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第12話「憑侵除霊(ダイブ)」その1

 息を飲む、桃眞と櫻子、そして慎之介。


 ゆっくりと重い扉が開く。

 暗闇の中から、顔面蒼白の真理の父親が姿を現した。その顔は桃眞が警察署で会った時よりも痩せこけており、憔悴している。


 その姿に言葉を失う桃眞。


 父親は、桃眞の姿を見つけると、力なくふらふらと近づき、震える手で胸倉を掴んだ。

 腫れた目からは既に涙が枯れているのか、声だけが泣いている。


「……どこまで……俺達を苦しめるつもりなんだ……」


 その悲痛な訴えに、またしても言葉が出てこない桃眞。



 そこに皇が歩み寄る。


「ご主人。今はそれどころでは無いのでは?」と父親の注意を引き付ける。


 すると「アンタ達は……」と手の力を緩め、訊ねた。


「我々は、奥様を助ける事ができる者達です」と、変わらず優しい笑顔を見せる皇。


「あ……アレは妻じゃない……」と怯えた目で訴える。


「分かっています。中に入っても宜しいですか」と皇が入室の許可を求めると、父親がゆっくりと頷いた。



 正常な精神なら、この状況で、急に現れた得体の知れない人間を家の中に招き入れる事はないだろう。

 だが、そんな判断も出来ない程に、真理の父親は憔悴しており、誰かにすがりたかったのかも知れない。



 一同が家に入る。一歩玄関に入った途端に気温が急激に下がり、吐く息が白くなった。

 櫻子が寒そうに、自分の体をギュッと抱きしめた。


 照明も付いておらず、窓から差し込む月明かりのみが廊下を照らしている。



 寝室の扉を佐伯がそっと開くと、荒れ果てた部屋の至る所に、黒く擦れた手形が無造作な線を描いている。

 そして天井を見上げると、真理の母親が四足歩行で張り付き、蠢いていた。

 首が百八十度捻じ曲がり、黒い唾液を吐き散らす母親、いや、もはや鬼と表現すべきその存在が佐伯達に気づく。


 不意に鬼が飛びかかるや、咄嗟に突き出した佐伯の掌に壁に吹き飛ばされる。


 身動きが取れないのか、壁に張り付いたまま藻掻く鬼を他所に、怪伐隊がフローリングの床に、カバンから取り出した大きなラグを拡げた。

 大きな丸い円の中に五芒星のマークが描かれている。


 

 佐伯は、突き出した右手で鬼の動きを封じながら、左手の指を唇に当て、呪術を口ずさむ。

 すると、苦しむ鬼が次第に静かになり動きが弱まった。


 右手を五芒星に向けて動かすと、鬼の体が壁を擦り、床を滑るように動きながら、そのマークの上に仰向けになる。



 直ぐに、飛葉と山那がカバンから清めた縄を取り出すと、身動きが取れない鬼の手足を縛る。

 鬼の動きを封じる為だ。


 佐伯は自由になった右手を下ろすと、唇に当てていた指を絡めた。

 複雑な印を結ぶと、次の呪術を唱え始める。


 すると、鬼は、意識が途絶えたのか眠るように目を閉じた。



「さて、先ほどの話しの続きです」と皇が口火を切る。


「桃眞さん」と皇の言葉に「はい」と答える。


「この鬼には、真理さんの怨霊が取り憑いています」


 その言葉に「エッ!?……」と驚く。


 廊下から覗き込んでいた真理の父親も腫れた目を見開き驚いた。



「鬼に殺された人間は、鬼になる可能性が高いのです。何故なら恐怖と痛み、苦しみに鬼の邪気が絡みつき、霊魂を腐らせてしまうからです。なので、私は、怪伐隊の隊長に真理さんのご家族や、もう一人のお友達のご家族に異変が無いか、注意していて欲しいと伝えておりました」


 そう言いながら、五芒星の上の鬼に目を向ける皇。


「まぁ怪伐隊としても、こう言う案件の対応が難しい訳ではなく、直ぐに除霊してしまうのですが、例えば、この母親で言うと、真理さんの怨霊との絆が生まれております」


「絆ですか……」


 桃眞が言葉を繰り返した。



 皇は荒れた部屋の床から、一枚の写真立てを拾い上げた。


 そこには、真理の高校の入学式の家族写真が写っている。

「はい、母親を求める怨霊の真理さん。真理さんを求める母親。その結びつく思いが絆となり結ばれた場合、外部からの攻撃的な除霊を行うと母親の魂ごと除霊してしまう危険性があるのです。そうなると現実の母親は永遠の昏睡状態に陥ります」


 写真を化粧台の上に置くと、再び桃眞達を見ながら話しを続ける。


「別のパターンで言うと、鬼の力が強すぎたり、それこそ鬼が取り憑く相手への執着が強い場合も同様の状態になります。その場合、有効な手段が憑侵除霊(ダイブ)と言って、取り憑かれた者の精神世界に入り込み、その中で除霊するのです」


