『一人』
青の勇者、ニール。
緑の勇者、ハリト。
仲間と共に進み始めた二人とは、まったく違う冒険者がいる。
王国から直接依頼を受けるほどの実力者。
七つ星冒険者――
ハルキ・サトー。
彼には、決まった仲間がいない。
いや。
彼自身が、それを必要としていない。
「一人で十分だ」
なぜなら彼は、本当に一人で何でもできてしまうから。
そして彼には、もう一つ。
誰にも語ることのない謎があった。
十五歳より前の記憶がない。
気づいた時には、すでにこの世界にいた。
幕間三『一人』
最強の冒険者、ハルキのお話です。
巨大な魔物が、地面に倒れた。
轟音。
山が揺れる。
木々から鳥たちが一斉に飛び立ち、土煙が舞い上がった。
黒い体毛に覆われた巨体。
岩を砕くほどの太い腕。
頭部から伸びる二本の角。
その周囲には、激しい戦いの跡が残されていた。
砕けた岩。
抉れた地面。
なぎ倒された木々。
アルヴェリア王国北東部。
この魔物によって、すでに複数の街道が封鎖されていた。
地元の騎士団では対処困難。
そこで王国が出したのが、
《アルヴェリア王国・特別指定依頼》
推奨。
六つ星以上。
複数名。
そして。
指名冒険者。
ハルキ・サトー。
「……終わったか」
男が一人。
大剣についた汚れを払う。
仲間はいない。
斥候も。
魔法使いも。
回復役も。
王国は複数名での行動を推奨していた。
ハルキには関係なかった。
一人で倒せる。
なら。
一人で十分だった。
◇
王都。
アルヴェリア王国最大の都市。
その城門を。
一人の男が通過する。
黒を基調とした防具。
背中には大剣。
門を守る騎士が、その姿に気づいた。
「ハ、ハルキ殿……?」
ハルキは足を止めた。
「何だ」
「もう、お戻りになられたのですか?」
「ああ」
「しかし、出発されたのは昨日だったかと……」
「終わった」
「……討伐された、と?」
「ああ」
「お一人で?」
ハルキの目が。
騎士へ向く。
「他に誰がいる」
「……い、いえ」
「討伐証明はギルドでいいのか」
「はい。王都ギルドで確認後、王城へ報告が届く手筈です」
「分かった」
ハルキは歩き出す。
「あ、あの!」
もう一度呼び止められた。
ハルキが振り返る。
それだけで。
騎士の声が少し小さくなった。
「……王国からは、複数名での行動を推奨していたかと思いますが」
「推奨だろ」
「……はい」
「一人で十分だ」
「…………」
ハルキは再び歩き出した。
騎士たちは、その背中が遠ざかるまで何も言わなかった。
「……怖え」
一人が呟く。
「聞こえるぞ」
「す、すみません!」
遠くから返事が来た。
騎士の顔が青くなる。
ハルキは振り返らなかった。
◇
王都冒険者ギルド。
アルヴェリア王国でも最大級の冒険者ギルド。
数多くの冒険者が行き交っている。
四つ星。
五つ星。
六つ星。
名の知られた高位冒険者も珍しくない。
そして。
七つ星。
王国でも数えるほどしかいない、最高位の冒険者たち。
その一人が。
扉を開けた。
ギルドの空気が。
わずかに変わった。
「…………」
「ハルキだ」
「もう戻ったのか?」
「昨日出たばっかりだろ……」
小さな声。
誰も。
本人には話しかけない。
ハルキは気にすることなく、受付へ向かう。
途中。
一人の若い冒険者が道を塞いでいた。
「…………」
ハルキが止まる。
若者が気づく。
「うわっ! す、すみません!」
慌てて道を空ける。
ハルキは何も言わず。
その横を通った。
「怖っ……」
後ろで聞こえた。
気にしない。
受付へ。
討伐証明を置く。
「確認を」
「は、はい!」
受付の女性が慌てて立ち上がった。
素材を確認する。
目を見開く。
