第三話『それぞれの弱さ』
「強くなりたい」
その気持ちは同じでも、強くなるために必要なものまで同じとは限らない。
剣を振ってきたニール。
森で弓を覚えたハリト。
生まれ持った感覚を武器にしてきたミーナ。
それぞれが、自分では気づかなかった「弱さ」と向き合います。
そして三人は、それぞれの師匠となる人物のもとへ――。
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「よし!」
俺は拳を握った。
「決まった!」
「何が?」
「師匠!」
「ニールだけね」
「…………」
ハリトに言われて気づいた。
そうだった。
俺はザイルさんに明日の朝、ここへ来いと言われた。
つまり。
剣を教えてもらえる。
でも。
「ハリトとミーナは?」
「だから、今からでしょ」
ミーナが呆れたように言った。
「あ」
「自分のことしか考えてなかったね」
「違う!」
「じゃあ何考えてたの?」
「…………」
「はい」
「すみません」
リディアさんが小さく笑った。
「では、次へ行きましょうか」
「はい!」
「ニールさんは決まったので、帰っていただいても構いませんよ」
「なんで!?」
「明日に備えて」
「見る!」
「何をですか?」
「二人がボコボコにされるところ!」
「最低」
「最低だね」
「なんで!?」
俺だってさっき二回地面に転がされたんだぞ。
一人だけは不公平だろ。
「じゃあ、ハリトから!」
「何で嬉しそうなの?」
「気のせい!」
絶対見る。
◇
弓の射撃場。
さっき遠くから見た時よりも、かなり広い。
近い的。
遠い的。
高い場所。
低い場所。
木箱の陰。
板の隙間。
いろんな場所に的が置かれている。
その中で。
一人の男が弓を引いていた。
「……あの人?」
俺が聞く。
「はい」
リディアさんが頷く。
「リュエル・ファーンさんです」
「七十八歳……」
思わず呟いた。
「聞こえているぞ」
「また!?」
なんで強い人って耳までいいんだよ!
男がこちらを振り返る。
長い緑がかった髪。
細い身体。
尖った耳。
見た目だけなら。
七十八歳には見えない。
ハリトよりは明らかに大人だけど。
人間なら三十代くらいに見える。
「エルフだからね」
ハリトが小声で言った。
「なるほど」
「聞こえていると言っただろう」
「すみません!」
リュエルさんがため息をついた。
「リディア。その騒がしいのも私が見るのか?」
「いえ。そちらはザイルさんが」
「そうか」
なんか。
安心された。
「俺そんなに嫌!?」
「ニール」
「何?」
「静かにしよう」
「はい」
ハリトが前へ出る。
「ハリト・ヴェールです」
「聞いている」
リュエルさんがハリトを見る。
次に。
背中の弓を見る。
「エルフか」
「はい」
「森育ち?」
「はい」
「狩りは?」
「子どもの頃から」
「そうか」
リュエルさんは。
それだけ聞くと。
一本の矢を取った。
「射ってみろ」
「どれをですか?」
「好きなものを」
ハリトが射撃場を見る。
たくさんの的。
距離も。
大きさも違う。
ハリトは少し考え。
一番奥にある的を選んだ。
「遠くない?」
俺が言う。
「百歩以上あるね」
ミーナが答えた。
「当たる?」
「ハリトなら」
たぶん。
ハリトが弓を構える。
息を整える。
弦を引く。
狙う。
風を見る。
そして。
放つ。
――ヒュッ。
矢が飛ぶ。
次の瞬間。
トン。
「おお!」
的の中心。
ほぼ真ん中。
「すげえ!」
「ニール」
「何?」
「静かに」
「はい」
でも。
すごい。
あんな遠くから。
リュエルさんは的を見る。
「もう一度」
「はい」
ハリトが矢をつがえる。
今度は。
さらに小さな的。
狙う。
放つ。
トン。
また。
ほぼ中心。
「……上手いじゃん」
ミーナが言った。
「だろ?」
「何でニールが自慢するの?」
「仲間だから!」
「本人より嬉しそう」
ハリトも少し笑っている。
「もう一度」
リュエルさんが言った。
「はい」
「ただし」
リュエルさんが。
突然。
足元に置いてあった木片を蹴った。
「え?」
木片が転がる。
斜面へ。
ころころと。
不規則に。
「射て」
「…………」
ハリトが弓を構えた。
狙う。
木片が跳ねる。
方向が変わる。
ハリトの弓が追う。
でも。
射たない。
「射て」
「…………」
まだ。
射たない。
木片が。
射撃場の端へ近づく。
ハリトが――。
放った。
ヒュッ。
矢が飛ぶ。
木片の横。
地面へ刺さった。
「……外した」
俺が呟く。
ハリトが。
少し悔しそうに弓を下ろした。
「もう一度」
リュエルさんが別の木片を蹴る。
今度は。
さっきより速い。
ハリトが狙う。
追う。
待つ。
「遅い」
リュエルさんの矢が飛んだ。
「え?」
木片が。
空中で弾けた。
「…………」
速い。
いつ弓を引いた?
