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第7話「安倍晴明と阿形桃眞」その1

 空を裂き、鬼に憑依された桃眞に突き進む晴明の呪符。

 桃眞が転がり起き、呪符は後方の母屋の壁に貼り付いた。


 立ち上がり、充血し腫れ上がった眼を晴明に向けると、桃眞の動きが止まった。

 そして、ゆっくりと首を傾げると、黒い唾液を吐き散らせながら(いや)しい笑い声を上げる。


「これはこれは……安倍晴明……」と太く掠れた声を発した。


 晴明が、名前を呼ばれ(いぶか)し気に首を傾げる。


「……ん?」


「晴明……何故じゃ……何故私を助けてくれなかったのじゃ……」


 桃眞の足が一歩前に出る。その足首にも黒い血管が纏わりついている。



「お(きよ)か……?」と晴明は、ハッと何かに気付き、桃眞に憑依している怨霊の名を呼んだ。


「………………お清ではない………」


「で、では、お(つる)か!?」


「……お鶴でもない………」


 その喋り方に思い当たる節があったのか、人差し指を突き出した。


「お千代(ちよ)か……その話し方は……お千代であろう?」


 その言葉を聞いて、桃眞の動きが止まる。

 やっと正解したのだと、晴明が肩の力を抜いた。


鞘子(さやこ)ぞぉぉッ!!」


「あなやッ!?」と、晴明は仰天しながら、桃眞の口から吐かれた黒い液体をギリギリでかわした。


 黒い液体は晴明を掠め、縁側(えんがわ)の床を蒸発させた。


 油断した晴明に飛び掛かり、馬乗りになる桃眞。

 晴明の顔に噛みつこうと、大きな口を開ける。


 首を横に振った晴明の耳元で、ガチンと歯が鳴る音がした。

 咄嗟に右手の中指と人差し指を手刀にし、印を結ぶ晴明。すぐさま術を唱え、桃眞の胸部を押し込む。


 法力で吹き飛ばされた桃眞の体が母屋の天井にぶつかり、床に落ちる。


 晴明は、桃眞が床に落ちる前に起き上がると、床に落ちていた鏡の首飾りを拾った。

 行燈(あんどん)の光が鏡に反射し桃眞の目が一瞬眩む。

 その隙に、今度は両手を使って印を結び始めた晴明だが、桃眞の異変に気付き術を止めた。



 体をガタガタと震わせながら、その場で硬直する桃眞。


 足を前に出そうとするが元に戻す。

 手を前に出そうとするが元に戻す。


 行動しようとしたことを制止するかの如く、その場で首を振り、苦しみ始めた。

 それは、まるで桃眞自身が鬼に抗っているかのようだ。


 その様子をじっと見つめる晴明。


 桃眞の体中に張り巡らせていた黒い血管が治まりだし、顔色が元に戻り始める。


「おのれぇぇ………ッ」と叫び声を上げたのを最後に、桃眞の体が元に戻り、その場にうつ伏せに倒れた…………。




 薔薇の香りで桃眞が目を覚ましたのは、夕闇に染まる晴明の屋敷だった。

 母屋で体を起こすと、目の前の縁側で、柱に背を預けた晴明が一人で酒を飲んでいた。 


 酒の入った瓶子(へいし)を傾け、(さかずき)を満たすと、スッと唇につける。そして喉を鳴らした。


 庭先に見える薔薇の花を虚ろな目で見ながら、静かに佇んでいた。 

 その姿がどこか寂しそうな雰囲気を放っているように桃眞は感じた。


「安倍晴明……」と呟くと、気付いた晴明が振り返る。


「起きたか」


「え、あ、はい」と立ち上がり、晴明が座る(えん)の板の上に座した。


 そして、「あの……俺、なんでここに居るんですか。鬼は……真秀(まほ)ちゃんは……」と訊ねる。


 桃眞の記憶では、真秀の口から飛び出した赤黒い煙が、口に入った所で途絶えている。次の瞬間には、晴明の屋敷で目覚めたのだから仕方がない。


「お前があの女童を救ったのだ」と晴明は言った。


「俺が……?」と自分の顔を指さす桃眞。


