第11話「成春の狂気。そして迫り来る傷跡」その2
何事かと振り返る桃眞。
その足音は、皇の部屋の前まで来ると戸をノックした。
「怪伐隊の佐伯 康真です」
その声を聞き「どうぞ」と皇が返事をした。
格子戸を開いた先に、カジュアルな服装の男が片膝を廊下に付いていた。
白いシャツの上にモスグリーンのジャケット。黒いジーンズ。
その姿はこの陰陽寮では見慣れない姿だった。
「村雨先生からの伝言です。気に掛けられていた対象が取り憑かれたとの事です」
「やはりそうですか。どなたか既に向かわれたのですか」と皇が落ち着いた口調で訊ねると、「いえ、怪伐隊本隊は擬態肌鬼の討伐に向かっております。私と、隊員2名の計3名で本案件を遂行しろとの命令が先ほど出た所です」と佐伯が答えた。
「分かりました。では、私とここにいる阿形 桃眞さんも同行させて頂きます」と皇が言い出した。
その言葉に驚く佐伯。
「皇様がですか……? 相手は、低級の怨霊です。我々だけでも除霊は容易いかと。それに、まだ経験もない学生を現場に連れて行ったと言う事が、村雨先生の耳に入ったらただでは済みません」
「私から村雨さんには上手に伝えておきましょう。それで良いですか?」
佐伯は、少し考えたあと、腹を括ったのか「はい」と答えた。
「では、10分後に、玄関に集合しましょう。佐伯さんは、憑侵除霊の準備をお願いします」
立ち上がる皇に、佐伯がまたも驚いた様子で訊ねる。
「ダイブですか? いえ、今回の相手はそんな事をせずとも除霊を行いたいと思っております」と答える。
皇は、烏帽子を取り、狩衣を脱ぎ始める。
白く細い上半身が顕になった。
程よくついた胸筋の上に、しっかりと浮き出た鎖骨が色気を醸し出す。
「佐伯さん。怪伐隊の意義は何ですか?」と皇が優しく問う。
「はい……除霊が最善とは思う事勿れ。常に浄霊を意識し、陰陽の理を持って邪を制さん」
「そう言う事です」と皇が笑顔で言った。
「ですがッ……」と言う佐伯に、皇は桃眞を見ながら「今回の件、間違いなくダイブが最適だと私は思います。そして、その浄霊の鍵はこの桃眞さんが握っておられるでしょう」と告げた。
さっきから二人のやり取りを目で追っていた桃眞が、自分の顔に人差指を向けながら「お、俺ですか」と問う。
皇は、薄手の黒いウインドブレーカーを白いシャツの上から羽織った。
「詳しい事は後で説明をしましょう。では、桃眞さんも早くこの部屋から出て、外行きの服に着替えてきて下さい」
「え、着替えるんですか」と驚く様子の桃眞に、「はい。そんな格好で外界をうろついている方が目立つでしょ」と皇が言う。
戸惑う桃眞を他所に「さぁ、時間がありませんよ。それにそろそろ下を履き替えたいのですが、桃眞さんはそっち系の趣味がおありで?」と訊ねる。
「いや、そんな趣味はないっすよ」と、桃眞は立ち上がり、男子寮へと走って行った。
豪雨の中、桃眞が回廊を走り、男子寮を目指していると、狩衣姿の慎之介と櫻子が目に入った。
慌てた様子の桃眞に気付き、声を掛ける櫻子。
「桃眞ぁ、どうしたの」
「今から、皇さんと怪伐隊の仕事に一緒に行くことになったんだよ」と、歩みを止めて説明する。
「え、マジで!! 面白そう。アタシも行くッ」と言う櫻子に「エッ、辞めとけよ。俺ら学生が怪伐隊の案件に関われる訳ないだろ」と慎之介が冷静に諭した。
「じゃあ桃眞は何で一緒に行けるのよ」
