敵の追跡
暗い森の中。
方位磁石だけを頼りに、かなりの距離を一直線に歩いて、ようやく少し開けた場所に出た。
「ミリア。今の気分は?」
「さ、寒いんですけど。服を乾かしません?」
「そうだな……」
俺たちは濡れた服を脱いで近くの枝に掛ける。
その近くにコップを置いた。
「そのコップ、なんですか?」
「見てればわかる。ウォーター・ジェネレイト!」
短杖で魔術を撃ち込むと、コップの中に水が溜まり、服は一瞬で乾いた。
これはどこからともなく水を集めてくる魔術なのだけれど、乾燥地帯では全く水が出ない事も多いらしく、本来の用途では全然役に立たない。
それがなぜか、服を乾かすのに役に立つ。
たぶん、服の水分がコップの中に移動しているのだろうけど、詳しい事は俺にもよくわからない。
「乾いたぞ」
裸でいるのも寒いので、すぐに着る。
「なんか砂っぽいんですけど」
「それは洗濯しないとどうにもならないな」
まだ寒いので、とりあえず焚き火でもしようと思った。
枯れ枝や生木を集めて、魔術で火をつける。
荷物の奥からベーコンを引っ張りだして、焼いて、二人で食べる。
「これから、どうするんですか?」
「とりあえず国境は越えた。だから元の国から追っ手が掛かる事はない」
「つまり、ここから先は、そんなに急ぐ必要はないって事ですね」
「ああ。ただ、こっち側の警備兵と戦ったのが、まずかったかもしれない」
「アレはやりすぎですよ」
「仕方ないだろ。問題が起こっていないようなら、人里を目指そうかと思う」
国境は越えたがまだ安心は出来ない。
こんな山中では、遭難してしまう危険がある。
教授の言い分ではないけれど、人里に着いて受け入れてもらうまでが国境越えだ。
明日も大変だろうから、早く寝る事にした。
俺たちは二人で一つの毛布に包まって眠る。
夜風は寒かったけれど、ミリアの体は暖かかった。
「こんなくっついて寝ているのに襲ってこないなんて珍しいですね」
「明日の朝、設計図を書いてる暇なんてないからな」
「道具もないですもんねぇ……」
これがミリアの唯一の欠点とも言える。
「向こうの国に着いたら、真っ先に製図板を買おう」
「ふふふ……そうですね」
気がついたら朝になっていた。
朝の光に俺は目を開ける。
何か妙な違和感があった。
……敵か?
「クズマさん? 何かあったんですか?」
ミリアも眠そうに目を擦りながら起き上がる。
「待って、静かに……」
追っ手が掛かっているの、ような気がする。
上を見上げれば、空を五匹の鳥が飛んでいた。
俺たちの頭上を輪を描くように飛んでいるのだ。
「……まずいな、山狩りの魔術だ」
「か、狩られちゃうんですか?」
鳥を操って、野山に隠れている人間を探させる魔術だ。
人間狩りにしかつかえない。
だが、この状況では、かなり手強い相手と言えた。
もしかして、たき火の煙が見れるぐらいに近くにいたのかな?
そして、日が昇ると同時に、魔術追跡をしかけてきたと……
「俺たちの居場所は、まずバレている。ただ、あれは攻撃能力を持たないはずだ」
「つまり、人間が地上から追ってくるって事ですか?」
「ああ……どこかにトラップを仕掛けよう」
どこかと言っても、遠くまで逃げようが鳥が追ってくるし、もしかしたら敵はすぐそこまで来ているかもしれない。
余計な移動はダメだ。
それに、いつ来るかわからない敵を相手に時限爆弾は使えない。
となると、使えるのはリモコン爆弾一つ。
この一個を、どこに仕掛けるのか。
やるとしたら、たき火の近くだ。
この広い森の中で敵が足を止めそうな一点は、俺たちが昨日つけた、たき火の跡しかないだろう。
つまり、この場所で迎え撃つ事になる。
「ブロウ!」
俺は魔術で穴を掘り、その中にリモコン爆弾を埋める。
適当に土を被せて隠した。
「に、荷物は置いておくんですか?」
「囮に使う。すぐに戻ってきそうな感じを出すんだ」
俺たちは、近くの茂みに身を隠す。
なにしろ鳥は上空を飛んでいるから、近くにいるのはばれている。
相手の反応を見て爆発のタイミングを決めるから、遠くにいくわけにも行かない。
しばらく待っていると、誰かが歩いてくる足音が聞こえた。
五人ぐらいか?
