迷いが生まれる。


 そんな複雑な心境に苦しむ蓮水は、溜息の数が日を追う毎に増えていった。


「はぁ……」


 蓮水は、不織布マスクを外すと冷たい水で顔を洗った。




 今日は、朝食の後に中庭にて全体朝礼が行われると聞き、桃眞を含め全学年の寮生一同が集まった。

 女子生徒を含め百五十名程の寮生が一堂に会する。


 各学年の寮毎に隊列を作る。

 黒い烏帽子と黒い狩衣姿が規則正しく並ぶその光景は壮観だ。

 桃眞は横を向くと、隣の隊列から櫻子が手を小さく振っている事に気付き、自分も手を振り返した。


 遠くの隊列に、慎之介と成春。そして寺沢の姿も見えた。



 中庭を見下ろす形で、回廊に姿を現す各専門職の博士達。

 そこには、世話役の皇や、陰陽博士の吉樹の姿もあった。

 勿論全員が正装である黒い狩衣を纏う。


 生徒達はこれから何があるのかと、ざわめき陰陽頭(おんみょうのかみ)である陣内の登場を待っていた。


 暫くすると、回廊の奥から陣内が現れ、廊下の中央に立ち寮生達を見下ろす。

 一同が頭を深々と下げる。

 桃眞も周りの生徒に合わせて頭を下げた。


(おもて)を上げなさい」と陣内が言うと、一同が顔を上げる。



「今日は、皆さんに伝えたい事が2つ有ります。まず1つ目は……」


 ――「今年度の『陰陽師選抜選考会』は中止とする」


 その言葉に生徒達から(どよ)めきが起きた。


「マジかよッ!?」「今年こそはと思ってたのに……」「じゃあ、俺達どうすりゃ良いんだ」


 口々に不満を漏らす寮生に向かって、陰陽助(おんみょうのすけ)の霞が「静まれッ!!」と大声で注意した。




 間を開けて陣内が口を開く。


「皆がそう思うのも無理はない。そこで2つ目の伝えたい事がある」


 その次の言葉に真剣な眼差しを向ける一同……。


「今年は一体どういう年であるか……。分かっている者もおれば分かっておらん者もおるだろう」と言いながら、寮生全体に視線を巡らせる。


「時は平安時代。都を守護する四神である『青龍』『白虎』『朱雀』『玄武』へ神力(じんりょく)を注ぎ向こう千年間の安寧(あんねい)を祈願し、そしてその力を享受(きょうじゅ)する祭礼が執り行われた。その名を『四神大祭(しじんたいさい)』と呼んでおる」


 そして陣内が続ける。


「後に、本来の陰陽寮が解体され、4つに分かれたのは皆も承知の事だと思うが……」


 その言葉に「えっ、そうなの」と桃眞一人が呟いた。


「それぞれの陰陽寮が四神の力を分担し、守護し、その力を享受し現在に至る。そして本年が千年ぶりの千年祭……つまり『四神大祭』となる訳です」


「つまり?」と桃眞が呟く。


「先日、各陰陽寮の(かみ)と話しをした結果。今年は4つの陰陽寮が集結し『四神大祭』を執り行う事となった。そして、その目玉として、各陰陽寮からの寮生のみで構成された代表チームで、交流試合を行う運びとなったのだ」


 その言葉を聞き、寮生達から歓喜の雄叫びがあがった。


「マジかッ!!」「俺出場したい」「これで優勝する方が成績跳ね上がるよな」


 今度は、陰陽助の朧が一喝した。


「静まれッ!!」



「四神に神力を送るには、気を送る必要がある。今年は交流試合の中で生じる法力と法力の衝突によって発生する気を送る事となる。そして、その規模が大きくなればなるほど発生する気の量も増える。すなわち、勝ち抜き戦では無く、4つのチームが同時に相見(あいまみ)えるのじゃ」


「バトルロワイヤルか」と桃眞は理解した。


「さて、代表選手枠だが。各学年から2名ずつ。計6名を1チームとする。各学年の生徒達にも均等にチャンスを与える為にだ」


 その言葉に、1年生と2年生から歓声が湧いた。

 勿論、3年生の隊列からは無かった。


「予選は、明日の午後13時より、陰陽寮外周のグラウンドにて行う。出場を希望する者は奮って参加されたし」


「以上だ」


 そう言うと、陣内は回廊の奥へと帰って行った。



 ざわめく寮生達。

 拳を握り締め奮起する者が多数いる。

 桃眞もその内の一人だ。


「今の俺がどれだけ通用するのか。ウズウズしてくるぜ」



 ただ、その中で慎之介だけは浮かない顔をしていた。


「馬鹿馬鹿しい。リスクが無いとでも思っているのか」


 そう言いながらも女子生徒の隊列を見つめる。

 拳を突き出し奮起している櫻子の姿を視界に捉え、嫌な予感が慎之介を襲った。

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