表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/47

第18話「きらきら星変奏曲」その2

 保健室から「ふぅーふぅー」と苦しみ悶える濁った呼吸音が漏れる。


 畳が敷かれた和の保健室。

 木枠で造られたベッドに腰掛ける桃眞がいた。


 霧島が桃眞の額からスッと手を離すと、漣樹の暴行によって、痛々しくも腫れて歪んでいた顔が元通りになってゆく。

 霧島のはちきれんばかりの豊満なバストは桃眞の前ではしっかりとキツイ白衣の中に仕舞っている。

 桃眞に対しては、イヌヒコの件もあり、誘惑対象としては見ていないようだ。


 勿論、イヌヒコが転生した事を霧島は知らない。


「これで完治したわ。にしてもさっきから随分苦しそうね。まるで呪いにでも掛かっているみたいだわ」


「その通りっすよ」と、桃眞はゆっくりと時間を掛けて立ち上がる。まるでリハビリ中の患者の様だ。


 霧島に礼を言い、歩き出す。

 ズシリ……ズシリと一歩一歩が重い。

 だが、一晩で桃眞はなんとか歩けるまでに成長していたのだ。




 皇によって、常に法力をフルパワーの状態にしなければ自由に動く事が出来ない術を掛けられた。

 桃眞は、フルパワー以前に法力の引き出し方を感覚で覚えるしかなかったが、今、こうして歩けているだけでも、当初、地面に這いつくばっていた状況から考えると大きな進歩だと言える。


 とは言え、一瞬でも気を緩めた瞬間に地面に吸い付いてしまう。

 ずっと張り詰めた精神状態で、かなり疲弊(ひへい)しているのが表情から読み取れる。



 保健室を出たその足で朝食を取らずに、桃眞は陰陽寮の外にあるグラウンドに向かった。

 朝練と言うヤツをするらしい。


 今日も快晴。

 ひんやりとした風と照り付ける朝日が、いつもなら心地良いはずなのだが、今日も桃眞にはそれらを感じる程の余裕は無い。

 眩しい太陽の光を手で遮る事さえ億劫(おっくう)だと思える。


 到着すると、そこには既に緑の狩衣を纏う皇の姿があった。

 振り返り、相変わらずの笑顔を見せる。


「おはようございます」


「お、おはようございます」


「何とか歩けているじゃないですか。上出来です」



 黒い狩衣姿の桃眞が、グラウンド中央に立つ皇の下へゆっくりと歩み寄る。


「で……朝練って何をするんですか」


 そう桃眞が訊ねると、皇は術を唱え始めた。

 すると、またも桃眞は地面に引き寄せられ()(つくば)る。


「ぐはぁ……」と衝撃で腹の底から声を漏らした。


 そして、皇は無邪気にも残酷な言葉を桃眞に告げた。


「レベル2(ツー)です」


「れ……レベル2(ツー)?」


「今朝までのレベル1(ワン)は、法力を引き出す感覚を身につける為の準備段階だと思って下さい。これからが修行です」


 その言葉にゾッとした感覚を覚えた桃眞。

 レベルが1……2とくれば自ずとその先が予想できる。

 肝心なのは、そのレベルの終着点はいくつになるのか?


「す……皇さん。レベルはいくつまであるんですか?」


「そうですね。5(ファイブ)までですかね」と笑顔で答える。


 愕然とする桃眞の目には、その笑顔が悪魔の形相の様に感じた。


「殺す気ですか……」


「死ぬ気でやらないと自分の中の殻は破れません。その覚悟を貴方が示したから、私も本気で応えてるのですよ」


「だったら、せめて飯の時だけは術を解いて下さいよ。箸を持つ事でさえキツクて、味なんて分からない程なんすよ」


 その悲痛な訴えを皇は笑顔で交わす。


「良い事じゃないですか。法力をフルパワー状態で、普段の生活に慣れる事ほど、良い修行はありません。今、貴方が寺沢さんに追いつく為には、この修行を乗り越えてこそ、なんとか追いつけるレベルだと言う事を覚えておいて下さい。それ程の力の差があるという事です」


