全ての真相(後編)そして対峙
「この人が全ての黒幕って、どういう事ですか?」
ミリアは話が理解できなかったのか、うろたえている。
「文字通りの意味だよ」
「だから、全てって……」
「まず、元第五位宮廷魔術師が、盗賊に襲われて死んだ。それを手引きしたのがこいつだ」
「えっ。魔術師が魔術師を殺したんですか?」
いやいや、そこは驚くところじゃないよ。
魔術師以外に犯人はいないってのは初期からわかってたじゃん。
「盗賊団は魔術妨害フィールドを持っていた。あいつら、雇い主から支給されたとか言ってただろ?」
「そ、そう言えば言っていたような」
「魔術妨害フィールドは軍事機密だから、宮廷魔術師でも簡単には手を出せない。設計図も手に入らない」
「でも、この人の所にはありましたよ、設計図」
「そりゃそうだ。何しろ開発者本人であり、今も改良型を作ろうと試行錯誤している最中なんだからな」
魔術妨害フィールドの管理がこれほど厳しいと知っていれば、最初から犯人を絞り込めたのだが……。
「加えてこいつは、魔術師コンペを開かせた張本人でもある」
「え? なんでそんな事を……」
「元第五位の研究成果を自分の物として発表しようとする奴をあぶり出すため、とほかの宮廷魔術師には説明したらしい。けれど、本当の目的は違った」
「違うんですか?」
「だって、ケインが動いてただろ? コンペが始まる前から」
エルサムも情報収集で俺の所にやってきたけど、それと同じ目的なら、ミリアの方に行く理由がない。
あれは、次の段階の準備だった。
元第五位に繋がる何かがないか探していたのだ。
そして、元第五位が買った奴隷、つまりミリアを見つけだした。
「その時点では『究極の魔術』の現物、あるいは設計図が手に入ると考えていたんだろう。しかし、秘密裏の調査では成果が上がらなかった。当然だな」
「クズマさんが喋る訳ないし、私は魔術師の探してる物なんて知らないから漏らしようがないですものね」
「そこで、警備兵に俺を逮捕させて、尋問で弱ったところにケインを送り込み、喋らせようと考えた」
あの時点では、第四位は圧倒的な優位に立っていた。
まあ、俺が一枚上手だったけどな。
全てをひっくり返して、どうにかここまで引きずりおろしたぞ。
っていうか、何か言えよ、第四位さん。
俺が視線を向けると、第四位はバカにしたように鼻を鳴らす。
「半分ぐらいは合っているな」
「半分? 残りの半分はどこが間違っている?」
ケインみたいな言い回しだった。
いや、ケインの方が雇い主に似たのかな?
ともかく、第四位は顔に怒りをにじませる。
「人の心を操る魔術というのは、そもそも私が考えた研究していた物だった。王から魔術妨害フィールドの改良を命じられなければ、今頃は完成していたはずだった!」
「えっ?」
「あいつは、七割方仕上がっていた私の研究を盗んで完成させようとした。私はそれを取り返したに過ぎない! あんなやつ、死んで当然だ! もちろんおまえにも渡さない!」
「ええっ?」
それは予想外だな。
数十年にわたって、魔術妨害フィールドの研究しかしていなかったわけじゃなかったのか。
それもそうか。
どこまでこの話を信用していいのか難しいけど、本当だとしたら、元第五位も結構ひどい奴だったんだな。
でも一応、弁護しておくか。
「元第五位の研究は、人の心を操ることよりも、新しい魔術の設計図を書かせる事にシフトしていた。それは、もはやオリジナルに到達していたと言えるんじゃないか?」
「そういう問題じゃない!」
第四位は怒っている。
「私が自分のアイディアを発表していないのに、あいつが先に発表したら困るだろう。君だってそうじゃないか?」
「俺が?」
「宮廷魔術師コンペで、なんだったか、あの変なピエロみたいなの。あれを見た時、どう思った?」
「え? ええっ?」
その話はやめて欲しい。
思い出したくない心の傷だ。
「許せないと思ったんじゃないか? あの時は酷評の嵐だったが、もし第三王女があれを誉めたらどうする? それを根拠にあの男が宮廷魔術師になったら? それでもおまえは、冷静でいられたか?」
「いや、それは……」
「幸いにも君のあれは悪い意味で有名だからな。すぐに周りからフォローが入ったが……。私の研究の事は誰も知らなかっただろう? 私がどんな気持ちだったのか、君ならばわかってくれると思うのだがね」
「う、ううん……」
わからなくもない……けど。
俺の過去を「悪い意味で有名」とか言うなよ、ムカつくなぁ。
あと、そんな考え方は程度問題のような気もするんだよな。
元第五位は、実験を重ねた結果、人の心を操るのが不可能だと思ったから、方針変更したのかもしれないわけで。
そうだとすると……文句を言っても意味がないような。
まあいいか。
「それには同情するとしても、ミリアを渡す理由にはならないぞ」
「その女の頭に埋め込まれているのは、私の研究成果でもある。渡すわけにはいかない」
「人間を物みたいに言うなよ。これは俺のだ」
「おまえも物扱いしてるよな? ……とにかくそれは私の研究だ」
「あんたは、基礎研究に手を着けたかも知れないが、それだけだろ? 半分以上は元第五位の物だ」
「どっちにしろおまえの物じゃないぞ!」
ふむ?