向こうの方から茂みを掻き分けて、そいつらが現れる。
「嘘だろ……」
四人は知らない人間だった。
しかし、最後尾の老人。
その顔は見覚えがある。
第四位宮廷魔術師だった。
首都からここまで追いかけてきたのか。
こうなる可能性を阻止するため、ケインを殺しておいたのだけれど、まさか本人が来るとはな。
っていうか、国境はどうやって越えた?
俺たちがあんな騒ぎを起こした後でこっそり通れるわけがないのだが。
いや、違うか。
なにしろ第四位だ。
魔術妨害フィールドを展開すれば、大体の攻撃は防げるのだから、堂々と川を渡ってきたのだろう。
だとすると、まずいな……。
今も魔術妨害フィールドが起動させているなら、爆弾を起爆できるか怪しい。
一番の問題は、鳥を操る魔術だ。
あれをやめさせれば、俺たちは逃げ切れる。
鳥を操る魔術を起動させているのは五人の中の誰か。
今、問題なく起動できているという事は、魔術妨害フィールドは停止している。
あるいは、妨害フィールドの範囲の外にいる。
五人で一列に並んだなら、一番前と一番後ろの距離は、妨害フィールドの射程外になるのに十分だろうか?
俺が第四位なら、自分で妨害フィールドを持つだろう。
つまり、鳥を操る魔術の担当は先頭の一人という事になる。
いや、逆か?
攻撃を受ける危険が高い先頭の者に妨害フィールドを持たせるか?
その場合、鳥を操る魔術は第四位が担当しているという事になる。
どちらかわからないなら、第四位を殺す事を念頭に置くべきだ。
頭を潰すのは先決。
しかし、第四位が魔術妨害フィールドを持っている確率は高い……。
「っ!」
五人全員が、たき火の周りに集まっている。
上空を見ても鳥はまだ飛んでいる。
つまり、今彼らは、魔術妨害フィールドを作動させていないのだ!
しかも、全員がリモコン爆弾の範囲内にいる。
これは最大の好機だ。
俺は、リモコンのボタンを押した。
……。
…………。
………………。
「あれ?」
爆発しないぞ?
どういう事だ?
「ミスタークズマ、そこにいるのはわかっているぞ。出て来い!」
第四位が、こちらを向いて言った。
ほぼ正確に俺の方に短杖を向けている。
茂みの中に隠れているのに、なぜばれた?
それとも、あてずっぽうで言っているだけで、偶然なのか?
「出てこないなら、その辺りを燃やす。私はそれでもいいが、この森をあまり燃やすと国際問題になるからな。さっさと出てきた方が、お互いのためだぞ」
たぶん最後通牒だろう。
俺は荷物の中に手を突っ込む。
中には最後の一つの時限爆弾しかない。
……使うか。
「ミリア」
「は、はい?」
「俺がこの爆弾を渡すから、合図したらあいつらに投げつけろ」
「えっと、はい。がんばります」
「じゃあ、降伏する振りをして出て行くぞ?」
「えっ、あれ? 投げるって? あれ?」
ミリアは混乱しているが、俺は立ち上がると前に出る。
「俺はここだ。なぜ隠れているのがわかった?」
「魔術妨害フィールドだよ。最新型だからな、こちらに向かって飛んできた魔術的波動を無効化するが、同時に、飛んできた方角もわかるのだ」
バカな。
魔術妨害フィールドは使っていないんじゃなかったのか?
そう思って空を見たが、鳥はもういない。
「魔術を使うのをやめたら、すぐに鳥もいなくなるとは限らないだろう」
「……くっ」
心理戦で負けた!
取り巻きの四人が、俺達の方に近づいてくる。
ミリアが立ち上がり、両手を広げた。
「こ、こないでください。私たちに危害を加えたら、もう二度と協力しませんよ」
残念だな。
こいつらにそれは通用しないんだ。
「無駄だよミリア。こいつには、そんなの通用しない」
「えっ、なんでですか。この人、私に設計図を書かせたいから、捕まえに来たんですよ」
「違うんだよ……」
俺が第四位の方に視線を向けると、第四位は笑う。
「その通りだ。私は、おまえたちの口封じをするために、ここに来た」
ようやく、すべての真相(後半)の出番ですね
「おにーちゃん、前半ってものすごーく昔の事に思えるんだけど」
たった10日前の話じゃないか