「すげえ……」
俺は思わず言った。
今度は誰も怒らなかった。
ハリトも。
リュエルさんを見ている。
「お前」
リュエルさんが言った。
「当てるのは上手い」
「……はい」
「狙うのも上手い」
「はい」
「風も見ている。距離も測れている。弓を扱ってきた時間も分かる」
ハリトの表情が少し明るくなる。
「だが」
来た。
俺は思った。
ザイルさんと同じだ。
絶対ここからだ。
「お前は、当てられるまで射たない」
ハリトが黙る。
「…………」
「狩りなら正しい」
リュエルさんが続ける。
「獲物に気づかれず、一射で仕留める。無駄な矢を使わない。森で生きるなら、それでいい」
「……はい」
「だが」
リュエルさんが。
転がった木片を見る。
「敵は、お前が狙い終わるまで待ってくれるのか?」
「…………」
「仲間が襲われている時も?」
「…………」
「外すかもしれない」
リュエルさんが言う。
「それでも、射たなければならない時がある」
ハリトの手が。
弓を少し強く握った。
「お前に足りないのは、命中率じゃない」
「……じゃあ」
「外す覚悟だ」
「…………」
俺は。
なんとなく。
分かる気がした。
ハリトは。
いつも考える。
俺よりずっと考える。
だから。
助けられたことも何度もある。
でも。
考えている時間がない時もある。
「教えてください」
ハリトが言った。
「僕に」
リュエルさんを見る。
「迷っている時間がない時の、弓を」
リュエルさんは。
しばらくハリトを見た。
「明後日」
「はい」
「朝から来い」
ハリトの目が。
少しだけ大きくなる。
「……ありがとうございます」
「ただし」
「?」
「今使っている弓を持ってこい」
ハリトが背中を見る。
故郷を出る時。
もらった弓。
「これを?」
「ああ」
「新しい弓じゃなくて?」
「弓を教えるのに、なぜ弓を変える」
「…………」
ハリトが。
少し笑った。
「分かりました」
◇
「よし」
俺は腕を組む。
「ハリトもボコボコにされた」
「されてないよ」
「心を!」
「ニールよりはだいぶ優しかったと思う」
「なんで俺だけ地面に転がされたの!?」
「剣だからじゃない?」
ミーナが笑う。
「次はミーナだな!」
「なんでそんな嬉しそうなの?」
「仲間だから!」
「絶対違う」
俺たちは。
訓練場の奥へ向かった。
障害物が並んだ区画。
木箱。
柱。
低い壁。
足場。
狭い通路。
その中を。
一人の女が走っていた。
「速っ」
思わず声が出た。
黒い髪。
軽装。
両手に短剣。
木箱を蹴る。
身体が浮く。
柱へ足をつく。
方向を変える。
着地。
そのまま。
目の前にいた男の懐へ。
「はい、死んだ」
短剣が。
相手の首元で止まる。
「……またか」
相手の冒険者が悔しそうに言う。
「だから足見すぎ」
「見ないと動き分かんねえだろ」
「私が足でしか動かないならね」
女が笑った。
そして。
俺たちを見る。
「リディア」
「レナさん」
「その子?」
「はい」
レナ・クロウ。
二十八歳。
現役五つ星。
LEVEL三十八。
「へえ」
レナさんが。
ミーナを見る。
「ハーフビースト」
「うん」
「耳いい?」
「いいよ」
「鼻は?」
「それも」
「速い?」
「たぶん」
「短剣は?」
「……それを知りに来た」
レナさんが笑った。
「いい答え」
なんか。
ザイルさんとも。
リュエルさんとも違う。
この人。
怖そうなのに。
楽しそうだ。
「じゃあ」
レナさんが。
片方の短剣を鞘へ戻した。
「一本でいいや」
「え?」
「私に一回当てて」
ミーナが瞬きをする。
「それだけ?」
「それだけ」
「当てたら?」
「教えてあげる」
「本当?」
「本当」
ミーナの耳が。
ぴん。
と立った。
「やる」
即答。
「ミーナ」
俺が言う。
「気をつけろよ」
「分かってる」
短剣を抜く。
ミーナの表情が変わった。