「ミリア。おまえの意見は?」
「えっ、そこで私に振りますか?」
ミリアはオロオロと俺と第四位を見比べる。
「だって、おまえの頭に突き刺さって抜けない物のことを話してるんだぞ。おまえが一番の当事者だろう?」
意見が尊重されるかどうかはともかく、無言で見守ってたらダメだろ。
「私はその、クズマさんの物というか、まあそういう感じです」
「……だとさ。諦めて帰れよ」
「帰れといわれて帰る奴があるか!」
まあそうなるよな。
第四位の周りにいた取り巻きたちが、何かもぞもぞと動く。
武器でも取り出すのかな?
もうちょっと待って欲しいんだけど。
「だいたいおまえ、研究が誰の物かって話しているけど、結局おまえもミリアを使って、魔術妨害フィールドの改良とかさせてたじゃないか。おまえも元第五位を責める資格ないんじゃないのか?」
「ふざけるな! それは違う!」
第四位の怒りが深くなった。
どうやら逆鱗に触れたらしい。
「私を見くびるなよ!」
「ははは。言い訳があるなら聞こうじゃないか」
「言い訳などではない!」
第四位はあくまでそう主張する。
「魔術妨害フィールドには確かに欠点があった。それは認めよう。そして私が改良するべきと言うなら改良しよう。だが……それは私が自分の手で行う」
「ほう?」
「その女に全てをやらせようと考えるほど、落ちぶれたつもりはない」
あれ? そんなこと言うの?
「確かに、改良に関して行き詰まっていたのも事実だ。しかし、それに頼り切るつもりなど無かった。元第五位が作った心を操る魔術についての検証が終わったら、その女は処分するつもりだ」
「処分ってなんですか?」
ミリアがどうでもいい質問をする。
親切にも第四位は答えてくれた。
「殺すという意味だが?」
「ええっ」
驚いているミリアはともかく。
「殺したら、もう役に立てる事ができないじゃないか。それでどうする気なんだ?」
「貴様には誇りがないのか!」
第四位が何かわけのわからないことを言う。
「誇り? なんだそれ?」
「そんな、訳の分からない方法で生み出した設計図に頼るのが、魔術師の在り方か? 断じてそれは違う! 自分の設計図は自分の力で書く。それが魔術師だ。私は、楽な道に屈したりしない!」
第四位は俺の話も聞かず、なんか勝手に叫び始める。
どんな偏った考えを持とうがそいつの勝手だけれど、それを他人に押し付けるのはやめて欲しい。
「だいたい書いている本人もよくわかっていないような設計図など、悪夢以外の何物でもないだろうが! その設計図を参照することになる後世の魔術師にどう顔向けするつもりだ!」
ん?
それは一理あるな。
どんな仕組みなのか良くわからない魔術とか、困るもんな。
「その女のような物を量産できるならまだいい。だがそれは、元第五位が生み出した偶然の産物だ。元第五位が死んだ今、二度と再現できまい?」
「おまえが殺したようなもんだろうが……」
「放置すれば、一世代先の魔術業界は、誰一人責任をとれず新しい物も生み出せない混沌とした状況になるぞ」
「話はわかるけど、大げさすぎないか?」
「私はそうは思わない。そいつは殺す。そのような物を生み出した悪夢を、丸ごと葬り去ろうというのだ!」
それはさすがに納得いかないな。
悲観主義者過ぎる。
だいたい、解明不可能な設計図が生み出された所で、以前の設計図が消えるわけじゃあるまいし。
理解できないならそれを避けて通ればすむ話じゃないか。
だから俺は第四位に向かって指を突きつける。
「違う! おまえの言うことは間違いだ! 徹頭徹尾、間違っている!」
「なんだと?」
「どうしてそんな簡単なこともわからないんだ、このバカが!」
俺はミリアを指さす。
「よく考えて見ろ。自分で設計図を書くよりも、ミリアみたいなのに設計図を書かせた方が、楽に決まってるだろ!」
第四位はあっけにとられたのか言葉も出てこないようだった。
ミリアがおずおずと言う。
「あの、クズマさん。かっこいいセリフが飛び出てきそうな雰囲気で、そんな事言うんですか?」
「かっこよさなど知ったことか。役に立つ物を使わないなんて、もったいないじゃないか」
「……どこかの奴隷商人みたいな事言わないでくださいよ」
「でも事実だろ」
第四位は両手で顔を抑える。
「この甲斐性なしが。それでも男か」
「何とでも言えよ、偏執狂。おまえ、要するに、自分より優秀な奴が出てくるのが嫌なだけじゃないか」
「違うといっているのだが……まあいい。話し合ったところで、お互い譲歩はできないし、どちらにしろ口封じは必要なのだからな」
まあ、こうなるよな。
最初から、言葉でわかりあえるとは思っていなかったけど。
第四位の取り巻きたちが、ようやく話が終わったか、と言いたげな顔で武器を構える。
魔術妨害フィールドを前提としているのか、武器は全員がクロスボウだ。
さてと、どうしようか。
「技術的負債を残すのは確かによくないな
つまりミリアは、スパゲッティーコードプログラマーという事でよろしいか」
よろしくないです、大先生
「でもあっちの業界にも、半分寝ながらブラックボックス量産しちゃう奴とかいるだろう」
知りませんよ




