第13話「負けられない戦い」その2
横から迫り来るリーパーに、振り向き様に銃を放つ。
砕け散るリーパー。
衝撃と圧力が肩に伝わる。
全方位から更に勢いを増し押し寄せるリーパー。
目の前のリーパーの腹部に刀を突き刺し突進する。三体を串刺し、横に切り裂く。爆散……。
後方に塩の弾丸を発射し、体を旋回させ扇状に数体を斬り裂く。
この時、不思議と桃眞は、自分の中に爽快感や充実感が満たしている事を感じ始めた。
体が軽く、筋肉の反応が早い。そして呼吸が全く乱れない。
制限時間が無ければリーパーを殲滅できる自信さえある。
リーパーの振りかぶった拳が鋭利な槍のように伸び、桃眞の顔を狙う。
それすらも、首を少し傾け頬の際で避ける。攻撃の軌道すらハッキリと見える程に動体視力も向上しているようだ。
斬るッ。
撃つッ。
そして斬りまくる。撃ちまくる。
爆散する泥、砂……。
そうしながら真理の本体へと距離を縮めてゆく。
あと目の前の五体を倒せば、本体に辿り着く。
刀を握る手に力が入る。
肩を首元に巻き込み、一閃の溜めを作る。
台地を踏みしめ、渾身の一撃を放とうとした時、桃眞の視界が縦に揺れた……。
何が起こったのか?
突如、全身の力が抜け、手の中の武器は消え去り枯葉の中に滑るように倒れた。
「ッ……えッ……何で」と、極度の脱力感を感じながら唸るようにそう言った。
迫りくるリーパーに群れに対して重い体が言う事を効かない。まるで電源が断たれたロボットの様にその場で蹲る。
「くそッ……こんなところで、こんな大事なところでッ……」
あと一歩と言うところで希望が断たれ、悔しさで歯を食いしばる。
その時、頭上を蒼白い真空波が通り過ぎ、目の前のリーパーを消し去る。
振り返った先に、皇達が現れた。
「何とか間に合いましたね」と皇が涼しい顔で言った。
飛葉と山那が空かさず桃眞の両サイドに立ち、リーパーを斬り伏せる。
「ここは俺達に任せな。あと二分だ。お前に何が出来るかわからんが、やれるだけやってみろ」と飛葉。
山那が桃眞の肩を抱き上げ立たせた。
「五秒前になったら、俺らが強制的に除霊する」と言い、桃眞の背中を押す。
その言葉におぼつか無い足取りで真理の本体へと近づく。
力なく歩く桃眞の背中を見つめる皇が、独り言を呟いた。
「さぁ、桃眞さん。追い詰められた貴方はどうしますか? 運命に従い、彼女を喰らう事で鬼喰いの浄鬼師となるのか……運命に抗い、貴方のままを貫くのか……」
口を閉じた皇の顔からは、今までの笑顔は消えていた。
慎之介の持つ包丁が、黒い鬼から伸びる鉤爪を弾く。
「ヤッベェ。今のマグレ」と額から汗が流れる。
すかさず、櫻子が対魔のLEDライトを鬼に向けた。
その光にまたも鬼が怯む。
「これが一番効いてるみたい。皆が戻ってくるまで足止め出来るかも」と、櫻子の眼に力が戻る。
「確かに、呪符を巻き付けた包丁ならアイツを刺せるかも知れないけど、近づくまでにこっちが殺られちまう」
キッチンを背に、慎之介と櫻子は肩を付け臨戦態勢を取り続けている。
リビングルームの隅で蹲り怯える真理の父親。
鬼が一歩近づこうとしても、櫻子が向けるライトの光が寄せ付けない。
「ほれほれ。近づけないでしょ」
そう余裕を見せつけていると、LEDライトがチカチカとし始めた。
「あれ……」と首を傾げる櫻子に、「おい、ヤバイッ。電池が切れるぞ」と慌てる慎之介。
「えっ、嘘ッ。ムリムリムリムリ」と櫻子も慌てだす。
「ちょっと待ってろ」と言い、慎之介は、櫻子のポーチから呪符を取り出すと、暗がりの中、キッチンの引き出しや、近くの棚を無造作に掻き回し始めた。
「あった」と言い、慎之介は手にした新しいLEDライトに呪符を巻き、櫻子に手渡した。
「サンキュ。じゃあ早速スイッチオン。喰らえッ」
親指で突起を弾くと、蓋がパカッと開き粉末が床に零れ落ちた。
「えっ」と言う二人の声が重なる。
櫻子が消えかけのLEDライトでソレを照らすと『香り豊かなコショウ』と書いている。
「そうそう、今晩のオカズは鬼と白菜の炒め物を……って味付けすんかいッ!!」
叫びながらコショウを投げ飛ばす。
「完璧なノリ突っ込み。てか嘘だろ。見た目そっくりじゃん」と慌てる慎之介に、「アンタいっつも肝心な時にポカすんだからッ。このヴァカッ!!」と怒鳴る。
フローリングに叩きつけられ跳ねたコショウを、鬼の鉤爪が切り裂く。
鬼は舞い上がるコショウに不快感を示し、腕で顔を覆った。
「マジかッ!? 効いてるぞ」と慎之介の顔に悲壮感と笑みが混ざる。
真理の母親の寝室で眠る四人。
その前で胡坐をかぎ、腹の前で両手を絡め印を結ぶ佐伯。
騒然とするリビングルームでの出来事が気になるが、ダイブ中の人間がいる間は術を解除できない。
送信者と、その送信者が気を混ぜた呪符が、この世と精神世界を繋ぐパイプとなっている。
