第9話「放課後の式神ファイト倶楽部」その2
その瞬間、視界が乱れる。
そして、自分の体の中心に引き込まれる衝撃。体の内部と外部がひっくり返るかの様な感覚に襲われた。
それらが一瞬にして起こり、ほんの一秒か二秒後には、景色が変わっていた。
晴天を横切るカモメ。白く輝く雲。
大きく広げられ風を受けるマストと帆。
ワックスが染み込んだ板の床。
目が回りながらも立ち上がる桃眞。
そこは、大きな海賊船のようだった。
船の外は何もない綺麗な海。波も穏やかだ。
皆が歓声を上げている……。
頭を押さえ振り返ると、赤い何かが桃眞の頬を掠めた。
慌てて後ろに下がり、その正体を見た時、桃眞は絶句した。
大きな赤いカマキリがそこに居たのだ。
桃眞の身長の倍はあろうか……。
その横で、両手で印を結ぶ慎之介。
そして、甲板の向こう側には、青い毛が逆立つゴリラ。
両手で印を結んでるのは、三年生の横谷 俊。
桃眞は、甲板の端にいる生徒達の元に向かうと、櫻子に声を掛けた。
「櫻子ッ、コレ何ッ」
「何って式神よ」
「これが式神ッ!?」
ゴリラが甲板を走り、飛び上がる。
マストにしがみ付くと、タイミングを見計らい、カマキリの頭上に飛び掛かる。
「上だッ」
慎之介が叫ぶと、カマキリは上を見上げ、大きな鎌を振りかぶる。
飛び降りる加速度を乗せたゴリラの渾身のパンチは、カマキリの鎌を打ち砕いた。そのまま、カマキリの体を甲板に沈みこませた。
絶命したカマキリの体は、人形の紙となり、凹んだ床の中心でボロボロになっていた。
額に汗が滲む慎之介が「クソッ、参りました」と負けを認める。
横谷が印を解くと、ゴリラも人形に戻る。
お互いが一礼し、生徒達の元に戻った。
「す、すげーな」と驚く桃眞を見て、「あれ、アンタ式神が見えてんの」と声を掛ける櫻子。
「そ、そうなんだよ、だからコレの事を言いくてさ。櫻子にも後で……」
「じゃあ、次は雉宮と、狩麻姉妹」と漣樹が次の対戦ペアを告げる。
その言葉に違和感を覚える。
「姉妹?」
すると、櫻子と入れ違いで返ってきた慎之介が口を開いた。
「アイツらは双子でな。いっつも一緒なんだ」
「そんなの有りなの……」
そう言い、自分の足元をみると、犬神が座っている。
「お前が犬神……」と桃眞が言ったが、犬神は振り返る事もなく、ただ鎮座している。
白に桜の柄をあしらった狩衣を纏う櫻子。
対面に立った狩麻姉妹。
二人とも瓜二つの姿だ。
小さなドクロのイラストの刺繍が散りばめられた紫色の狩衣。目玉のアクセサリーが付いた烏帽子の下からは、胸元まで伸びる黒黒としたストレートヘアー。
違う所があるとすれば一人は、ピンクのアイシャドー。一人は緑のアイシャドー。
透き通るような白い肌と、妖艶な眼差し。
「独特なファッションセンスだなぁ」と妙に感心する桃眞。
「どっちかが、汐恩、どっちかが魅恩だ」と説明する慎之介。
漣樹が再び術を唱えると、瞬時に景色が変わった。
闇夜。
一同が立っているのは、大きな朱色の木製橋。
聳え立つ、和風の城の石垣から、対岸に渡る橋である。
等間隔に灯された灯篭の灯りが煌々と輝いていた。
汐恩と魅恩が交互に会話を始めた。
「ねぇ、汐恩」
「何、魅恩」
「どれでいく?」
「何を出す?」
「グロいの?」
「怖いの?」
「んー」
「んー」
「怖くてグロいの!」
「うんッ、怖くてグロいの!」
そう言うと、一人が懐から人形を取り出し、もう一人が両手で印を結び念を送る。
そっと、人形を宙に投げる。
