国境を越える
首都を囲む壁には数箇所の門がある。
その中でも、一番人通りが多い門を選んだ。
堂々と出て行くのだから、人が多い所がいい。
一人一人に対するチェックもおざなりになるだろうしな。
夕日に染まる門の前には十数人のが並んでいた。
日が落ちたら門が閉まってしまうから、その前に外に出ようと、急いでいるのだ。
俺とミリアもその最後尾に並ぶ。
「本当に大丈夫なんですか?」
「ああ。いろいろ嘘をつくから、おまえは何も言わずに適当に頷いてろよ」
ダメだったら、爆弾と短杖で乗り切るしかないな。
列は順調に消化されていき、ついに俺達の番になる。
「名前と外に出る目的はなんですか?」
「第三十五位宮廷魔術師、エルサム・ラディアントだ。こっちは奴隷のモナーラ」
警備兵は、俺とミリアを困ったように見つめる。
「宮廷魔術師の方ですか? 今は、ちょっと……」
「なんだよ。通れないのか? 研究のためにどうしても必要なんだが」
「えーと、その……。荷物の確認をさせて頂いてもよろしいですか?」
俺は嫌そうな顔を作りながら、背負っていた荷物を下ろす。
「実験用の機材だ。壊さないでくれよ」
「わかっていますよ」
警備兵はブツブツ文句を言いながら、荷物の中身を改める。
時限爆弾とリモコン爆弾が二個ずつ入っているのだけれど、警備兵にはそれが爆弾に見えなかったようで、特に何も言われなかった。
警備兵は、何一つ怪しまず、俺たちを通す。
ザル警備だな。
首都を出た後の移動は楽だった。
馬車を乗り継いだり、ひたすら歩いたり、そんな事を何日も繰り返して、逃げ続ける。
追っ手は掛かっているに違いないけど、手配書が回っている様子はなかった。
国の西の端にある村までたどり着いた。
そこから山に入る。
この山を越えれば、隣の国だ。
この国は、隣国との仲は最悪だから、国境を越えた向こうで捕まっても引き渡されたりしないだろう。
むしろ、宮廷魔術師の経歴を聞いたら、囲い込まれるかも知れない。
つまり、国境を越えて向こう側の人間と接触できればこっちの勝ちだ。
俺たちは山を進む。
ほぼ平らな地面に、木木木木木木木木、
一面の木。
「山って、もっとこう、地面が斜めになっている物だと思ってましたよ」
ミリアは言う。
この景色が山に見えないのだろう。
俺の目で見ても、ここは山というよりは森だった。
山で遭難したら山頂を目指せ、とは言うけど、木の葉で視界が遮られて、どっちが山頂なのか見当もつかない。
国境付近だと信用できる地図もないので、方位磁針だけを頼りに森の中を進む。
日が傾くぐらいまで歩いた頃に、谷川に突き当たった。
「この川が、国境の一部に成っているはずだ」
「ってことは、この川を越えれば、隣の国なんですね?」
「ああ……。ただ、簡単には行かないはずだ」
川を通りやすい所には見張りがいるかもしれない。
しかし、見張りを避ければ川は渡れない。
俺たちは川沿いに歩く。
ほどなく、空に細い煙が立ち上っているのが見えた。
野営地がある。
「何の集まりでしょう?」
「あれも警備兵だろ? たぶん、あの辺りに向こうへ行ける道があるんだ」
近づいて見ると、その辺りにはいくつもの小屋が立っていて、小規模ながら基地のようになっているようだった。
向こう岸にも同じような建物がある。
お互いに、相手が勝手に川を超えたりしないか見張っているのだろう。
ここまでは川の両岸が崖だったのに、あの辺りだけは、こちらも向こうも地面が川面まで近づいている。
川を渡るなら、ここから行くのが一番いいだろう。
問題は、どうやって渡るか。
「……ボートがあるな。あれを使えないだろうか?」
浅瀬の杭にロープで繋がれているボート。
できればあの船を使いたい。
一応、見張りはいるだろうから、どうにかして、目を他の方向に向けなければ……
まあ、今までのパターンから考えて、爆弾を使うしかない。
ミリアを茂みの中に待たせて、俺は一人、基地へと潜入する。
見張りはさほど緊張感を持たずに仕事をしていたようで、特に警戒される事なく倉庫のような建物までたどり着いた。