接続を切ってしまえば、呪符の気も消え去りただの紙となるのだ。
ダイブでの送信者は送る事しかできず、引き戻す事は出来ない。精神世界にいる彼らが呪符を使い戻ってくる事が唯一の脱出手段である。
真理の怨霊に取り憑かれた母親の皮膚に、浮かび上がる黒い血管がより濃くなってゆく。
浸食が進んでいる証拠だ。
佐伯は、床に置いているスマートウォッチの時間をのぞき込み、「さっさと戻ってこいよ。こっちの方がカナリやばいぞ……」と焦りを募らせる。
LEDライトの明かりが弱くなると、鬼が怯まなくなった。
突き出した指先から伸びた鉤爪が慎之介の左肩に突き刺さる。
「痛ってぇ、クソ……」
「慎之介ッ」
叫ぶ櫻子。
その時、寝室からバラード曲が流れ始めた。
――『ふぁなたうぉ~、ふぁあーいしてりゅー。ふぁなたにー、|くうぉおいひてどぅうー《こいしてるー》。ふぁなたうぉ~……』
「癖が強いぃ」とこんな状況の中、櫻子が堪え切れずに吹いた。
「おいッ、お前、こんな状況で何笑ってんだよ」と、脂汗に塗れる慎之介が痛みに堪えながら言い放つ。
「ごめんごめん」
そう言うと櫻子は床に落ちていた対魔の包丁で、鬼の鉤爪を切り落とした。
――『|くりゅうぉしぃーほどぅお《くるおしいほど》、ただ~君を~。ふぁあーいしてりゅー』
歌が鳴りやんだ。
また鳴り始める。
――『ふぁなたうぉ~、ふぁあーいしてりゅー。ふぁなたにー、|くうぉおいひてどぅうー《こいしてるー》。ふぁなたうぉ~……』
「何だよこの力が抜ける歌は」と慎之介が血が滲むカーキ色のベストの上から肩を抑える。
「歌の原型がわからないわ」と鬼を睨みつけながら櫻子が言った。
寝室で、佐伯が胡坐をかいた態勢から、片足を伸ばしてカバンの中にあるスマートフォンを探す。
「俺のスマホに、こんな時に着信が……。きっと村雨さんだ……」とプルプルとしながら足の指先で音を発するモノを起用に掴む。ストラップが引っ掛かった。
「よし」と言い持ち上げフローリングに置いた。
――『|くりゅうぉしぃーほどぅお《くるおしいほど》、ただ~君を~。ふぁあーいしてりゅー』
スマートフォンの画面には村雨からの着信が表示されていたが、足の指で受話マークをタップする前に切れてしまった。
「くそッ、もう少しだったのに」
そう言った時、佐伯の足の指がつった。
苦痛に悶絶する佐伯。痛む足を手で摩りたいが、印を解くと皆が戻れなくなる。
「ふんがぁぁ……んんッ……」
佐伯は涙目になりながらも歯を食いしばり、痛みに耐え続けた。
金属が弾ける音が、リビングルームに鳴り響く。
黒い鬼の鉤爪を慎之介が持つ包丁が弾いた。
ベランダから差す月の光が包丁の刃に反射する。
鬼の黒い顔面を、緑に光る三つの目が縦横無尽に動き回る。
赤黒く爛れた皮膚。
やせ細った胴体から生える異様に長く細い手足。
口や鼻が見えないが、どことなく不気味な薄ら笑いが聞こえる。
慎之介は、恐怖と高鳴る心拍のせいで呼吸が荒くなり、肩を大きく上下させている。
負傷した左肩は、もはや感覚がない。
櫻子はポーチから取り出した人形に念を込める。
それを床に置くと白いウサギが飛び出した。
櫻子の式神だ。
体よりも大きな斧を掲げると、俊敏な動きで黒い鬼に斬りかかる。
鬼から飛び出た鉤爪がフローリングに突き刺さり、その上をウサギが走る。頭部にV字斬りをお見舞いした。
金切声の悲鳴をあげ、頭部がバックリと開いたが直様再生する。
ウサギは、鬼の体を這うように動き回り小刻みに斧の刃を滑らせ続けた。
「いいぞッ」
慎之介はそう言いながら後退し、櫻子と肩を並べた。
「多少の時間稼ぎはできると思うわ」と目の前の式神に思いを託す。
そう言った直後、宙に跳んだウサギの腹部を三本の鉤爪が貫通した。
ウサギは、口を開き苦しみながら紙へと戻る。
やはり、陰陽道を学んで数ヶ月の櫻子に扱える式神では、黒い鬼へ致命傷すら与える事が出来なかった。
「皇さん達はまだなのッ」と櫻子が焦る気持ちを吐露した。
その刹那、鉤爪が櫻子に目掛け急激に伸びる。
危険を察知した慎之介が包丁を大きく振りかぶり弾いた。
再び大きな金属音が木霊する。
鉤爪は軌道が逸れ櫻子を仕留め損ねたが、その衝撃に対魔の包丁の刃が砕け散った。
そしてその直後の光景は、櫻子の目にはスローモーションの様に見えた。
鬼の腹部から飛び出した無数の鋭利な触手。
真っ直ぐに櫻子に狙いが定まっている。
鬼に背を向け櫻子に覆い被さる慎之介。
触手が腹部を貫き、痛みと衝撃に慎之介が仰け反った。
櫻子から引き離された慎之介が玄関へと放り投げられる。
ドアを突き破ると、廊下に転がり横たわった。
鬼の顔の中で緑の目が動きを止め、櫻子の姿を捉える。
寝室で身悶える佐伯の鼓膜に、櫻子の悲鳴が鳴り響いた……。




