第12話「憑侵除霊(ダイブ)」その2
…………
音が止んだ。
気付くと、桃眞達は薄暗い別の部屋に立っていた。
手で掴んでいたダンボールは、柩に変わっている。
中には誰も入っていない。
顔を上げると、真理の遺影と黒い花に囲まれた祭壇があった。
ここは、葬式場だ。
血で濡れていた服は、そんな事実は無かったと言わんばかりに、染み一つ残さず消えていた。
一同が一端、胸をなで下ろした。
「流石です。桃眞さん」と皇が肩をポンと叩く。
桃眞は、残り時間を確認した。
――『18:42:23』
「さっきのは何だったんですか」と桃眞が一同に訊ねる。
飛葉が口を開いた。
「この精神世界にとって俺らは異物なんだ。だから見つけたら排除しようとするのさ」
「でも、あんなに攻撃的な現象は珍しい……」と山那が言った。
「それは恐らく、桃眞さんと言う存在が刺激しているからでしょう」
皇が、桃眞を見ながら言った。
「最深部に行けば行くほど、鬼の力も濃くなります。さっきのはまだ序の口でしょうね」
その言葉に桃眞が不安げな表情で俯いた。
「あんな怖いのがこの先も続くんですか。ま、まさか、この世界で死んだら現実の世界でも死ぬとか言わないですよね?」
「死にます」「死ぬよ」「死ぬね」
三人のあっさりとした声が重なる。
「マジすかぁ……お決まりのパターンじゃないですか」
「当然です。まぁ、厳密に言うと、肉体は生きてますから永遠の昏睡状態となるだけです。精神と肉体は二つで一つですから」
「それって死んでるのと一緒でしょ」と、桃眞は皇に言った。
そう言った時、祭壇の周りで咲き誇っていた黒い花の花びらが、桃眞達に向かって飛んできた。
空を裂き、風切り音をあげる。
皇が右手を突き出し、掌を広げると空中に見えない壁があるかのように、花びらが止まる。
そして、黒い花びらは床にパラパラと散った。
「かなり荒ぶってますね」と不敵な笑みを浮かべる皇。
「さっさと次のポータルを見つけないと」
山那は、祭壇に近づきポータルを探し始めた。
続いて一同が、葬儀場内に散らばる。
桃眞は、また何かが襲ってきた際に身を守れる自信がないので、皇の後について回った……。
静寂が続く中、薄暗い廊下に座り込む櫻子と慎之介。
「ねぇ」と櫻子。
「なに……」
「しりとり。はい。りね」
「アホかお前。この状況でしりとりなんてする訳ないだろ」
「アホ言うな。ヴォケ」
リビングのテーブルでは、真理の父親が沈黙したまま、虚ろな目付きで座っている。
桃眞達がダイブしてから十分が過ぎていた。
重苦しい空気に耐えられなくなった櫻子だったのだ。
母親の寝室では、鬼を囲うようにして、全員が座ったまま寝ている。
佐伯を除いて。
佐伯は、ずっと、胡座をかきながら両手で印を結び、集中していた。
そこに慎之介が近づく。
「あっちの状況とか見えないんですか」
「あぁ、見える時もあるんだが。四人も侵入させていると、そんな余裕もない」と、額に汗を滲ませる。
すると、櫻子が部屋に入り、寝ている桃眞の顔をまじまじと眺める。
「今なら、コイツ殴っても大丈夫かな」
「アホか」と罵る慎之介に、「アホ言うな。ヴォケ」と櫻子が返した。
慎之介が、化粧台の椅子に座る皇に顔を向ける。
「しかし、使用人の浩美さんが……どうしてここまで怪伐隊に加担したり、動き回れるんだ」と疑問を口にした。
「皇さんは、ただの使用人じゃない。そのお方は……怪伐隊の創始者でもあり、初代隊長だ。そして、ダイブも皇さんが取り入れたのだ」
その事実に二人が驚愕した。
「マジでッ!?」と声を重ねる二人に、「マジだ」と佐伯は言った。
あれから二つの部屋を進んだ桃眞達。
――『12:00:03』
ここは、どうやら警察署の中だ。
桃眞が、真理の母親に罵られ、父親にパンチを喰らった廊下。
「瘴気がカナリ濃くなってきた」と飛葉が口にした。
その時、視界に映る廊下に謎のブロックノイズが走る。
ベンチが小刻みに震え始めた。
これは、初めての光景だと桃眞が警戒を強める。
「やはり、そろそろ来たようだ」
山那がそう言い、身構える。
「何が来るんですか……」
そう言った時、廊下にある扉が一斉に開いた。
ゆっくりと現れる警官達。
だが、その姿に、またも言葉を失う桃眞。