 そう言った時、皇の腹が鳴った。

 腹を手で押さえる。


「あら、お腹が空きましたね。では私は朝食に向かいます。今日から新しい食堂のお披露目もありますからね。では」


 そう笑顔で言い残すと、グラウンドを後にする。

 その後ろ姿を悲壮感全開の表情で見送る桃眞だった。


「誰かぁぁぁぁ…………助けてぇッ!!」




 新しくなった食堂へ一斉に狩衣姿の寮生が流れ込む。

 その幻想的で美しい光景に目を奪われた。


 まず目に入るのは、更に高くなった大空間の天井に、図書寮にもある灯り玉が無数に浮遊し、色鮮やかに食卓を照らす。

 それはまるで青空のようだ。


 次に目に入るのは、食堂内を囲む壁である。


 大きな窓がいくつもあり、そこから見える景色は春夏秋冬の日本庭園が見える。

 近くのガラス扉を開けると、その庭園で食事を楽しむ事も可能だ。

 四季折々のテラス席と言った感じだろうか。


 いつもの食堂内で食事を楽しむものなら、全ての季節を目で楽しむ事もできる。


 本田が、陰陽頭(おんみょうのかみ)である陣内と共同で作った空間を、結界を応用したポータルで繋いでいるのだ。



「わぁー凄く綺麗ッ」と櫻子を初め、女子達が目を輝かせる。


「やっべっ。今までと全然違うぞ」


「おい、この扉開くし、外に出れるぜッ!!」


 まるで童心に戻ったかのように、食堂内を駆け回る生徒達。



「早く朝食を頼みな」と、厨房から壇が笑顔で叫ぶ。


 本日は、スペシャルメニューとして和定食は『海鮮ちらし寿司定食』、モーニングは『和牛100%の手ごねハンバーグセット』だ。

 朝からカナリの豪華な内容となっている。

 それは、改修工事中に、弁当スタイルでしか寮生に食事を提供できなかった壇からのお詫びの印らしい。


 各々が朝食プレートを持ち、新しくなった長い食卓と、柔らかくなった椅子に腰かける。



 すると、陰陽頭(おんみょうのかみ)である陣内に連れられ、食堂の改修工事に携わった職人達が現れた。


 陣内からお礼の言葉が述べられ、生徒達も感謝を伝えた。


 残念な事ではあるが、外界で生活する普通の人間は陰陽寮から外界に出た時点で、それらに関わる記憶が一切消えてしまう。

 故に、卒業生の本田以外の職人達は、陰陽寮を離れた時点で記憶がなくなる。

 そして謎の達成感のみが残るのだ。




 桃眞が陰陽寮に帰ってきたのは、丁度昼時だった。


 連日泥だらけになりながら、玄関を上がる。

 その表情は憔悴(しょうすい)しているようだ。



 そんな桃眞を待っていたかの様に、玄関の柱に背中を預け、板の間に座る皇がいた。


「おかえりなさい。桃眞さん」とニコリと笑う。


 桃眞は、息を切らしながら「なんとか帰ってきましたよ……」とその場で崩れ落ちた。


「体に掛かる負荷は、昨日のレベル1と同じです。昨日は、陰陽寮に帰って来たのは、夕方。今日はお昼です。素晴らしい成長速度ですね」


「そうなんですか……」


 桃眞はそう答えながら、皇から手渡された特製ドリンクを飲み干す。

 どういう成分を配合しているのかは分からないが、特製ドリンクを飲むと、体の疲れが少し取れ力が増す感じを桃眞は覚えていた。

 傷付き、疲弊した箇所を修復しているとでも言うのだろうか。


 皇は、玄関から見える青い空を眺めながら「私も、今の貴方と同じ歳の頃に、同じ修行をした事があります」と話し始める。


「そうなんですか」


「元々法力は扱えたので、最初からレベル2を経験しましたが。陰陽寮に帰って来たのは半日経っていましたよ」


「マジすか……」


「それに比べれば、桃眞さんの方が成長速度は速いと思いますよ」


「それって褒めてくれてるんですか?」


「はい。褒めているんです」


 優しい笑顔でそう答えた皇に、桃眞は少し照れくさそうに頭をポリポリと掻いた。



「さぁ、食堂でランチを食べてらっしゃい。お仲間もお待ちですよ」


「あ、はい。てか、やっぱり術はこのまますか」


「はい、このままです」ときっぱりと答えた。


「わかりました……」


 そう言うと、桃眞は一先ず着替える為に、重い体を引きずりながら男子寮へと戻っていった。




 回廊をスタスタと歩く皇。

 周りを気にしているようで、気にしていないような、そんな不思議な空気を放つ。


 ミニマリストである事を示すかのような殺風景な自室に戻った皇は、特製ドリンクが入っていた空の水筒を開けると、ペットボトルのミネラルウォーターを注いだ。

 

