第19話「皇のトレーニング開始!! 高まれ桃眞の法力よッ!!」その2
顔の腫れが半分ほど引いた桃眞は、ベッドからゆっくりと立ち上がった。
霧島 流海の心霊治療は、数回に分けて行われる。
組織の修復にはその本人の霊力を糧にする為、一度に大幅な心霊治療を施すと、その分体への負担が大きくなるからだ。
「また明日いらっしゃい。今日はもう遅いし帰るわね。5分したら戻って着替えるから、それまでには出て行ってちょうだい」と保健室の扉を開き、トイレに向かう霧島に「了解っす」と桃眞は返事をした。
ふと、桃眞が足元に目をやると女子高生のフィギュアが、スマートフォンを背負い歩いている。
「これって……確かあのオタクの……成春……」
訝し気に首を傾げながら、フィギュアが向かう先のカーテンで仕切られた個室に目をやる。
個室の中から、フィギュアに式神を宿し、大胆な盗撮を行っていたのか?
ターゲットは保健室のエロテロリストである霧島で間違い無いだろう。
そう思った桃眞は、フィギュアが中に入ったのを確認した所で、一気に掴んだカーテンを広げた。
そこに居たのは、着替え中の女子だった。
光沢のある黒いショートヘアー。
不織布マスクを付けている。
秋瀬 蓮水だ。
下半身は既に朱色の袴を履いているが、上半身は白いブラが露わになっており、今まさに狩衣を着ようとしていた所だった。
急な出来事に蓮水が硬直する。
桃眞は目の前にいたのが女子だと気づくも、それよりも今逃げ出そうとするフィギュアを掴み上げた。
「あの野郎、またこんな事してんのかよ。次会ったらビシッと注意しないとな」と言い、目の前の蓮水に対して、女子高生のフィギュアを印籠を持つ水戸黄門のように突き出した。
「良かったな、もうちょっとで成春に盗撮される所だったな……あッ……」
やっと事態を飲み込んだ桃眞。
一瞬にして顔が赤くなる。
そして蓮水からすると、着替え中にいきなりカーテンを開けられて、手にした女子高生のフィギュアを自慢気に突き出されている。
――決定的な『変態』である。
「あ、いや、これは、ちがッ」と慌てて全ての出来事を否定に入る。
蓮水は、呆然としながらも狩衣を纏うと、何も告げる事なく保健室を後にした。
「あれ……」
普通なら悲鳴を上げたり、反撃されるなどと思っていただけに、身構えるも肩透かしを食らった桃眞。
「た、助かった……のか?」と、複雑な心境を抱きながら桃眞も保健室を後にした。
女子寮へと戻ってきた蓮水。
夕食に向かうために私服に着替えていた櫻子が、蓮水の様子がいつもと違う事に気付き声を掛けた。
「蓮水。どうしたの?」
蓮水はただ呆然と畳の上を歩くと、ついにはペタンと座り込んだ。
そして、みるみる顔が赤く染まる。
ついには、畳の上に突っ伏した。
「えっ、えッ!? どうしたのよ」と櫻子が近寄り顔を覗き込む。
その様子に、周りにいた女子達も集まる。
「何!? どうしたの」「蓮水大丈夫?」
蓮水は畳に顔をくっつけたまま小声で「大丈夫……」とだけ答えた。
深夜の女子寮……。
すやすやと眠る女子達の中、蓮水は一睡もできないまま天井に漂う灯り玉を眺めていた。
灯り玉は、女子生徒が図書寮からこっそりと盗んできたらしい。
蓮水は、陰陽寮に入学する前、地元で有名な、霊視ができる占い師に会っていた。
クラスの友達と二人でその洒落た洋風の一軒家に向かったのだ。
失恋をして落ち込む蓮水を気遣った友達の考えである。
優しい笑顔の三十代の女性は、宝飾品を着飾る訳でもなく至って普通の姿だった。
アンティークのティーカップに紅茶を入れガラスのテーブルに置いた。
