第7話「安倍晴明と阿形桃眞」その2
「これがどうしたんですか?」と、訊ねると「その首飾りには強い呪が掛けられている」と答える。
「強い呪ですか……」
晴明は、空になった瓶子を脇に置き、新しい瓶子に手を掛ける。そして、杯に酒を注いだ。
「俺も、色々と調べたのだが、その首飾りが一体何なのかは分からなかった。どこにも記録がない。ただ、その首飾りには強力な耐魔の呪が掛かっておるのだ」
「耐魔って、守るとかそういう事ですか?」
「あぁ。それを首に付けることで、結界の役目を果たす。と言うよりは、身に付ける者の法力を封印しているようだ」
「そういえば、俺、陰陽寮の入学の試験みたいなので、法力が無いって言われました。」
「つまりは、そういう事だ」と晴明が言った。
「それを身に付けていると、一定の術は通用しない。何故なら、呪や術とは、その者が持つ法力や霊的な力に働きかけるが、それを身に付けると、ソレそのものが無くなる。故に、そこに存在していない……とも言える」
そう言い、晴明は月を見ながら、杯に唇を付ける。
「なんとも不思議な男だ。お前は」と晴明は深呼吸をした。
「俺がですか」
「不思議と思わんか? まるで、お前の鬼喰いの力を封印する為に、その首飾りがあるかのようだ」
「確かに……」と、桃眞は、首飾りを握りしめる。
「誰から貰ったのか覚えておらんのか」との問いかけに「亡くなった親からだと思ってました。小さな頃から絶対に付けているようにって言われて育ってきたので」と答える。
「どういう経緯で、その首飾りがお前の元へとやってきたのかは分からぬが。お前の両親の言う通り、普段は身に付けておく方が良いだろう」
「はい」と言って、桃眞は首飾りを付ける。
そこで桃眞は、ふと思った。
「晴明さん」
「なんだ」
「俺、陰陽師になりたいんですよ。でも、首飾りを付けてたら、自分を鍛える事も出来ないですよね。陰陽師になれないですよね」
そう不安げに言った桃眞に晴明は笑って見せた。
「無理に陰陽師にならなくても良いではないか。そんなものなった所で詰まらぬぞ。どうせなら若い女子を抱いて遊べ。桃眞」
「茶化さないで下さいよ。俺、もう心に決めてるんです。人を救いたいって。それに、未来に帰れるってまだ思ってたい。ここに来れたのなら帰れるはずだ。だから、強くなりたいんですよ」
そう力強い言葉を口にした桃眞を見て、晴明が杯を床に置き、桃眞に体を向けた。
「よいか桃眞。お前が陰陽師を本気で目指すと言うなら、その首飾りは外さなければならない。そうなれば、お前は鬼喰いの力と戦う事にもなるやも知れぬ。それに、その稀なる力を利用しようとする者が現れるやも知れぬ。そう言った危険からお前を守る為に、その首飾りが存在しているとしたら? それでもお前は安寧を捨て、火中に飛び込むか? 今ならまだ間に合う。さぁ、どちらを選ぶ」
「そんなの決まってる。火中に飛び込んでやる」と、桃眞は強い眼差しを晴明に向けた。
少しの沈黙が起きた。
そして、晴明が首を傾げる。
「……え? なんで」と桃眞が訊ねる。
「いや、俺なら安寧を選ぶ。毎晩女子を抱いてたいものだ」
「貴方とは違うんですよ……」
桃眞は、呆れ顔でそう言った。
次の日から、安倍晴明による特別授業が始まった。
それは、桃眞が陰陽寮で習った事よりも、より鬼討伐に特化した内容だった。
呪符や、人形・形代の作成方法。
そして、呪術。
晴明の屋敷の中庭に立つ二人。
「良いか桃眞。先ほど教えた九字切りの法には、手で作った手刀で素早く九字を切る『破邪の法』、そして両手で一つの印を結ぶ『剣印の法』がある。破邪の法の方が素早く切れる分、力も弱いが、剣印の法は両手を使う分強力だ。状況に応じて使い分けろ」
「はい」
