第1話「黒き鬼・奪われた日常」その2
続いて、何かがが割れる音、破壊されている音……。
直後に、両親の悲鳴!!
イヌヒコの鳴き声が続く。
「母さんッ!? 父さん……。なんで……嘘だろ……アイツ、どこかに行ったんじゃないのかよ……」と言いながら階段を下りる。
真っ暗なリビングルームの扉を恐る恐る開けると、ベランダへの窓が粉々になり室内が荒らされた状態。
泥棒が入った様な、無造作に何かを物色した事による荒れ方ではない。
ただ、ソレが通過した道筋がハッキリと分かるような荒れ方をしていたのだ。
その道筋の先に視線を向ける。
両親の寝室だ。
木製の引き戸が真っ二つに割れ、その先に母親の上に覆いかぶさるかの様に父親が倒れ込み、背中に鉤爪が突き刺さっていた。
恐らく、母親にまで貫通してるだろう。
「………………」
目を疑う光景に、言葉すら出ない。
そして、次は自分の番であると悟る。
腰の力が抜け、フローリングの床に座り込んだ。
――動けない。声も出ない。
これが、本当の恐怖。
死を覚悟した人間の反応なのだろうか?
窓から差し込む月の光が、"その存在"の姿を照らし出す。
肌は漆黒、人型ではあるが異形でもある。 ――"異形の存在"だ。
異常に細長い手足、大きくはあるが薄っぺらい胴体。
体のあちこちが爛れており赤黒い、そして何よりも恐ろしいのは、その顔である。
凹凸の無い黒い顔に、鼻や口、耳が無い。
緑色に光る眼が、三つ……いや五つ。
増えたり減ったりしながら、その顔面を這いずり回る。
もはや、それは"化け物"と呼ぶべきだろう。
そして、不気味な程の静けさと、狂人が放つ殺気が垣間見えるのだ。
その矛盾が更に桃眞の中の恐怖心を駆り立てているのは間違いない。
ゆっくりと歩み寄る化け物……。 後退りする桃眞。
そこに、イヌヒコが現れると桃眞の前に立ち、化け物に向かって唸りながら威嚇する。どうやら外に繋いでいたリードが、割れた窓ガラスの破片に引っ掛かり切れていたようだ。
「やめろッ……イヌヒコ。逃げろッ……殺されるぞッ……」と、涙を浮かべながら訴える。
イヌヒコを殺そうと鉤爪を構える化け物。
その時、外を走っていた車のライトがベランダから差し込み、首飾りの鏡に反射した。
一瞬、目が眩んだのか? 化け物の注意が逸れた。
その隙に桃眞は、イヌヒコを抱き抱え立ち上がる。
背中を向けずに後退り、庭へと出る。
母親が育てていた深紅の薔薇が、庭先で美しく咲き誇っているが、今の桃眞には真っ赤な血しか連想できない。
自分は、ここで死ぬんだと覚悟した。
化け物の後ろで、重なり横たわる両親の姿を目の当たりにし、真理と翔太の殺された姿が脳裏に蘇る。
何故か楽しかった記憶……両親や友達、みんなの笑顔を思い出す。
桃眞にとっては、全てが幸せな日常だった。
大切で掛け替えのない存在。その全てが、目の前の化け物によって葬られていく。
桃眞は、消えそうな程に弱弱しい声を振り絞って訴えかけた。
「どうして俺から大切なモノを奪うんだよ……。何が狙いなんだよ。何で……どうしてだよ。殺すなら俺だけ殺せよッ」と次第に怒声に変わる。
桃眞の中で何かが吹っ切れた。
――自分はもう助からない。
そう言う諦めからくる強がりなのかも知れない。
どうせ殺されてしまうのなら、勇ましく吠えて終わらせたいと思ったのだ。
それが、今の桃眞に出来る最後の抵抗だった。
「来いよ、さっさと殺せよッ」と必死で訴えかける。
化け物が、リビングルームから庭に出てきた。
一歩距離を縮めた時、その動きが止まった……。
複数の緑の眼が、咲き誇る薔薇へと注がれる。
その薔薇に一体何があると言うのだろうか? じっとして動かない。
その時。
突如として化け物から金切り声と呻き声が同時に発せられた。
どうやら苦しんでるようだ。
一体何が起こったと言うのだろうか?