ゆらゆらと宙を舞い、橋の上に落ちた途端。そこから、般若の仮面を被った白い装束の女が現れた。
血塗れの装束のあちこちに、無数の釘が体に刺さっている。
痛みに苦しんでいるのか、低い呻き声をあげて体をよじる。
その手に握られた鉈……。血がこびり付き、錆ている。
それを目の当たりにしていた生徒達が、ゾッとし、後退りした。
「さすが、女子寮ナンバーワンッ」と、櫻子は狩麻姉妹の法力を称えると、懐から人形を取り出す。
足元に置くと、両手を結び念を送る。
そこから現れたのは、白いウサギだった。
「おい、マジかよ。あんなの無理だろ」と心配する桃眞に、「見た目に惑わされるな」と慎之介が言った。
桃眞が良く見ると、ウサギは、ゆっくりと懐から鈍く光る斧を取り出す。
ずり……ずり……
般若の血と泥に染まる足が、橋の上を擦る。
怒りと苦悶がないまぜになりながらも、無機質な感情を称える仮面。そして、また、ふと……足を前に突き出す。
ゴリ……ゴリ……
ウサギは、自分の体よりも重そうな斧を引きずりながら距離を詰める。
その刹那。
一気に振り下ろされた鉈が、床をかち割り、突き刺さった。
間一髪飛び避けたウサギが斧を振り般若の首へ斬り込む。が、斧は、首の中心で止まる。
力が足りなかったのだろうか? 首が異常に硬かったのか……。
細く不気味な手が、ウサギを掴もうとしたが、俊敏な動きを見せ、般若の女を翻弄し体を這いまわる。
その間に、何度も斧で斬り込む。
飛び散る鮮血。
悲痛な叫び声をあげる女。
「ムカつくね」
「うん、ムカつくね」と、防戦一方の状況に苛立つ狩麻姉妹。
「ヒットアンドアウェイよッ」
ウサギが正面から、般若の面を斬りかかったと同時に掴まれた。
「しまったッ」と叫ぶ櫻子。
次第に力を増す手の中で、ウサギが藻掻く。
その前で、ゆっくりと仮面が半分に割れた。
現れた素顔に一同が絶句する……。
皮膚が爛れ落ちた赤黒い顔に、口が縦に大きく裂けている。
ギョロっと飛び出た丸い瞳。
無数の唾液と血に塗れた腔内から、無数の触手のような舌が蠢いている。
そして、次の瞬間、口から触手が飛び出すと、ウサギの体に絡みつき、一気に腔内に引き込んだ。
「あ、あいつ喰ってる……」と青ざめる桃眞の前で、櫻子が地面に崩れ落ちる。
「くっそぉー」
「やったね」
「やったね」
そういい、汐恩か魅恩かが印を解くと、般若の女は人形へと戻る。
そこには、バラバラになった櫻子の人形も散らばっていた。
一同が気を取り戻すのに暫く経った。
「どうだ、阿形 桃眞。体験入部がてら俺と一勝負は」と漣樹が桃眞を煽る。
「いや、俺はいいよ。式神なんてまだ習ってないし」と両手を振って拒否した。
「なんだ、お前もソコの猿田と同じで腰抜けか? 食堂で突っかかって来た時の威勢はどうした」
その言葉にカチンと来た桃眞。
「慎之介は関係ないだろ」
「どうする。やるのか? 逃げるのか……」と桃眞の目を見ながら挑発する。
とは言っても、式神の召喚の仕方なんて習ってもいない。
返答に困っていると、「おい、猿田。阿形に教えてやれ」と漣樹が指示をする。
「いや、流石に短時間では無理だろ」と答える慎之介。
そんな答えは受け付けないと言った表情で、無言を貫く漣樹。
選択肢が他に無いと悟った慎之介は、桃眞を連れて、橋の対岸へと移動した。
「式神の原理や説明をしている時間はない。ただ、式神の召喚の仕方だけを教える」
そう言うと、慎之介は懐から人形を取り出すと、桃眞に手渡した。