 気分が良いのか、鼻歌を歌う。

 ――モーツァルトの『きらきら星変奏曲』だ。


「|フンフンフンフンフンフンフーン《きらきらひかるー》、|フンフンフンフンフフフーン《よぞらのほしよー》」


 和箪笥(わだんす)を開け、小瓶からグラニュー糖をスプーン一杯入れる。

 次に、ラップで包んでいたレモンとライムを絞る。

 塩を一摘み。はちみつをスプーン一杯。


「フンフンフンフンフンフフフーン」


 水筒を持って……押し入れの(ふすま)を開けた。


 そこには、別の空間があった。

 食堂の四季の庭園へ繋がる結界のポータルと同じ原理だろう。


 薄暗く湿っぽい鍾乳洞のような場所を歩く。

 視線の先に見える大きな泉へと続く道。その左右を等間隔に暖色の灯り玉が浮遊し、足元を照らしている。


「フフフフフフフーン、フフフフフフフーン」


 泉の中心には大きな岩場が顔を出し、そこに地下へと続く階段がる。


 朱色の橋を渡り、岩場の階段から地下へと降りる。



 そこには、赤い大きな五芒星が床に描かれていた。

 周囲は、冷たい岩の壁に囲まれている。


 灯り玉が照らすその光景の先に、宙に浮く鬼がいた。

 低い声で苦痛に悶え呻く、男の鬼だ。

 皮膚は(ただ)れ、髪は白髪でだらしなく伸び、餓えた口が唾液を垂らす。


 血で赤黒く染まるカッターシャツの残骸が一部残っている事から、最近ここに連れられた外界の元人間だった事が伺える。


 天井と五芒星が描かれる床から伸びた蒼白く光る鎖が、その鬼の四肢を引っ張り合っていた。



「|フンフンフンフンフンフンフーン《きらきらひかるー》、|フンフンフンフンフフフーン《よぞらのほしよー》」


 皇は終始笑顔を称えながら、懐から取り出した小刀で鬼の首を何の躊躇いも無く少し切る。

 そこから流れ出した血液を特製ドリンクの水筒の中に入れた。


「流石は『鬼喰いの一族』ですねぇ。たった数滴の鬼の血であれだけの回復力と法力が身に付くとは……。楽しみですねぇ、これからどれだけ彼が強くなるのか……」




 襖の外の皇の自室。

 何も無いはずの部屋のゴミ箱から溢れ出る、コンビニの『グリルチキン』の包装紙……。


 ――「これを、私の変わりにイヌヒコ君にあげてくれませんか?」


 女子生徒に手渡す。


 ――「私は、これから外出しないといけなくてね。代わりにこれをイヌヒコ君に与えて欲しいのです」


 一年生の男子生徒に手渡す。


 ――『少し、用事がありまして、夕食前に私の代わりに、イヌヒコ君に与えて下さい』


 そう書き記したメモと共に、寺沢 漣樹の和箪笥の上に置いた皇……。

 グリルチキンを持つ者を襲う存在への鎌鼬(かまいたち)の呪術を掛けて……。




 土砂降りの中、陰陽寮から外へと出る最後の鳥居の前で、泣き崩れる桃眞。

 顔が無残なまでに変形し、亡骸となるイヌヒコを抱きかかえる。


「ず、ズメラギ()さん……、俺……一人になってジまいました。……お、俺をッ……俺を、ヅヨグ(強く)して下さい。もっとヅヨグ(強く)なりだい」


 皇は、優しい笑顔を桃眞に向けながら膝を下ろした。




 ――(計画通りです……)

吉樹 秀儀の歩く図書寮講座その3


本田「ほら、やっぱり皇のやろう何かオカシイと思ったぜ」


吉樹「あらら……だね」


本田「あららじゃねぇよ。どうしちまったんだよアイツ……後書きで食堂の説明を色々しようと思ってたのに、全部飛んじまった」


吉樹「浩美ッチ……一体、いつからこうなっちゃったんだろうね」


本田「やっぱりあの事件なのか?」


吉樹「そうなのかも知れないし、それだけなのかも分からないねぇ」


本田「お前にも分からない事があるんだな」


吉樹「別に僕は神様ではないからさ」


本田「で、アイツは桃眞を鍛えて何を考えてるんだ」


吉樹「全くさっぱりです。ここ最近の浩美ッチは何を考えているのか全く読めません」


本田「真相は、もう少し先までお預けってわけか」


吉樹「イイねッ!! そういう事です」

 ステップを刻み腰を振る。


本田「お前、それ、学生の頃から変わってねぇな」


吉樹「す、少しは、キレが良くなっているはずですッ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