イヌヒコを抱えながら地面にへたり込んだ桃眞の周りを、数人の"人"が取り囲んでいる事に気付く。
白い外灯の光に照らされるその者達の姿は、まるで神社の神主の様な、ゆったりとした黒い服を纏っていた。
数人の頭の上には、黒く背の高い帽子。
桃眞にとっては初めて見る出で立ちであった。
見上げる桃眞の視線の先には、屋根の上から見下ろす者。
リビングルームの中にも一人。
庭に二人。
その中の一人が口を開いた。
「君、大丈夫か。良く無事であったな」
予期せぬ事態の連続に、またも声が出ない桃眞。
続いて別の声が聞こえた。
「森で見つけた遺体はどうしますか?」
「後は警察の仕事だ。我々は"怪異"に繋がるモノだけを除去で良いだろう。それよりも、まずはこの”鬼"を退治する」と言うと、男は桃眞の前で苦しむ化け物を睨んだ。
男が指先でくるりと宙に小さな円を描き、その中に手を入れると、蒼白い刀身が姿を現す。
その光景も、桃眞の理解の域を超えていた。無理やり例えるならテレビで見た"イリュージョン”だ。
男は、大きな袖から一枚の長方形の紙を取り出すと、その刀身を撫でる。
そして、何か呪文の様な言葉を口ずさむと、男は化け物の元へと踏み込み、首元から斜めに斬り付けた。
今度は、鼓膜を劈くような悲鳴を上げる化け物。
首元から反対の脇腹まで斬り込まれ、辛うじて繋がってはいるが、致命傷である事には違いないと桃眞は思った。
勝利も目前と言った状況の中、一瞬の危険を感じたのか、男が後方へ飛び避ける。
と同時に、傍にいた別の男が桃眞の肩を掴み上げ、庭の隅へと移動させた。
何が起きるのだろうか?
そう思った直後だった。
化け物の分断された切り口から二本の腕が生えた。
計四本の腕から伸びる鉤爪が、一心不乱に振り回される。
その時、桃眞の目には火の粉が見えた。
化け物の周りに目に見えないドーム型の壁があるのだろうか?
鉤爪が何かに擦れる度に、連続して飛び散る火の粉が描くその形は、間違いなくドーム型の何かである。
「結界だよ」と傍にいた男は言った。
「け、結界?」
「見えなくても仕方は無い。俺達には、蒼白い五芒星とそれを囲む円陣が地面に描かれている」
そう言うと、男は「ホラ」と言って桃眞の目に向かって指先を伸ばす。
術を唱える……が、何も起こらない。
「え……っと……」と何を反応して良いのか戸惑う桃眞に、男は「あれ? 見えない?」と訊ねる。
「はい。何も……」
「オカシイなぁ。術間違えたかな」
確かに男の目には、蒼白い結界と地面に浮かび上がる円陣が見える。
そして、ハチの巣の断面のような模様のドームが化け物を囲み、その中で振り回される鉤爪が火花を発生させていた。
その火花だけは桃眞にも視認する事ができた。
「あっ、何か火花が……」
「火花は流石に見えるか。今、目の前の鬼が振り回してる鉤爪が、結界を内側から引っ掻いてるのさ。だが、寺沢隊長の結界は最強さ。どんな鬼だって破れない」
刀を構える男の頭上。
屋根の上にいた男が、異変に気付き言葉を発した。
「隊長ッ。マズイっすよ。結界が破られそうです」
「馬鹿な……」と言う男の前で、結界の表面に発生したヒビが増えてゆく。
桃眞の傍にいた男が口を開く。
「嘘だろッ!? 隊長の結界を破ると言うのか……」
「俺も加勢しますッ!!」と、屋根の上の男が庭に飛び降りる。
リビングに居た男も庭に降りる。そして結界を囲んだ。
結界の中で暴れ回る化け物の腕が更に増えた。
また増える……。まだまだ増える。
結界の表面のヒビが全体に広がった。
加勢した男達が両手の指を胸の前で絡め印を結ぶ。
術を唱えると、蒼白いドーム型の結界の上から、一膜、二膜と同じ形の結界が被さった。
隊長と呼ばれている男も胸の前で印を結び「このまま奴を潰すぞ」と二人の男達に指示をする。
三人が指先に念を込め意識を集中……。
すると、目の前の結界が中心に向かって収縮を始めた。
化け物を押し潰し、圧殺しようとしてるのだろう。
蠢く黒い塊を包み込む結界が宙に浮き、サッカーボール程の大きさへとなった。
内側から反発するであろう力に抗うかの如く、力む三人の顔が紅潮する。
震える指先。
内外の激しい力のせめぎ合いに、丸い結界が赤みを帯びてゆく。
次第に呻き声をあげる三人。
そして、一瞬の静寂……。
次の瞬間。
木端微塵に砕け散った結界。
勢いよく飛び出た無数の鉤爪が、化け物を囲んでいた男達の腹を突き破った。
如何でしたでしょうか?
一夜にして絶望を味わった桃眞。
助けに現れた集団の正体とは?
そして、黒い化け物を倒す事ができるのでしょうか?
もし宜しければ、これからも桃眞と、桃眞が出会う仲間達の応援をお願い出来ませんか?
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今後とも鬼喰いの浄鬼師をよろしくお願い致します。