そして占い師は、蓮水を見るなり大きな法力を持っている事を見抜いたのだ。
今まで、数人の占い師と出会っては来たが、いきなり法力の存在を見抜いたのは、その占い師が初めてだった。
そして、話題は『蓮水の恋愛』に及ぶ。
「もう、私は恋なんてできません……。したくありません」と涙を浮かべ俯く蓮水の手を、占い師はそっと優しく撫でる。
「できるわよ。きっとできる」
そう言うと、占い師は目を瞑り意識の集中を始めた。
暫くして、ゆっくりと目を開ける。
「言ってもいい?」と言い、軽く笑う。
訝しげに眉をひそめた蓮水は「ど、どうぞ」と恐る恐る答える。
「もし、次に貴方の素肌……そうねぇ、下着姿を見た男性が、貴方の運命の相手になるかも知れないわね」
その結果を聞いて友達が笑う。
「そんなの、もう付き合った後じゃん」
「そうとも限らないわよ」と占い師はニコリと笑った。
あの時の蓮水には、占い師に見えていたビジョンがまるで想像付かなった。
だが、その時は以外と早く訪れたのだ。
早朝、パジャマから着替えている最中の女子寮の扉を開けた男子がいた。
――「あ、いや、ちが、これは、ドロッ……ヴォエッ」
黒いジャージ姿の男子。
下着姿の櫻子が、その男子の襟を掴み、ドローンを追いかけ部屋を飛び出す。
下着姿の自分を見つめ、引き摺られる男子と目が合った蓮水は、その時に、占い師の言葉を思い出したのだ。
彼が……阿形 桃眞が……。
――運命の相手であると。
そして、保健室でまた下着姿を見られてしまった。
もう、蓮水の中では間違い無いのだと、確信した瞬間でもあった。
「はぁ……。運命の人か……」
そう呟きながら、一睡もする事なく朝を迎えた。
「えぇぇぇぇっ!? 一睡もしてないのッ!!」と櫻子の大声が響いた。
コクリと頷く蓮水に、「やっぱり何かあったの?」とピンクのスウェットを来た櫻子が訊ねる。
蓮水は櫻子に、昨日の保健室での出来事を話した。
朝練中の桃眞の下へ、怒りに顔を歪めるスウェット姿の櫻子が現れた。
右手に紺色のワンピースを纏う蓮水の手首を掴みながら。
着替える暇も与えず、「ちょ、ちょっと……」と言う蓮水の手首を掴み、憤慨した櫻子が激走したのだ。
「ちょっとアンタッ!!」と、皇が居る事をお構いなしに怒声を上げる。
黒いアイマスクで目を隠し、四方を泥人形に囲まれた桃眞が「え、誰」と声を上げる。
「マスクを外しなさい」と叫ぶ声に、桃眞が「あ、櫻子か」と笑顔で答える。
「だからマスクを外せって」
「嫌だよ」
「どうしてッ」
「だってカッコイイだろ。『僕最強だから』って言いたいじゃん」
次の瞬間、櫻子の拳が桃眞の頭にめり込んだ。
驚く蓮水。
「やめんかいッ!! そのセリフは色々ややこしくなるじゃろがいッ!!」
頭をさすり藻掻く桃眞。
「痛ててててッ。ややこしいって何がだよ。ちょっとくらい良いじゃんか。呪術廻せッ……ヴォアシッ!!」
櫻子が地面で項垂れる桃眞の顔面に蹴りを入れた。
「だから言うなと言うとろうがッ」
両手でマスクを抑えて驚く蓮水。
皇は冷静に、「あらら。雉宮さんに練習相手になって頂いた方が捗るかも知れませんね」と呟いた。
一同がベンチに座っていた。
桃眞から成春のフィギュアの件を聞かされ、取り敢えず怒りが収まった櫻子。
「まぁ、取り敢えず。信じてあげるわよ」
鼻にティッシュを詰めた桃眞が「俺は覗きなんて卑怯な事はしねぇの」と不機嫌そうに答えた。
「阿形君……私のせいでごめんなさい」と小声で謝る蓮水。
櫻子もそれに続き「ご、ごめんなさい」と桃眞に謝った。
「別に良いよ。変な疑いが掛かったままの方が嫌だしな」
そう言うと、桃眞はグラウンドの中央に立った。
