第10話「鬼喰いの一族」その1
慎之介の笑い声が食堂に響く。
「漣樹のヤツ。ザマァねぇよな。お前をビビらせるつもりが、逆にビビらされるとわ。実に痛快だったぜ」
そう言いながら、エビのフリッターを口に放り込んだ。
向かい側に座り食事を取る桃眞と櫻子。
三人ともに、倶楽部からそのまま食堂に来ていた。
狩衣姿だが、烏帽子は外し、食卓に立てている。
ミートボールと白米を口に入れると、モシャモシャと咀嚼しながら「んん。オヒェだっへよ。まさかイヌュグァミがでへ来るなんて、オモワニァかっはほ」と桃眞が喋る。
「ちゃんと飲み込んでから喋りなよ」と櫻子が注意し、焼き鮭を口に運ぶ。
桃眞は口の中のモノを飲み込んでから改めて話した。
「俺だって、まさか犬神が出てくるなんて思わなかったよ」
そう言った時、漣樹と仲間達が、狩衣姿で夕食を取るために食堂にやってきた。
入口から、桃眞を見つけるなり、瞬きすらせず、ずっと睨み続ける。
「おい」と仲間が漣樹を注意しようが視線を逸らさない。
「アイツ、更にお前の事、目の敵にしてるよな」と慎之介が桃眞に言った。
不快感を顕にした桃眞は「えぇ、マジで勘弁なんですけど」と答える。
漣樹はずっと桃眞を睨みながら、トレーを取り皿を乗せると、長いテーブルに並べられたメニューを無造作にトングで掴む。
掴み上げられた唐揚げが、皿に乗らずに床に落ちる。
パスタがトレーに溢れる。
サラダが何とか皿に乗り、その上に、白米が落ちる。そして、その上に味噌汁が掛けられる。
無理もない。ずっと桃眞から目を離していないのだから……。
そのトレーの上に汚く盛られた食材に、櫻子が嗚咽した。
「汚な……」
漣樹は、まだ目を離さず桃眞に近づいていくる。
その間もずっと瞬きをしていない。
慎之介が「おい、お前。告られるんじゃないか」と真顔で茶化す。
「笑えない」
近づいてくると、漣樹の目が血走っている。
「来るよ、来るよッ。告白か!?」とニヤつく櫻子。
「テメェ、絶対に入部しろよ」と今にも掴み掛ろうとする程の勢いで、漣樹が桃眞に声を掛ける。
「分かってるよ」
「次こそはぶち殺してやるからな」
「その言葉、そっくりそのままお前に返すよ」
「俺が持つ全ての式神を使って、お前を木っ端微塵にしてやるよ」
「おー怖いね」と桃眞は嘲笑する。
「良いか。今度こそ、お前に安らかな死を与えてやる」
そう言った漣樹に、仲間の一人が「おい、漣樹。安らかだと良い人になるぞ……」と指摘した。
吹き出す櫻子。
慎之介の眼鏡がズレ落ちた。
言葉の間違いに気付いた漣樹は、顔を真っ赤にしながら狼狽し、「うるせッ、ボケがッ」と言い放ち、遠くの席へと逃げるように向かった。
暫くすると「何じゃコレはッ」と漣樹が叫ぶ声が聞こえた。
周りの食卓の生徒がビックリして漣樹の方に目を向ける。
恐らく、トレーの上の惨状に絶叫したのだろう。
「それにしても、やっぱ浩美さん。最強だよな」と慎之介が言った。
その言葉に続き、櫻子が一拍手を叩いた。
「パンッ。これだけで二人の式神を消しちゃうんだもん。って、犬神は元の大きさに戻ったけどさ」
そう。
あの後……。漣樹の式神である大蛇と、犬神が互いに噛み付こうとした時、遅れて現れた部活顧問の皇が現れ、手を叩いただけで、式神バトルを終結させたのだ。
「間違いなく、生徒全員で束になっても浩美さんには勝てないぜ」と慎之介は言った後に、湯呑に口を付けた。
それを聞いた桃眞は「怪伐隊と皇さん。どっちが強いんだろ」と疑問を口にする。
「さぁな。浩美さんが本気になったとこなんて見たことないしな」と慎之介は答えた。
桃眞がふと視線に気づくと、慎之介の後ろのテーブルから、不織布マスクを付けたショートヘアーの女の子と目があった。
女の子は、桃眞に気付かれると顔を赤らめて、慌てるように席を立ち、トレーを返却口に返した。そして、食堂を後にする。
その光景に「なんだ……?」と桃眞は呟いた。
「そう言えば、お前、俺達に聞いて欲しい事があるとか言ってなかったか」と慎之介が訊ねる。
「珍しいな。お前から聞いてくれるのか」と桃眞が返すと、「まぁな。今日は良いモノが見れたし機嫌が良いんだ」と答えた。
桃眞は、漏刻の間で起きた事。
平安時代に迷い込んだ事。
安倍晴明との出会い。
真秀と言う少女を救った事。
犬神の事。
そして、鬼喰いの力。首飾りの事を二人に話した。
黙って聞いていた慎之介が、神妙な面持ちで口を開く。
「情報量が多すぎてついて行けない」
「それって全部ホントの事?」と櫻子が訊ねる。