「そんな事ができるんですか」と櫻子が驚きを隠せない様子で訊ねる。


「まぁ、平安時代には無い呪法ですね。近年の技と言っておきましょうか。体に負荷を掛けずに除霊できるので大変便利な技です」



「ですが、その分、リスクも高い」と佐伯が口を開く。


「そうですね。精神世界は取り憑く鬼の世界です。何が起こるかも分かりませんし、危険性は格段に高くなるでしょう」


「だったら辞めておいたほうが……」と慎之介が及び腰で言った。


「ですが、今はこの方法が得策だと私は思います」と皇は言うと、目で飛葉と山那に合図した。



「さて。ここで授業をしている時間はありません。質問があれば全て終わった後でじっくりとお答えしましょう」


 その言葉に三人は、心の中で頷いた。



 怪伐隊が、黒いジュラルミンケースを床に置いた。

 山那がケースを開くと、黒いスマートウォッチが五つ入っている。


「これは……」と桃眞が訊ねると、飛葉が聞かれた事には答えずに、その中の一つを手渡す。


「お前のだ」


「……はい……」と言い、訳も分からずに左手首に装着した。


 続いて皇も、ケースの中からスマートウォッチを取り出し手首に付ける。


 それを見て、飛葉が驚いた。


「エッ……皇さんも飛ぶんですか……」


「はい、桃眞さんの保護者としてです」と飄々(ひょうひょう)と答える。



 飛葉と山那もスマートウォッチを装着した。



「これって何なんですか」と桃眞が皇に訊ねたが、「今は説明していられません。陰陽寮に戻れたら説明しましょう」と笑顔で質問を遮られた。



「では、侵入しましょう」


 皇がそう言うと、化粧台の椅子に腰を下ろす。

 飛葉と山那も、鬼の周りの床に胡座(あぐら)をかいた。


 意味が分からないが、桃眞もつられて床に座す。



 術を止めた佐伯が、尻ポケットの長財布を開くと、お札入れから四枚の呪符を取り出した。


「4人もダイブさせるのはカナリの重労働だ」


 そう言い、術を口ずさむと、その札をスマートウォッチを付けている四人に手渡した。



 その時、真理の父親が部屋に入るや桃眞に詰め寄る。


「お前、何をする気だ……」


 返事に困る桃眞の代わりに皇が答えた。


「彼も、これからご主人の奥様を救いに行くんです」


 すると、先ほどとは打って変わって眉間に皺をよせる父親。


「余計な事をするなッ。誰がお前の助けを借りるかッ……誰のせいでこうなったと思っている。妻も……お前なんぞに救って欲しく無い思いは俺と同じだ……」


 歯をキリキリとさせながら睨む。


 その態度に、表情が曇る桃眞が俯く。


「すいません……」



「ご主人……」と皇が声をかける。


「あの森で、子供達を襲ったのは人知の力を超越した物怪(もののけ)です。彼にはどうする事も出来ませんでした。確かに危険な森に真理さんを連れて行った彼にも責任の一端はあるでしょう。ですが……だからこそ、彼は今、その償いの為に悩み苦しみ、そして命を賭して除霊に向かうのです。それに、取り憑いている真理さんの霊と心の繋がりがある彼なら、あるいは真理さんの魂を救う事ができるかも知れない。除霊でなく、浄霊ができるのです。だから私は、彼にその可能性を与えてやりたいと思っているのです」


 冷静かつ要点を捉えているその言葉に、父親が暫く黙り込む。

 そして重い口を開いた。


「必ず救え……二人共だ……。それが出来たら、真理の墓前に手を合わせる事は許そう……」


「……ありがとうございます」と顔を上げ、父親の目をみた桃眞。強い眼差しを向ける。


「絶対に、二人とも救ってきます」



「じゃあ、そろそろ飛ばすぞ。本当に時間が無くなってしまう」


 佐伯の言葉に皇が「ではお願いします」と答えた。



 佐伯も床に座ると、両手で印を結ぶ。

 そして術を唱え始めた。


心界開廷 憑侵除霊しんかいかいていひょうしんじょれい……急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう



 ……………………



 ……………………



「いつまで寝ているのですか」


 皇の声で目を覚ました桃眞。


「あれ」と目を擦りながら立ち上がる。


 そこは、今いた薄暗い部屋の中だった。

 だが、目の前には、皇と、飛葉、山那の三人だけだ。


「他の皆は……」と訊ねる桃眞に、飛葉が「外でいるさ。俺たちゃ既に侵入してるんだ。鬼の中にな」と答える。


「マジで……」


 桃眞が辺りを見回すが、何の変哲もない部屋である。



「さて、残された時間は」と黒いシャツを来た飛葉がスマートウォッチを確認する。


 一同も画面の確認を始めたので、桃眞も自分の手首に目をやった。


 すると、赤いデジタル時計の数字が忙しなく動き、『25:00:14』から、カウントダウンを始めた。


「25分か。あんまりゆっくりはしてられないな」と飛葉が言うと、「こんな所、1分でも早く出たい」と山那が言った。



「皇さん。この表示されてる時間はなんですか」


「簡単に言うと、その時間を過ぎれば真里さんのお母さんはもう救えなくなってしまいます」


「制限時間って事すか……」と訊ねる桃眞に「そう言う事です」と皇が答える。


 残りの時間は既に25分を過ぎている。

 桃眞は、絶対に真理と母親を救うと言う気持ちを胸に、意識を強く持った。



皇は、佐伯から渡された呪符を桃眞に見せた。


「その呪符は、大切に持っておきなさい。この世界から帰れる切符みたいなものです」


「切符ですか」と、桃眞も、渡された呪符をまじまじと眺める。


「失くしたら帰れなくなるからな」


山那が、呪符を二つに折り、ポケットに入れた。



「さてと」と言い、飛葉と山那が薄暗い部屋の中を物色し始める。


 何を探しているのか……。その事について皇に訪ねた。


「皇さん。何を探してるんですか。これからどうやって……」


 黒いウィンドブレーカーを纏う皇は、ベッドの下を覗き込みながら答えた。


心門(ポータル)を探しているのです」


「ポータル?」と聞き慣れない言葉を繰り返す。


 化粧台の引き出しを探る皇。

 リビングルームに向かう飛葉。

 山那が真理の部屋を捜索する。


「精神世界は、一つの部屋に幾つもの部屋が押し込められている様なモノなのです。その一つ一つが真理さんの母親の記憶であり思い出なのです。その何処かに母親の本体……つまり魂が居るのですが、そこに向かうには普通に扉を開けただけでは辿り着けません。ポータルと呼ばれる心の扉を開けなくては次の部屋には進めないのです」


「俺も探します。で、そのポータルって言うのはどんなモノなんですか」と、桃眞はクローゼットを物色する皇に訊ねる。


「ポータルは、部屋によって様々です。大抵は思いが詰まったモノです」


「思いが詰まったモノねぇ……」


 桃眞がそう呟いた時、黒いジャージの肩に一滴の雫が落ちてきた。



「水……」と訝しげに天井を見た桃眞はその光景に絶叫した。


「うッ、うわぁぁッ……」


 天井から飛び出る無数の白い顔……。

 よく見ると、全てが真理の母親の顔だった。


 目には血が溜まり、ポタポタと垂れている。……すすり泣く声と共に。

 苦悶の表情は、悲しみなのか痛みなのか、苦しみなのか。全ての感情とも取れる。


 全ての顔、無数の目から血の涙が溢れ、雨の様に滴り落ちる。



「もうバレたのか」と山那が戻ってきた。



 桃眞は慌てて玄関から外に出たが、そこは目を疑う世界だった。


 真っ赤に染まる住宅街が見えるが、油絵が溶けたかの様に滲み、変形している。

 そして、黒い雨が下から空へと降っていた。


 その混沌とした世界に目を奪われていると、トロける街が次第に巨大な真理の母親の顔へと変わる。

 山程の大きさの真っ赤な顔が。目の前に幾つも現れては、すすり泣き大量の血の涙を流す。

 その涙は濁流のように大地を満たし、桃眞達がいるマンションの上層階を目指し、かさを増してゆく。


 この世の終わりとも取れるその光景に言葉を失っていると、桃眞の腕を飛葉が掴み、家へと連れ込んだ。



「何やってる。急げ。この家の中で、殺された女の子とその母親を繋ぐモノはあるか?」


 気を取り戻した桃眞は、小刻みに頷くと、真理の部屋へと向かった。

 廊下は既に血の池の様になっていた。



 真理の部屋へと向かい、クローゼットの中の服を掻き分ける。


 すると『アルバム』と書かれたダンボール箱を見つけた。

 桃眞は、そのダンボール箱を取り出し、ベッドの上に置いた。



 その時、血の濁流が玄関のドアを突き破り家の中に流れ込んで来た。

 一瞬で、桃眞達の膝までが浸かる。


「おい、ヤバイぞ」山那がそう言った。



 真理の部屋の天井、壁から無数の顔が現れる。

 そしてすすり泣き、血の涙を流す。



 ダンボールのガムテープを剥がす桃眞。


 その周りに集まる皇、飛葉、山那。

 もう血の濁流は腰まで来ている。


 ダンボールが血に浮き始めた。



「おい、急げッ」


 飛葉がそう言った時、桃眞がダンボールの蓋を開けた。



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