倉庫の角の近くに時限爆弾を置いて、入ってきた時と真逆のルートで脱出する。
「すごいですねクズマさん。泥棒になれますよ」
「似たような事は既に何度もやってるけどな」
俺とミリアは背を低くして、障害物から障害物を伝うようにしながら、杭に繋がれたボートの方へと向かう。
ボートの手前までのいくばくかの距離は障害物がなかった。
しかも建物の窓の正面にあり、その中には何人か警備兵がいるようだ。
誰か一人が気まぐれで窓の外を見ていたら、それだけで見つかってしまう。
「どうするんですか?」
「少し待て。時限爆弾が爆発したら……」
俺の言葉を遮るように。
爆音が響き渡り、黒煙の塊が赤く照らされながら空へと上がって行く。
「行くぞ!」
俺はボートに走る。
ナイフを取り出してロープを切断。
その間にミリアはボートに乗り込んで中の物をチェック。
俺はボートを押して自分も飛び乗る。
「はい、これ」
ミリアからオールの一本を受け取った。
あとは二人で漕ぎ出すだけだ。
ボートが水の上を動き出したのとほぼ同時に、陸地で二度目の爆発が起きる。
さっきの倉庫、何か誘爆するような物でも置いてあったのかな。
爆発のおかげで、こっち側の警備兵はボートが盗まれた事にはまだ気づいていないようだ。
しかし、向こう岸の警備兵が騒ぎ始めている。
ちょっと派手にやりすぎたかな。
「これ、亡命は通るでしょうか?」
「あんまり期待しない方がよさそうだな」
向こう岸から魔術の光が投げかけられる。
サーチライトだ。
川を不審者が渡っていないか、探しているようだった。
「このまま進むのはまずくないですか?」
「そうだな。移動方向を変えよう。少し下流に移動して、別の場所から川を登れないか探す」
「はい……あっ……」
サーチライトが俺たちを照らす。
そんな小細工は無駄だ、と言わんばかりに、
「ど、どうしましょう」
「作戦変更。ミリア、おまえ泳げるか?」
「た、たぶん」
「途中でボートを捨てて囮にする。とりあえず、もうちょっと、仕掛けやすい所まで移動したい」
俺は背負っていた荷物の中から、リモコン爆弾を一つ取り出す。
サーチライトのおかげで明るいうちに、装置をセットしてから。
俺たちは向こう岸に向かって船を進めて行く。
川を七割ほど渡ったところで、向こう岸から攻撃が来た。
飛んできた何かは、ボートの近くに着水し、そこで爆発した。
水柱が上がる。
「うひゃぁっ」
ミリアはオールを投げ出して悲鳴を上げる。
少し間を置いて飛んでくる二発目。
さっきとは逆側で水柱を上げる。
着弾観測で撃っているなら、次かその次には命中するだろう。
「もう水の中に飛び込め、乗ってたら死ぬぞ」
「は、はい」
俺たちは水の中に飛び込んだ。
本当なら身軽に行きたい所だったが、爆弾の入った荷物は、持っていくことにした。
これを手放すと、この先でトラブった時の打開策がなくなる。
ある程度ボートから離れた所でリモコン爆弾を起爆。
ボートは粉々に吹き飛んだ。
衝撃波と木屑が俺の頭にぶつかったけれど、敵もこっちを見失ったのか、三発目の攻撃は飛んでこなくなった。
俺とミリアはどうにか浅瀬にまでたどり着いた。
「ミリア、無事か」
「な、なんとか……」
「とにかく森に入ろう。ここから離れてから服を乾かして……」
俺が荷物を逆さにして水を捨てていると、警備兵の一人が近づいてくる。
「おい、動くな。向こう岸の爆発はおまえらか? 武器を持っているなら今すぐ……」
「イービル・メギド・ブラスト!」
警備兵は俺の放った空間爆砕呪文を受けて、原型すらわからないぐらいに押しつぶされて死んだ。
「ちょっ、クズマさん。攻撃したらダメですよ。亡命するんじゃなかったんですか?」
「こいつらは論外だ。逃げるぞ!」
話も聞かずにボートを撃ってきたような奴らと交渉してたら命が幾つあっても足りない。
俺たちは夜の森の中へと入る。
「派手に爆発を起こしたりと、過激な行動に出るから、受け入れてもらえなくなったのではないか?」
まあ大先生の言ってる事も間違ってないと思いますけど。