「さ、さぁ……。てか、遊びに行く訳じゃないだろ。それに、誰の許しを得て外に出るつもりだ」と慎之介が行った途端、二人の背後から「私が許可しましょうか」と、ヌッと現れたカジュアルな服装の皇が声を掛ける。
突然現れた皇にビックリする二人。
「もう着替えたんですかッ」と桃眞が言う。
「あと、5分後に玄関に集合ですよ。2人共外界用の服に着替えて来なさい」
その言葉に櫻子が「良いんですか?」と目を輝かせる。
「ちょ、俺は別に行きたくないんだけど……」
慎之介が、予期せぬ展開に後ずさりする。
皇は、一拍手を叩くと「はいッ。急いだッ。時間がないですよ」と三人の尻を叩く。
その言葉を合図に、櫻子が女子寮に向かって走りだし、桃眞は、嫌がる慎之介の腕を引っ張り男子寮へと向かった。
5分後……。
陰陽寮の玄関に集合した一同。
皇、桃眞と慎之介、櫻子。
桃眞は、陰陽寮に来た時の黒いジャージ姿。慎之介は、カーキ色の薄いベストにグリーンのシャツ。ダメージ加工のジーンズ姿。
櫻子は、ガーリーなレースワンピースの上にライダースジャケットを羽織っている。その手には黒い花柄ポーチ。
慎之介は、櫻子のファッションを見て「ちょ、おま……遊びに行く訳じゃないんだぞ」と注意する。
「イイじゃん別に。外は久しぶりなんだし」と口を尖らせる。
「それに、そのポーチはなんだ」と慎之介が指摘すると、櫻子はポーチの中から呪符を取り出した。
「ぬかりはない」とキメ顔を作る櫻子。
すると、そこに、傷だらけの黒いワンボックスカーが泥水を掻き分けて現れた。
車種のエンブレムは陰陽の太極図のレリーフ。背面のトランクのドアには丸の中に『妖』と白いマークがプリントされていた。
その車に、櫻子が「うわぁッ、ダッさ」と広角が引きつる。
「こ、これに乗るんですか……」と慎之介の嫌そうな言葉。
助手席の窓が開くと、怪伐隊の飛葉 弘大が顔を出した。運転席には佐伯。後部座席に隊員がもう一名。
飛葉が「あれ、その学生は……」と訊ねると、皇が「彼らも同行します」と答える。
「いや、しかし、この車は6人乗りです。これでは1人多い」と飛葉が言うと、慎之介が「だったら俺は残ります」と満面の笑みで勢い良く辞退した。
「いえ、では、慎之介さんは、桃眞さんの膝の上に座りなさい」と皇がサラッと口にする。
「マジでッ!?」と、桃眞と慎之介の嫌そうな声が被った。
思わず吹き出した櫻子。
嫌がる二人を押し込むと、車が勢いよく発進した。
フロントガラスを激しく叩きつける雨粒を、ワイパーが忙しなく左右に掻き分ける。そして、車は陰陽寮へと続く朱色の鳥居の間を下った。
「ちょ、慎之介重いよ。足が痛ぇ……」
「うるせー。何で先輩の俺がお前の膝の上なんだよッ」
「だったら、入れ替わるか?」
「……クッ。それも嫌だッ……」
二人の横で、櫻子が窓の外を涼しい顔で眺める。
「賑やかで良いですねぇ」と中央の席で微笑む皇が、後部座席に目をやった。
陰陽道で酉の刻。
二十一時頃。
車が、マンションの屋内駐車場に停車した。
ドアが開き、勢い良く飛び出す桃眞と慎之介。それに続き一同が下車する。
「あれ……ここは」と桃眞が首を傾げる。
「見覚えがありますね」と皇が桃眞に訊ねると「……はい。真理の住んでたマンションです」と答える。
「真理って誰……」と訊ねる櫻子。
「前に話したろ。鬼に殺された俺のクラスメイトだ」
不意に、桃眞の足元に現れた犬神。
「あら、この子も付いて来たんだ」
櫻子がそう言うと、犬神はじっと睨む。そして、また、フッと消えた。
「なんか、怒ってない……」