「あぁ」と答える。



「酒は飲めるか」と訊ねる晴明に、「いや、まだ未成年なんで飲めないです」と桃眞は胸の前で手を振った。


「ミセイネン……? まぁ、良い。飲めないという事だな。では水を」と言い、桃眞に杯を手渡すと、水の入った瓶子を傾ける。


 桃眞は、水をゴクリと飲むと「おかわり」と杯を前に差し出す。

 再び注がれた水を勢いよく飲みほした。



 晴明は一口酒を飲み、口を開いた。


「まず、阿形 桃眞。お前についてお前が知らない事が二つ分かった」


「二つ……」


「まずは、あの鬼がどうなったと思う」と桃眞に訊ねる。


「どうなったって……晴明さんが倒してくれたんじゃないんですか?」と答える。


 すると、晴明は耳を疑う答えを口にした。


「鬼は、お前が喰ったのだ」


「はぁ?」と咄嗟に言ったあと、意味が分からず固まる。


鬼喰(おにく)いの力と言うのが、この世には存在する」


「鬼喰い?」


「あぁ。鬼喰いの力は、今ではかなり珍しい存在でな。その名の通り鬼を喰らうのだ」


「俺って……化け物なんですか……」と、強張った表情で桃眞が訊ねる。


「まぁ、話を最後まで聞け。鬼喰いの力を持つ者は、古来から人の為に尽くしてきた。人に憑りついた怨霊や(あやかし)を自らに憑依させ、浄化するのだ」


 そう言って酒を飲み、言葉を続けた。


「人々からは、またの名を『浄鬼師(じょうきし)』とも呼ばれていた」


 そう言い、柱の横に置いていた紙に、筆でその文字を書き、桃眞に見せた。


「浄鬼師……。なんかカッコいいっすね」


「そして、浄化した鬼を法力に変える事が出来るのだ。どうだ、そこにいる女が見えるか」と、庭で舞を踊る唐衣(からころも)の女を指さした。


 その姿が桃眞にもハッキリと分かる。


「はい」と答えた桃眞に、「あれが式神だ」と晴明は答えた。


「マジすか」と、式神の女をマジマジと見る。


「浄鬼師は、鬼を喰らう程にその力を増していくのだ。それが陰陽師となると……恵まれた能力だな」


「だったら、もし、俺が鬼を喰らい続けたらメッチャ強くなれるんですか」と拳を強く握ったが、晴明は首を横に振った。


 訝し気な表情で眉をひそめる桃眞。



 晴明は、水の入った瓶子を桃眞の杯に傾けた。どんどん注がれてい行く。


「あ、あの。もう溢れます……」と言った尻から、杯から水が溢れた。


「浄鬼師にも、欠点があってな。鬼を浄化すると毒気が体に残る。暫くは何ともないが、いつしかその杯のように毒気が溢れた時……」


 言葉に詰まる晴明に、「……溢れた時……」と言葉を繰り返す。


「浄鬼師自身が鬼となってしまうのだ」


「え……?」とまたしても固まる桃眞。


 神妙な面持ちで桃眞は問いかける。


「じゃあ、俺もいつかは鬼になるんですか……」


「あぁ。この力を使い続ければな」と断言した。


「晴明さんなら、治せるんですか。解毒できますか」と聞いたが「わからない」と答える。


「じゃあ、この力を使わなければ問題ないって事ですよね」と聞くと「そうだ」と晴明は答え、酒を口に流し込む。そして、再び薔薇に目をやった。



 辺りが暗くなると、勝手に、縁側の柱の行燈が明るくなった。

 暖かな光が庭園を照らす。


 顔を出し始めた半月の光が、池の水の中でキラキラと揺らめいている。

 頬に当たる風が柔らかくて心地いい。


 不思議とその光景に心を奪われそうになった桃眞だが、今、自分に突き付けられている現実によって引き戻された。



「で、もう一つの俺が知らない事って何ですか」


 そう言うと、晴明は懐から桃眞が付けていた首飾りを取り出し、手渡す。


「これだ」



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