第8話「令和への帰還」その1
藤原 宗忠の屋敷へとやってきた桃眞。
行灯を片手に、木製の両開きの門から中を覗くと、縁側に座り中庭を眺める真秀を見つけた。
「真秀ちゃん」と手を振ると、弱弱しくはあるが、ニコリと笑顔を返す真秀。やはり、病気は、鬼の仕業ではなく、本当に持っているものなのだろう。
橙色の単の袖から伸びる腕は、その歳には似つかわしくない程に、細く力がない。その手を桃眞に振った。
桃眞は、気に掛ける素振りを見せる事なく、顔色一つ変えずに真秀の隣に座った。
「真秀ちゃん、外に出て大丈夫なの」と問いかける。
「少し気が晴れるのだ」と、星々を見ながら真秀は答えた。
「そっか」
そう口にした桃眞も顔を上げた。頭上には、令和の時代では見た事がない程に、一粒一粒の星がクッキリと綺麗に見えていた。
「めっちゃ星が綺麗だな。プラネタリウムみたいだ」
「なんだ、ぷなれた……りうむ?」と首を傾げる真秀。
「あぁ、なんだ。こっちの話だ。気にすんな」と笑顔で誤魔化す。
爽やかな夜の風が頬を撫でる。
その度に、真秀は瞼を閉じ、揺れる草木の音を小さな耳で感じ取っていた。
「桃眞のお陰で、こうして外の空気を味わう事ができる」と、瞳を開けながら真秀は桃眞の顔に目をやった。
「そんな事ないって。真秀ちゃんが鬼に負けなかったから、今があるんじゃないか」
そう言った時、突然、真秀が咳き込んだ。
「おい、大丈夫か」と背中をさする。
「やはり、ワシに残された時間は長くは無いようだ」
「まだまだこれからだろ。頑張ってその病気を乗り越えようぜ」と元気付ける。
そして桃眞は言葉を続けた。
「もっと生きて、長く生きて、これからもっと色んな人生を歩むべきだ。きっと楽しい事も沢山あるはずだ」
桃眞がそう言うと、真秀は空に浮かぶ三日月を見ながら言葉を発した。
「桃眞。肝心なのは、どれだけ生きたかでは無い。どう生きたかだ」
その言葉を聞いて、桃眞はハッとした。まだ小さな女の子の言葉に、人生の大切な事を教えられたような気がした。それは、死と向き合っている真秀だからこそ、出た言葉なのかも知れない。
そして、その言葉を、この歳で導き出したと言う事に、桃眞は尊敬の念を覚えたのと同時に、人生の残酷さと悲しさを感じた。
「よく、そんな難しい事、考えれるよな」
「まぁな」
何もしてやれない事が悔しく思えた桃眞は唇を噛み締めた。
真秀は桃眞の目を見つめた。
「ワシは、物心がついた頃に、本当の母様と父様が目の前で殺され、そして今の父様に拾われた。そして直ぐに病を患った。楽しかったと言う記憶はない。だから、どう生きたかと問われても、語れる事や誇れる事など何もないのだ」
桃眞は黙って話を聞いていた。
「どうかお願いできないだろうか」
「なにを」と優しく訊ねる桃眞。その目には涙が浮かんでいた。
「ワシを忘れないでいて欲しい。そして、立派な陰陽師になってくれ。いつか聞かれた時、昨夜の出来事が……ワシの存在があったからだと自慢して欲しいのだ。それが、ワシがあの世で、どう生きたかを聞かれた際に語れる……誇りだ」
桃眞は、真秀の細い手を握った。
「忘れる訳ないだろ。小生意気な喋り方しやがってさ」と涙を流しながら笑って見せる。
そう言うと、桃眞は真秀を優しく抱きしめた。華奢な体を感じながら……。
「俺は……お前が生きた証だ……。だから、もうその喋り方は辞めろ。強がる必要は無い。泣きたい時は泣いてもいいんだ」
そう言いうと、真秀は桃眞の背中に回していた手で、白い狩衣を力いっぱい握った。そして、声を上げて泣き出した。
「…………怖いよ……怖いよぉぉ。死にだぐないよぉぉぉ。まだまだ生きだぁぁぁぁあい……」
その言葉に、桃眞の目から涙がボロボロと溢れた。
「それで……いいんだ……。よしよし……」と、桃眞は真秀の頭を撫で続けた。
真秀の子供の様に泣きじゃくる声を聞きながら、桃眞は、自分を恥じた。
同じように両親、そして友達を殺され、自分は、この世で一番不幸だと思っていた。なんて呪われた人生なんだろうかと。
だが、桃眞よりも遥かに幼い真秀は、人生で一度も報われる事もなく、自らの生きた証を桃眞に託す事で、小さな希望の光を感じようとしてくれている。
今の人生を恨み、不幸だと思う事が、愚かに思えた。
これからは前だけを見て突き進む。
真秀の思いが、桃眞の心の中に根付き始めた。
そして、もう振り返らないと桃眞は誓った。
真秀の下を去り、桃眞はまた行灯を片手に、晴明の屋敷へと歩を進めた。
来る途中で出会った不気味な男に、また遭遇しないかと不安を抱きながら、歩を早める。
暫く歩いていると、小路と小路が重なる十字路の中心の床に、黒い何かが見えた。
気になり近づくと、その正体に恐れをなした桃眞が行灯を床に落とした。
「え、何コレ……」
目の前の黒い何かは、犬の顔だった。
犬の顔が、土の地面から突き出ている。行灯を近づけると、首の周りの土が赤黒く染まっている。恐らく犬の血だろう。
辺りを見回すが、人一人居ない。
薄目の中で黒い瞳がゆっくりと動いたが、もう手遅れな程に死にかけている。
「誰がこんな酷い事を……」
桃眞は、行灯を床に置き、地面を照らしながら、犬の周りの土を素手で掘り返した。
暫くして、犬を地面から救出。どうやら首を切られている。
そうこうしている内に、犬は、桃眞の腕の中で息絶えた。
「かわいそうに……」
桃眞は、平安京のメインストリートとも言える、朱雀大路に出て、道端の草地へと着くと、近くに落ちていた枝で穴を掘り始めた。
そして、そこに犬を埋めて供養した。
晴明の屋敷へと戻ってきた桃眞は、母屋の灯りが消えている事を確認すると、瓶子に入った水を飲み、隣の部屋で床に付いた。