血まみれの警官達。
その皮膚は白くテカテカとしている。
まるで陶器のようだ……。
だが、その無機質な皮膚とは裏腹に目だけは人間のそのモノだった。
マネキンの様な造りの顔の中で、しっかりと桃眞達を視界に捉える眼。
目の前の廊下は先が見えない程に長い。
後ろを振り返ると、そこもまた無限に続く警察署内の廊下であり、無数のマネキン警官がこっちを見ている。
「思念鬼です」と皇。
「リーパーって何すかッ」
「いよいよ異物の排除が本格的になったって事だ」と飛葉が言うと、突き出した掌の中に、車のトランクで見た呪符が巻かれた刀が現れた。
皇と山那の手にも、青い閃光と共に刀が握られる。
これは正しく戦闘態勢だ。
「お、俺はどうしようッ」と武器を召喚する術を知らない桃眞は、取り敢えずファイティングポーズを取った。
フラフラと前後から近づくリーパーを睨みつけながら皇が口を開く。
「私達の役目は、桃眞さんを最深部に連れて行く為の護衛です。貴方は次のポータルを探す事に専念なさいッ」
刀を構える飛葉。
「俺らがこれくらいの低級リーパー相手に負ける訳ないだろ」
「後ろも前も守ってやるよ。お前はただひたすらにポータルを探せばいい」と山那が刀を構える。
その言葉を信じ、全てを任せた桃眞は五感を集中させ、無数の扉に意識を向ける。
「じゃあ……。よろしくお願いしまぁぁすッ!!」
そう叫びながら桃眞は走り出した。
「ハゲ」と言う櫻子。
「げ、下痢」と慎之介が続けた。
「ちょっと汚いって」と慎之介の肩を叩く。
「り、りりりり……リンボーダンス」
結局しりとりをしていた二人。
その時、ドアを叩く音が聞こえた。
コン……コン……コン
「こんな土砂降りの雨の中に、誰?」と言い、櫻子が立ち上がる
「どうせ近所の人でしょ。私の巧みな話術で追い払ってあげるわよ」
そう言い、櫻子が玄関に向かった。
暫くして……。
「キャャーーッ!!」
櫻子の絶叫が鳴り響いた。
慌てて立ち上がる慎之介。そして真理の父親。
腰を抜かし、廊下を後ずさりする櫻子の下に、慎之介が駆け寄る。
そして、玄関から入ってきたその存在に絶句した。
そこにいたのは、全身が黒い……口も鼻も無い黒い顔に、蠢く緑の目玉が三つ……異形の存在。
――異形の鬼がそこに居たのだ。
「佐伯さんッ」と叫ぶ慎之介。
佐伯は座ったまま、ただならぬ気配に対して「何だッ」と叫ぶ。
「お、鬼が……黒い鬼がッ……助けて下さい」
「何でこんな時に、また鬼がッ!? クソッ……無理だッ。今術を解いたら……皆が帰って来れなくなる」
「そんなッ」
慎之介は、腰を抜かした櫻子をリビングルームへと引っ張った。
怯える真理の父親に隠れるように指示をする。
「良いか、俺がもし襲われて術が解ければ全てが終わる。お前達でコイツ等が戻って来るまで耐えるんだ」
「ですけど、俺……こんな鬼と闘うの初めてなんですけどッ」
「お前、それでも陰陽師を志す者だろ」
その言葉に、それ以上の反論は出来なかった。
それよりもジワジワと距離を詰める鬼への対抗手段を必死に考える。
その刹那、何かが慎之介の眼鏡のフレームを掠めた。
振り返ると、フローリングの床に突き刺さる鬼の鉤爪。
あと数センチ横だったら、慎之介の顔に穴が空いていただろう。
咄嗟の出来事と恐怖で、尻餅をつく。
「ダメだ……死ぬ……」
慎之介がそう言った時、鬼の悲鳴がリビングルームに響いた。
耳をつんざくような声だ。
振り返る慎之介の前で、呪符を巻いたLEDライトを握る櫻子が、恐怖に息を切らしながらも、必死に立ち上がる。
リビングルームにあったLEDライトに、持ってきた呪符を巻いたのだ。
そう……その瞬間、『ただのLEDライト』は『対魔のLEDライト』へと変換したのだった。
櫻子が、もう一度、LEDライトのスイッチを入れ、その光を鬼に浴びせると、焼ける様な音と共に煙が上がる。
そして、鬼が怯んだ。
その光景に、慎之介が立ち上がり、櫻子の下へと駆け寄る。
櫻子は、台所の包丁に呪符を巻き付け、慎之介に手渡した。
「私達が……」
「俺達が……」
――「皆を守るッ」
対魔の武器を構えた櫻子と慎之介が、鬼と戦う覚悟を決めた。
――『09:45:13』