「この九字切りは、主に浄化や守護術、退魔術として用いる事が一般的だが、時には攻撃手段としても使う事ができる」
そう言い、清明は、右手の中指と人差し指で手刀を作り、空中に九字を切った。
横に五本、縦に四本。
それぞれの線には、名前もあり、それを繋げて読むことで『臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前』と読む事もできる。
また、陰陽師の場合は、字を四神や神人、星神の九星九宮に置き換え『青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳・帝台・文王・三台・玉女』と唱えている。
晴明は、最後に「えいッ!!」と気合を入れると、塀に立てかけていた厚い板が、九字の形に切り裂かれ、バラバラになった。
桃眞には、一瞬、無数の刃が板に斬りかかったかのように見えた。
「す、すげー」とただ驚く。
気付けば、休憩を挟みはしたが、八時間もぶっ続けで修業をしていた桃眞。
疲れはしたが、得る事が多く、時が過ぎるのを早く感じた。
首飾りを外し、法力を開放したと言えども、初めからチート級などと言う『棚ぼた』ではなかった。まだまだと言った所だが、晴明にその力の引き出し方を基礎から学んだ。
だが、やはりたった1日でどうこうなるモノでもなく、まだその片鱗が見え隠れする程度だ。
すっかり夜になると、食事を終えた晴明は母屋へと入り、暫くすると若い女が入った。
「凛子どのぉー」
「いやーん」
「よいではないか。脱げ脱げー。あひょあひょひょ」
「やっぱり変態だよな」
桃眞はそう言うと、気になっていた真秀の様子を見るために、晴明の屋敷を後にした。
晴明に貰った烏帽子と草履はすぐに桃眞の体に馴染んだ。
桃眞がいた時代と違って、夜になると、街灯すら無い平安の町は、手持ちの行灯か、もしくは松明がないと安心して歩けない。
行灯を持ちながら、桃眞は、朱雀大路を歩いていた。
すると、目の前に、一人の男がこちらに歩いて来ていた。
黒い狩衣を着た、長髪の男。
烏帽子は被っておらず、灯りも持っていない。
急ぐ様でもなく、ただ、ひたひたと歩いている。
その姿に、桃眞は背中に冷たいモノを感じた。
霊的や妖というモノではなく、何か得体の知れない不気味なモノを感じとった。
男の周りの空間だけに重さを感じる。
空間が歪んでいるようにも見えた。
二人の距離が近づき、すれ違う。
「其方 は陰陽師か」と低い声が聞こえた。
男からだ。
声を聴いた途端に鳥肌が立った。
桃眞は、振り返りたくない衝動に駆られたが、仕方なくゆっくりと振り返り、男を見た。
長い髪で顔が隠れハッキリは見えないが、その奥で鈍く光る眼の奥に、得体のしれない闇を感じた桃眞。
――この男は危険だ。
直感でそう感じた。
「え、……いや。学生です」と、震える声で答える。
「そうか」とだけ言い残し、歩み始める男。
数歩歩くと、また声が聞こえた。
「鬼の味はどうであった? 美味であったか?」
その言葉を聞いて、桃眞は凍り付いた。
男は、桃眞が鬼を喰った事を知っているのか?
どういう意味なのか?
恐る恐る桃眞は振り返る。
…………そこには、すでに誰もいなかった。
辺りを見回す桃眞。
辺りは涼しいはずではあるが、冷たい汗が背中を伝う。
桃眞は、首飾りを外していた事を後悔した。
首飾りを付けていれば、男に自分の事を感づかれていなかったのかも知れない。
乾いた口に水分が出てこない。
暫くして、再び歩き出した桃眞を朱雀門の上から眺めていた男。
「まこと、縁とは奇なるモノでござるなぁ」
卑しい笑みでそう言うと、男は闇に消えた。
蘆屋 道満
彼こそ、平安史上、最恐の陰陽師である。