皇が指を唇に当て術を唱えると再び泥人形が現れ、桃眞を囲んだ。
アイマスクを付ける。
「さぁ、桃眞さん。今度こそ気の動きを捉えて下さいね」
「がんばります」と答える桃眞を見つめる櫻子と蓮水。
まさか、桃眞に思いを寄せている人物が、二人もいるとはそれぞれも思ってもみないだろう。
更には、桃眞に至っては、そんな事があるはずも無いと思っているに違いない。
今は、一刻も早く皇の修行をモノにする事だけに集中していた。
――強くなること。
その決意は陰陽寮に来る前から一ミリもブレてはいない。
これから出会うであろう大切な人や、イヌヒコを守りたい。
そして、桃眞から大切な者達を奪った異形の存在……黒い鬼を必ずこの手で倒す。
その思いでここまで来たのだ。
あともう少しで、そのスタートラインに立てる。
そんな期待を胸に抱き、今、桃眞はグラウンドに立つ。
皇の法力が篭った野球ボールを泥人形が振りかぶった。
(音は気にするな……意識を集中するッ)と、心の中で自分に言い聞かせる桃眞。
暗闇の中、一瞬だが視線の先に波動の様なモノが見えた気がした。
今度は、その波動がよりクッキリと輪郭を表しボールの形に見える。
桃眞はその波動を、体をクルっと反転させてギリギリで避けた。
すると、後方の泥人形のグローブから衝突音が鳴り響いた。
アイマスクを外し、後方を確認するとボールがグローブにめり込んでいる。
「よっしゃッ!!」とガッツポーズで喜ぶ桃眞に、拍手で声援を送る櫻子と蓮水。
「桃眞ぁ、ナイス」
皇も相変わらずの笑顔を湛えている。
(雉宮さんに殴られた事で余計な雑念が消えたようですね)
クスリと笑った皇は「桃眞さん。まだ一球を交わしただけです。感覚を覚えている間に続けますよ」と声を掛けた。
一度感覚を掴んだ桃眞は、それからもボールを避け続ける。
キッカケさえ掴む事が出来れば、その後の成長スピードは皇でさえ高く評価を下し始める。
勿論、あの特性栄養ドリンクの効果も大きく関係はしているだろうが……。
「では桃眞さん。最後の試験と参りましょうか」と皇が声を掛けた。
「オッケーっす」
アイマスクを外し、そう答える桃眞の前に、皇は大きなカバンから弓と矢を取り出した。
「え、もしかしてソレを避けろって事ですか……」と桃眞が不安げに訊ねる。
「はい」
皇はにこやかに答えた。
「いやいやいやいや。当たったら死にますよ」と両手を振り勘弁してくれよとジェスチャーをする。
「これから、貴方が命のやり取りをするかも知れない相手が野球ボールで攻撃をしてきますか?」と問うと、黙り込む桃眞。
「鉤爪、刀剣、槍、弾丸。あらゆるモノが貴方を襲うとしたら……」
「でも、そんな早いモノ例え方向が分かったとしても避けられるまでに体が反応するかどうか」
「今の貴方ならできます。その為の法力は既に備わっています。あとは引き出すのみ」
そう言うと矢を引き、弓をしならせた。
「アイマスクを付けなさい」
その言葉を聞き、腹を括った桃眞はアイマスクを装着した。
「やってやるよ」と気合を入れる。
「良いですか桃眞さん。分かっているとは思いますが、これはボールではありません。矢です。当たれば貴方はタダではすまないでしょう。この一矢に全神経を集中するのです」
「分かりました。ゼッテェ避けてやる」
二人のやりとりに息を飲む櫻子と蓮水。
キリキリと弓がしなり、限界まで達した瞬間、矢が空を切り裂き桃眞に向かった……。
「一ヶ月に二回も顔面がボコボコに腫れ上がった挙句、肩を矢で射抜かれた生徒はアナタが初めてよ」と心配そうに声を掛ける霧島。
「ですよねぇー」と、桃眞は痛みを堪えながら苦笑いをした。




