第17話「イヌヒコ + 犬神 = 子犬 & 超イケメン」その2
桃眞に向かって殺気を放つ男。
赤と青の瞳が光る。
桃眞は状況を把握できずに狼狽し、緊張からゴクリと喉を鳴らした。
「と、言うのは冗談だ」と男は手を下ろす。
「冗談?」と桃眞は問う。
「厳密に言えば半分冗談で、半分本気だ」
「……だったらどっちなんだよ」と桃眞は訝しげな表情を浮かべた。
すると男は長い銀髪を耳に掛ける。
「犬神としての私はお前を葬りたい所だが、私は犬神でもありイヌヒコでもある。だからお前を殺す事はできない」
櫻子が口を開いた。
「つまり、イヌヒコちゃんと犬神が融合したって事?」
すかさず慎之介が「お前、そんな馬鹿げた事があるわけ無いだろ」と否定した。
「その通りだ」と男が言った途端に、慎之介は「そういう事だ」と瞬時に数秒前の自分の発言を翻す。
「あんたね……」
櫻子が慎之介の言葉に失笑した。
少しして慎之介が男に質問した。
「とにかく、俺たちは今、状況が理解できていない。良ければ説明してくれないか」
男は座ることもなく、柩の中に立ちながら慎之介の問に答え始めた。
「互いの利害が一致したのだ。犬神とイヌヒコは今一つの魂となり、この肉体に宿った」と言い、自らの体をまじまじと眺める。
「まぁ、何故、人の姿をしているかは分からんが。恐らく急激に高まった『神力』によって神の姿になったかも知れん。これはあくまで想像だがな」
桃眞が続いて訊ねる。
「利害ってなんだよ」
「イヌヒコは死んでも尚、阿形 桃眞。お前の傍から離れたく無かった。だが、霊体のままこの世には残れない。犬神も同様だ、半神半妖のまま朽ち果てるのは是が非でも避けたい」
そう言いながら、三人に向かって妖艶な眼差しを向ける。
「どちらも現世に戻りたかったのだ。そして半神半妖の犬神なら空となった肉体に、その者の同意さえあれば憑依する事ができる。よって、イヌヒコと、この肉体に共存共栄する契約を結んだのだ」
その言葉を聞いて桃眞が難しそうな表情を浮かべる。
「…………今日損今日エイって……なに……」
「……………………」
呆れ声で慎之介が代わりに答える。
「共に生存や存在をして共に栄えるって事だよ。つまり、一緒に生きるって事だ」
「…………つまり、マブダチ……的な感じのヤツ?」
「いや、ちょっと違うな」
「…………じゃあ……シェアハウスしてる的な感じのヤツか?」
「んんー。そう言う事でも無いんだけどなぁ……」と慎之介は難しい表情で、顳かみをポリポリと掻いた。
「まぁ、いいよ。とにかくイヌヒコの体の中に、イヌヒコと犬神が一緒に入ってるって事だろ」
「だから、初めからそうだと言っているんだ」
慎之介は、少しイラッとしながら答えた。
「だったらさ。またイヌヒコと一緒にいれるんだよな」と笑顔を取り戻す桃眞。
「でもこの見た目だぜ」
慎之介の言葉に「イヌヒコの存在がここにあるんだろ。それだけで十分だ。おまけに話しが出来るんだぜ。最高じゃんか」と桃眞は目を輝かせる。
「アンタって随分ポジティブなのね」と櫻子は感心した。
三人が男の姿を上から下、下から上へとまじまじと眺める。
「ところでさ。どっちの名前で呼んだら良いんだ」と桃眞が訊くと、「どちらでも正解だ。状況に応じてもいい。好きに呼べ」と答える。
櫻子が興味津々な表情で訊ねた。
「じゃ、じゃあ犬神……さん?」
「犬神で構わん」
「その服ってどうなってんの。なんで外界の服屋で売ってるようなオシャレーな格好なのかなって」
その言葉を聞き、また自分の体を眺める犬神。
「さぁな。この肉体に宿った時に、お前達の脳内にある様々なビジョンが流れ込んで来たのかも知れん。その中から無作為に形成された姿、形なのであろう」
そう答えた犬神。
急に犬神の表情が苦悶の表情を浮かべ険しくなった。
「おい、どうしたんだ」と立ち上がった桃眞が心配する。
犬神はクラクラする頭を手で押さえながら「どうやらこの姿でいる間は神力を消費し続けるようだ。まだ慣れていないと言うのもあるが」と説明する。
「大丈夫……?」
櫻子が心配そうな表情で問いかけると、犬神は返事をする事なく、三人の前でみるみる体が縮んでいった。
長い銀髪のみが棺の中に残り、その中で何かが蠢く……
「今度は一体、何が起きるんだ……まさか、鬼になったりしないよな」と慎之介が警戒を強める。
中心の何かに吸い寄せられるかの様に、長い銀髪が収縮する。
そして、その塊は小さな子犬へと姿を変えた。
生後間もない程の、小さな雑種犬だ。
「クゥーン……」
その瞬間、櫻子の心臓を弾丸が貫いたかの衝撃が走る。
「キャッ……キャッ……きゃわいいぃーー!!」