低く構える。
レナさんは。
何も構えない。
「いつでもどうぞ」
ミーナが消えた。
「速っ!」
いや。
消えたように見えた。
右。
木箱を蹴る。
左へ。
低い。
レナさんの脇。
短剣。
「はい」
レナさんが。
一歩。
動いた。
それだけ。
ミーナの短剣が空を切る。
「え?」
「もう一回」
ミーナが振り返る。
踏み込む。
今度は正面。
直前で。
身体を沈める。
横。
「はい」
また。
一歩。
「…………」
「もう一回」
ミーナの耳が動く。
右。
左。
後ろ。
音を聞いている。
レナさんの足音。
呼吸。
服の擦れる音。
そして。
飛び込む。
「そこ!」
レナさんが。
止まった。
「え?」
ミーナも止まる。
その額に。
レナさんの指が当たっていた。
「今」
「……何?」
「私の足音、聞いてたでしょ」
「…………」
「呼吸も」
「……うん」
「服が動く音も」
「うん」
「匂いも?」
「少し」
「やっぱり」
レナさんが。
ミーナから離れる。
「じゃあ」
目を閉じた。
「え?」
そして。
靴を脱いだ。
「何してるの?」
「もう一回」
「…………」
レナさんは。
裸足。
足音が。
ほとんど消えた。
「来て」
ミーナの耳が動く。
ぴく。
ぴく。
さっきより。
迷っている。
飛び込む。
レナさんが避ける。
「…………!」
もう一度。
避ける。
さらに。
避ける。
ミーナの動きが。
少しずつ乱れていく。
「なんで……」
そして。
次の瞬間。
レナさんが。
ミーナの後ろにいた。
短剣の柄が。
首筋へ。
軽く触れる。
「はい、死んだ」
「…………」
ミーナが。
動かなくなった。
「ずるい」
「何が?」
「音消した」
「敵が?」
「…………」
「戦う前に『私は足音消します』って教えてくれる?」
「……くれない」
「でしょ?」
レナさんは靴を履き直す。
「耳がいい」
「…………」
「鼻もいい」
「…………」
「速い」
「…………」
「全部、すごい才能」
ミーナが顔を上げる。
「でも」
レナさんが。
ミーナの短剣を指差した。
「それが使えなくなったら?」
「…………」
「お前、何が残る?」
ミーナの耳が。
ゆっくり下がった。
「レナさん」
俺が思わず言う。
「言い方!」
「厳しいって言ったでしょう?」
リディアさんが小声で言った。
「聞いてたけど!」
「大丈夫」
ミーナが言った。
「え?」
「その通りだから」
短剣を見る。
「私」
ミーナが呟く。
「耳がいいから、聞いてた」
自分の耳へ触れる。
「鼻がいいから、嗅いでた」
足を見る。
「速いから、先に動いてた」
そして。
短剣を見る。
「だから」
少し笑う。
「ちゃんと短剣を使わなくても、何とかなってたんだ」
レナさんは何も言わない。
「でも」
ミーナが顔を上げる。
「それじゃ、駄目なんでしょ?」
「駄目とは言ってない」
「え?」
「使えるものは全部使えばいい」
レナさんが言った。
「耳も使え。鼻も使え。速さも使え。それはお前の武器なんだから」
「…………」
「ただ」
一本。
短剣を抜く。
「それしかない奴になるな」
ミーナの目が。
変わった。
「短剣を教えて」
「嫌」
「え!?」
俺まで声が出た。
「なんで!?」
「ニール、静かに」
「ミーナまで!?」
レナさんが笑う。
「今日は嫌」
「今日は?」
「明日から三日、依頼」
「あ」
「四日後ならいる」
ミーナの耳が。
ぴんと立った。
「来てもいい?」
「好きにすれば?」
「行く!」
「朝早いよ」
「平気!」
「泣いても知らない」
「泣かない!」
「吐いても?」
「……何させる気?」
レナさんが。
にっこり笑った。
「来れば分かる」
「…………」
ミーナの耳が。
ちょっとだけ下がった。
「怖っ」
俺が呟く。
「聞こえてるよ」
「すみません!」
◇
訓練場を出る頃には。
空が少し赤くなり始めていた。
「決まったな」