「二人共、犬神が見えただろ。それにさ」と良い、桃眞は、首飾りを外す。
その途端に、桃眞が仰天した。
食堂内に多種多様な式神が居たのだ。
宙に浮く異形の鳥。床を這う手足がある蛇。首の無い落ち武者。腕が四本ある半裸の女。その他にも、人に見えるが足が浮いている者達。
桃眞の慌てる様子を見て、慎之介が頷いた。
「確かに、首飾りを外した途端に法力が感じられたし、そのリアクションは式神が見えてるようだ」
「てかさ、陰陽寮ってホントはこんななの」と桃眞が訊ねる。
櫻子は平然とした態度で「まぁね。皆、身の回りの世話をさせたり、それこそ法力アップの為に召喚し続けたりとか。話し相手になったりと。色々よ」と答える。
「そうなんだ……」と、桃眞は苦笑いをしながら、物珍しそうに辺りを見回した。
慎之介の提案で、三人は図書寮へ向かうために、食堂を出た。
鬼喰いの力や、鏡の首飾りの事を調べる為だ。
それぞれが烏帽子を小脇に抱え、玄関へと出てきた。
「ちょっと待って」と桃眞は二人を制止すると、玄関から外に出てイヌヒコの下へ向かった。
地面に打たれた楔にリードを結ばれ、板で犬小屋が制作されている。
イヌヒコは桃眞を見つけるなり、尻尾を千切れんばかりに振り近づく。
「よしよし」と言う桃眞に抱きつき、頬をペロペロと舐めるイヌヒコ。
懐から取り出したパンをちぎってイヌヒコに与える。
その姿をほっこりとした表情で眺める櫻子の横で、慎之介が「誰が犬小屋なんて作ったんだ」と呟く。
「アタシだよ」と食堂の裏口からタバコを加えた壇が現れた。
ライターでタバコの穂先を炙り、三人に近づく。
「どこかの誰かさんが、大切な飼い犬を何日も放ったらかしだからさ。誰が見るってアタシしかいないだろうさね」
不機嫌そうに言う壇に、桃眞は「す、すんません。ありがとうございます」と礼を言った。
「また、そんなパンなんてあげてさ。後でちゃんとイヌヒコのご飯を用意してあるから、ソレはしまっておきな」
そう言いながら、壇はイヌヒコの頭を撫でる。
「壇さん」
「聖子さん」と、慎之介と櫻子が交互に名前を呼んだ。
すると、眉間に皺を寄せた壇がすかさず口を挟んだ。
「アンタ達。繋げて呼ぶんじゃないよ。張っ倒すよ。どちらかで呼びな」
その時、桃眞は無神経にも言ってはいけない言葉を口にした。
「壇 聖子だろ。別にイイじゃん。男でも女でも」
その刹那、桃眞の頬を出刃包丁が掠め、地面をかち割る。
ーーザンッ!!
と音が響いた。
イヌヒコが慌てて犬小屋に隠れる。
「ひぇッ」と怯える桃眞。
「どっから出たの。その出刃包丁……」と青ざめる櫻子が言った。
「あたしゃ鬼より怖いと覚えておきな。次は無いよ……タマ取るからね」と白目を向く壇に、桃眞は無言で何度も頷き、股間を抑えた。
「そっちのタマじゃないよッ」と壇が一喝する。
櫻子がイヌヒコの頭を撫でていると、厨房から壇が戻ってきた。
その手にはイヌヒコ用のご飯が皿に盛られている。
「この子。これが一番食いつきが良いのさ」とイヌヒコの前に皿を置いた。
するとイヌヒコは一心不乱にご飯を食べ始めた。
「砕いたササミと、おから。人参やカボチャを細かくして混ぜてるのさ」と自慢気に言い、イヌヒコに優しい眼差しを送る。
その美しい横顔を見た櫻子がふと疑問を投げかけた。
「壇さん。不躾な質問をしてもいいですか」
「なにさね」
「檀さんてご結婚はされているんですか」
その言葉に、壇の眉が釣り上がる。
「確かに不躾だねぇ」
「ご、ごめんなさい。だって、壇さんお綺麗なので……でも、毎日遅くまで食堂に居ますし。休みなんて無いじゃないですか」
「アンタみたいな若い子に、綺麗と言われても嬉しくないね。皮肉かいね」と、斜に構える壇。
「そんな事はないですよ」と胸の前で両手を振り否定する櫻子。
壇は、次のタバコに火をつけて、大きく深呼吸をした。口から紫煙が立ち上る。
「見りゃわかるだろ。独身さ」と答える。
すると慎之介が「絶対に勿体無いですよ。壇さん普通にモテると思いますよ」と近づく。
「何さね、アンタ達。今度はご機嫌取りかい。三十五にもなって売れ残ってるアタシがモテると思うのかね」
「まぁ、喋り方は五十超えてるけどな」とまたも無神経な言葉を繰り出した桃眞。
その瞬間、櫻子の右ストレートと、慎之介のローキックが桃眞に突き刺さった。
「ぐはぁ……。何だよお前ら」と、頭と尻を摩る。
「全く、デリカシーが無いんだからッ」と櫻子が叱咤した。
恐らく、二人の体罰がなければ、桃眞の『タマ』は取られていたかも知れない。