そして、式神召喚のレクチャーを始めた。
その間に、漣樹が再び場所を変える。
術を唱えると、真昼のコロッセオ闘技場へと景色が変わった。
中央の闘技場には、漣樹と、桃眞。そして今、レクチャーを進めている慎之介。
その他の生徒はギャラリーとして観客席に座っていた。
それから暫くして、慎之介が闘技場を離れた。
櫻子の隣の席に座る慎之介。
「ねぇ、大丈夫なの」と訊ねる櫻子に、「多分……」と答える。
「あとは、アイツの法力次第だ」
「でも、アイツ……何か雰囲気変わったよね」と桃眞を見ながら喋る櫻子。
「何で、法力があるんだ……。今のアイツには法力を感じる」と慎之介は神妙な表情で、そう言った。
漣樹は、黒い狩衣の袖から人形を取り出した。
「準備はできたか」
「たぶん……」と桃眞は返事をした。
漣樹が人形を投げ捨て、両手で印を結ぶ。
すると、人形が大蛇へと姿を変えた。
頭だけでセダンタイプの乗用車程の大きさがある巨大な蛇だ。とてつもなく……デカイ。
圧倒される桃眞。
「あの野郎、素人相手に本気かよッ」と焦る表情の慎之介。
「寺沢さんて強いの」と訊ねる櫻子に、「一応、兄貴は元怪伐隊の隊長だからな。アイツも今の学生の中ではトップクラスだ」と答える。
「マジで……」
櫻子の手に汗が滲んだ。
「阿形……。見た目に惑わされるなよ。量より質だ」と慎之介は呟いた。
もう、敗北感が全身を支配していたが、何とか奮い立たせる桃眞。
「俺だって、安倍晴明に直接術を習ったんだ。こんな状況……覆してやるッ」
そう言うと、人形を地面に投げ捨てる。
両手を、慎之介に習ったように結び、心の中で術を唱える。
「出ろッ。俺の式神ッ!!」
そう叫んだ桃眞に一同が固唾を飲む。
……………………
「何か出た? 失敗?」と言い、辺りを覗き込む櫻子。
「いや……多分。成功……してる……と、思う。今のアイツの力み方からすると」と答える。
すると、他の倶楽部生が口々に喋りだした。
「おい、アレ見ろよ」
「エッ、アレ……か?」
「どれ?」
何人かが指差す先を、目を凝らした。
「あ……」と声を漏らす慎之介が、櫻子に分かるように指を指し示す。
そして、ソレを見た櫻子がぼそっと呟いた。
「毛虫……」
にょき……にょき
にょき……にょき……
一生懸命に体をくねらせては前へと進む毛虫。
ギャラリーがずっこける。
その様子に、馬鹿笑いをする漣樹。
「お前、マジかよ。何だソレ」
「う、うるせー。これでも今、カナリ集中してんだぞ」と顔を赤らめる桃眞。
「まぁ、面白いモン見せて貰ったよ。じゃあ、体験入部のお土産として、腕の一本くらいへし折っとくか。行けッ」と漣樹は大蛇に指示をした。
地面を抉りながら這う大蛇。
毛虫が一瞬で消し飛ぶ。
その衝撃で印が解けた桃眞が、勢い余って尻餅をついた。
大きな口を開ける大蛇。長く鋭利な歯から唾液が垂れる。桃眞の体がすっぽり入ってしまう程の大きさだ。
「や、ばい」
大蛇の口が桃眞の体を覆い尽くそうとした。
観客席から、悲鳴にも似た声が上がる。
次の瞬間……。
強烈な閃光。
仰け反る大蛇……。
腕で顔を伏せる漣樹。
光が収まると、桃眞の前に大きな青い炎が渦を巻いていた。
次第に一点に収束する炎が、犬の形になる。
前足だけで桃眞の体に匹敵する程の大きさだ。
「犬神……?」
直感で桃眞には分かった。
太く低い声が犬神から発せられる。
「こんな所で死なれては困る。お前を殺すのは我なのだから」
そう言うと、犬神は大蛇を睨みつけた。