イヌヒコの両脇を掴み上げる。
胸から下をプランプランとされ、ご機嫌な様子で尻尾を振る。
その姿に桃眞は「コイツは……イヌヒコを家で飼い始めた頃とそっくりだ」と懐かしむ。
イヌヒコを手渡された桃眞は、腫れた顔の痛みなど忘れたかのように、イヌヒコに頬ずりし、戻ってきた事の喜びを噛み締め、目に涙を浮かべた。
ランチの時間だが、食堂は修理中の為使うことが出来ない。
その為、玄関にてお弁当を配る壇と調理スタッフ達。
今日はチキン南蛮弁当だ。
寮生達は弁当を受け取ると、回廊の縁側に座り、中庭を囲む形で食事を楽しんだ。
食堂の中では鉄骨で足場が組まれ、損傷の少ない天井部分で卒業生の本田が何やら術を唱えていた。
そこに、現れた吉樹が地上から声を掛ける。
「これはこれは本田ッチじゃないか」
「おぉ、がり勉」と本田が返事をし、下に降りる。
『がり勉』と言われた吉樹が何度も後ろを振り返り、誰かを探す。
「何探してんだよ」
本田が訊ねると、「いやぁ、がり勉って誰の事かなと思ってね」と答える。
「いや、お前だよ」
「誰?」
「お前」
「僕?」
「そうだ」
「んな馬鹿な」と手を顔の前で振り、笑う。
「いつもそう呼ばれてたじゃねぇか」
「そうだっけ? 僕、忘れやすいから」
「よく言うぜ、常に成績トップの秀才がよ」と本田も笑った。
小麦色の顔に、真っ白な歯が光る。
食堂のテーブルに就き、電子タバコを吸う本田。その向かい側に吉樹が座る。
本田の口から白い煙が吐き出された。
「お前が、陰陽博士か……出世したな」
「気が付けばですよ。出世とかそう言うのには興味が無いんですよ。僕」
「お前らしいな」
一本目の煙草を吸い終わる。
「ところで、噂に聞いたが『怪伐隊』がまた再開したらしいな」
「そのようですね。最近、外界も物騒な事件が増えたからね」と吉樹が言った。
「お前らも戻ったのか? 怪伐隊に」
「まさか」
吉樹が笑った。
「鬼も恐るる皇、吉樹コンビ……伝説だったよな。今だから言えるが当時の俺は嫉妬してたよ」
「そうなんですか」
「まぁな、無敵のツートップ。他の陰陽寮にもその噂が広まる程だった」
すると、急に本田の顔から笑みが消えた。
「なぁ、吉樹。アイツは……まだあの事を引きずってるのか……」と訊ねる。
「浩美ッチの事かい? ……そうだねぇ。引きずり過ぎて、何かが壊れたような気もするね」
「今朝、皇に会ったけどよ。あいつの目……光が死んでる目をしてたぞ。俺に分かるなら、お前も分かってるだろ」
「デリケートな問題だからね」
「アイツはクソ真面目だったから、なんでも一人で背負いこむだろ。自分が壊れそうになると分かっててもな」
「そのクセ、頑固なんだよね」
本田は立ち上がると、吉樹の肩を掴んだ。
「皇の事頼むぞ。アイツの事を分かってやれるのは、お前くらいしか居ないだろ」
そう言うと、本田は再び足場を上り、術を唱え始めた。
その姿を下から眺める吉樹。
「当時の彼からしたら……似合わないセリフだねぇ。大人になった訳ですか」
吉樹は、丸い眼鏡を指で押し上げると食堂を後にした。
吉樹 秀儀の歩く図書寮講座その2
吉樹「はーい、皆さん。ご注目」
座卓に突っ伏して眠る桃眞、慎之介、櫻子。
吉樹が、呪符を取り出して術を唱えると、3人の体に電流が走り悶絶する。
桃眞「何すんだよッ」
吉樹「いい天気ですよね。太陽がサンサンとしていて、日向ぼっこには最適です」
そう言い、振り返ると、また眠る3人。
ビリビリビリビリ……「ウゲェェッ!!」
慎之介「先生、そういえば、本田さんて誰なんですか」
吉樹「彼はね、僕と浩美ッチの同期でね。当時は荒くれものでしたね」
櫻子「寺沢さんみたいな?」
吉樹「んーまた違いますね。当時は陰陽寮に女子が居なかったでしょ。居るとしたら食堂のオバちゃんくらいですから。彼女たちを片っ端から口説いて回ってましたよ」
桃眞「熟女キラーかよ……」
櫻子「で、実際どうだったのよ」
吉樹「全敗でしたね」
慎之介「アホだな」
吉樹「まぁ、そうは言っても、成績は上位でしたから、卒業して、大手の建築会社とアドバイザー契約を結んだと言った所です」
吉樹「まぁ、当時から日焼けが大好きで、式神ファイトクラブの転送装置で、カリブ海の船の上で焼いてたのは知る人ぞ知るです」
櫻子「全然知りたくもないですけど」
慎之介「次回は、皇さんのコミットか」
吉樹「どんなコミットなんでしょうか? 桃眞さんが修行を頼んだのですから、覚悟してくださいね」
桃眞「え、なんかそう言われるとメッチャ不安なんですけど……」
吉樹「まぁ…………頑張ってください」