俺が言う。
「うん」
ハリト。
「決まったね」
ミーナ。
俺は明日。
ザイルさん。
ハリトは明後日。
リュエルさん。
ミーナは四日後。
レナさん。
三人とも。
教わる相手が決まった。
「なんかさ」
俺は歩きながら言った。
「面白いな」
「何が?」
「俺たち、三人とも違うんだな」
「今さら?」
「そうじゃなくて!」
俺は自分の剣へ触れる。
「俺は、力があるのに剣が下手」
「うん」
「ハリトは、弓が上手いのに慎重すぎる」
「……うん」
「ミーナは、速くて耳も鼻もいいけど、それに頼りすぎてる」
「言い方」
「でも合ってるだろ?」
「まあね」
三人とも。
強くなりたい。
それは同じ。
でも。
強くなるために必要なことは。
同じじゃない。
「LEVEL上げればいいと思ってたな」
俺が言う。
「少なくとも、それだけじゃないみたいだね」
ハリトが答える。
「面倒だな」
ミーナが言った。
「え?」
「だってさ」
ミーナが笑う。
「自分の弱いところ、ちゃんと見なきゃいけないんでしょ?」
「…………」
確かに。
魔物を倒す方が。
簡単かもしれない。
敵がいる。
戦う。
勝つ。
強くなる。
分かりやすい。
でも。
剣が下手。
慎重すぎる。
感覚に頼りすぎる。
そういうものは。
魔物を何匹倒しても。
気づかなければ。
ずっとそのままなのかもしれない。
「でもさ」
俺は言った。
「分かったなら、直せるってことだろ?」
「簡単に言うね」
「だって」
俺は笑った。
「できないことがあるなら、まだ強くなれるじゃん」
ハリトが。
少し笑った。
「ニールらしいね」
「褒めてる?」
「今回は」
「今回は!?」
ミーナも笑う。
「じゃあ」
俺は二人を見る。
「誰が一番強くなるか勝負な!」
「何でそうなるの?」
「面白そうじゃん!」
「じゃあ私」
ミーナが手を上げた。
「乗るの!?」
「負けるの嫌だし」
「よし!」
「僕はやらないよ」
「ハリト!」
「勝手に二人でやって」
「逃げるのか!?」
「そういう挑発には乗らない」
「一番になったら飯奢ってもらう」
「参加する」
「乗った!」
「ハリト、チョロいね」
「ニールにだけは言われたくない」
三人で笑った。
明日から。
新しい訓練が始まる。
LEVELを上げるだけじゃない。
自分が何をできないのか。
何を知らないのか。
そこから始める。
たぶん。
強くなるって。
今まで俺が思っていたより。
ずっと。
いろんな方法がある。
そして。
その最初の日。
俺はまだ知らなかった。
ザイルさんの言う「剣を教える」が。
俺の想像していた修行とは。
まったく違うものだったことを。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回はニールに続いて、ハリトとミーナにも「今の自分に足りないもの」が見えてくる回でした。
ニールは、身体は強くなった。でも剣そのものはまだ未熟。
ハリトは、弓は上手い。でも確実に当てようとするあまり、射つべき瞬間を逃してしまう。
ミーナは、耳も鼻もよく、身体も速い。でも優れた感覚があるからこそ、それに頼ってきた。
三人とも今までの戦い方が「間違っていた」わけではありません。
むしろ、それぞれの長所があったからこそ、ここまで冒険してこられました。
でも――その先へ行くなら。
自分の強さだけではなく、自分の弱さも知らなければならない。
第四章『強くなるということ』では、LEVELという数字だけでは測れない「強さ」を描いていきたいと思っています。
そして次回。
いよいよニールの修行開始です。
ザイルの言う「剣を教える」とは、一体どんな修行なのか。
たぶんニールが想像しているようなものではありません(笑)。
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