「たぶん、この子って言ったからだろ」と桃眞は自分の足元を見ながら言った。
すると、皇が今回の案件について説明を始めた。
「昨晩の深夜……つまり今日の午前1時頃。桃眞さんのお友達の母親が鬼に取り憑かれました。鬼と言っても怨霊です」
「エッ……そんな……」と桃眞が驚く。
「更に詳しい事は、鬼を見てから話しましょう」
佐伯と飛葉、坊主頭の山那 禅が、トランクを開けると陰陽師が使う呪符や、呪物。呪具などがギッシリと入っている。
呪術文字が刻まれた刀や、呪符が巻かれた拳銃。
それらを初めて見た慎之介のテンションが急上昇した。
「これは……怪伐隊の仕事道具をお目にかかれるとわ……すごい……」と目を輝かせる。
桃眞は、拳銃を見ながら「皇さん。これってもしかして、鬼を倒せる銃とか言うんですか」と訊ねると、「そうです。呪符を巻くことで対魔の効力を与える事ができるのです。ちなみに弾丸は霊にも効果がある岩塩を削って造られています」と答える。
「じゃあ、呪符を巻けば何でも対魔の力が付くんでしょうか」と櫻子が質問した。
「そうですね。術者がどんな呪を込めるのか、その者の法力によっても効果はまちまちですが、まぁ、そんな所です」
「じゃあ、この刀も……」と慎之介が、術の文字が刻まれた刀を指差した。
「それは、水晶を研磨して造られた刀です。物質を斬るのには脆いですが、鬼を斬る際の切れ味は中々のものです。と、話はここまでにしておきましょう」
皇はそう言うと、駐車場から館内に入る扉に向かった。
怪伐隊も、大きな布袋に道具を詰めると、後に続いた。
館内への扉は鍵が掛かっていた。
だが、陰陽師にとっては、そんな事が弊害になるはずがない。
皇が指で手刀を作ると唇に当て、術を口ずさむ。そして、鍵の差し込み口に指を当てると、カチャリと開錠された。
「おう、陰陽師って泥棒もできるな」と桃眞が感心した。
「するの?」と櫻子が聞くと、「いや、しないけど……」と答える。
一同がエレベーターに乗り込み、十一階に向かう。
廊下を出ると、重い空気が漂っていた。
「空気が重い」と櫻子が異変に気付く。
「霊気ですね……」と皇が言った。
真理の住んでいた部屋の前に一同が到着する。
神妙な面持ちの桃眞。
桃眞は、警察署の廊下で真理の遺体安置室から出てきた両親に、痛烈な言葉を突きつけられていた。
その時の言葉が脳裏に蘇る。
――「どうして、真理が死んで貴方が生き残ってるの」
――「お前が、真理を殺したも同然なんだッ」
――「お前を絶対に許さない。一生恨んでやる」
公衆の面前で桃眞を恨み叫んだ相手が、今、桃眞が現れた時、どうなるのか。
拒絶されるのか。
そんな不安が桃眞の心中を支配する。
心の整理が付かないまま、佐伯がインターフォンを押した。
ピンポーン…………ピンポーン…………
……返事がない。
人の気配を感じ取ったのか。佐伯がドアの隙間に顔を近づけた。
「奥様の事でお困りの事が御座いませんか。例えば……何かに取り憑かれているとか……」
一同が、息を殺して部屋の中からの返事に耳を傾ける。
佐伯は、心の中でのカウントダウンが終了したのか、開錠の術を施そうと指で手刀を作る。
すると、ガチャリと、中から鍵が開いた。
まぁ、よく使われる設定だけど、対魔の拳銃には岩塩の弾が入っています。
幽霊は塩が弱点だからね。
あ、ちなみに、スキンウォーカーは、触った相手に擬態する妖怪なんやけど、またいつか出てくるかなー。
かなりの強敵かも知れませんね。