「……討伐を確認しました」
「ああ」
「負傷は?」
「ない」
「装備の損傷は?」
「刃を研ぐ」
「……それだけですか?」
「ああ」
「…………」
受付の女性が依頼書を見る。
六つ星以上。
複数名推奨。
王国特別指定。
「ハルキさん」
「何だ」
「今回の依頼ですが……王国から複数名での行動が推奨されていました」
「聞いた」
「では、なぜ……」
「必要ない」
「ですが――」
「一人で倒した」
「…………」
「問題があるか?」
「……ありません」
「ならいい」
会話は終わった。
受付の女性も。
それ以上は何も言わなかった。
周囲には。
パーティーを組んだ冒険者たちがいる。
五人。
六人。
仲間同士で地図を広げ、次の依頼について話している。
その中の一人が。
ちらりとハルキを見る。
「声かけてみる?」
「やめとけ」
「でも、次の山岳依頼、あの人がいれば――」
「お前が行けよ」
「無理」
「俺も無理」
結局。
誰も来ない。
ハルキも。
誰も呼ばない。
それでいい。
他人が嫌いなわけではない。
信用していないわけでもない。
ただ。
必要がない。
一人でできることを。
わざわざ複数でやる理由がない。
それだけだった。
◇
十年前。
十五歳。
ハルキ・サトーは。
知らない空を見上げていた。
「…………」
青い空。
知らない森。
知らない匂い。
聞いたことのない生き物の声。
ハルキは身体を起こした。
「……どこだ、ここ」
自分の名前は分かる。
ハルキ・サトー。
年齢も分かる。
十五歳。
だが。
それ以外が。
ない。
「…………?」
ここへ来る前。
どこにいた?
何をしていた?
誰と暮らしていた?
どんな場所だった?
思い出そうとする。
何も出てこない。
ただ。
自分が。
《異界》から来た。
そのことだけは。
なぜか分かった。
「異界……?」
自分で口にして。
それ以上のことが。
何も思い出せない。
なぜ。
ここにいる?
誰かに連れてこられた?
自分で来た?
分からない。
「……何なんだよ」
答える者はいない。
そして。
もう一つ。
自分の中に。
知らない力がある。
それだけは。
名前が分かった。
《超越成長》
「…………」
何の力なのか。
なぜ自分が持っているのか。
それすら。
分からなかった。
◇
最初の数日は。
生きるだけで精一杯だった。
水を探した。
食べられるものを探した。
夜は木の陰で眠った。
魔物にも遭遇した。
十五歳の少年に。
戦う術などなかった。
逃げた。
隠れた。
生き残った。
そして。
初めて。
自分より小さな魔物を倒した日。
身体が変わった。
「……何だ?」
力が増している。
身体が軽い。
昨日までできなかったことが。
できる。
一度ではない。
二度。
三度。
経験を重ねるたびに。
強くなる。
異常なほどに。
やがて。
人の住む場所へたどり着き。
ハルキは知った。
ここが。
アルカレムという世界であること。
この世界にはLEVELがあること。
そして。
自分の成長速度が。
普通ではないことを。
◇
一年。
二年。
三年。
剣を覚えた。
大剣を覚えた。
魔物を覚えた。
野営を覚えた。
地図を読むことを覚えた。
傷を治す方法を覚えた。
誰かに教わったこともある。
誰かと一時的に行動したこともある。
だが。
結局。
最後に自分を生かすのは。
自分だった。
四年。
五年。
六年。
強くなった。
七年。
八年。
九年。
さらに強くなった。
いつしか。
誰かと組む必要がなくなった。
そして。
十年。
◇
二十五歳。
七つ星。
ハルキは王都の通りを一人で歩いていた。
人々が。
わずかに道を空ける。
有名だから。
強いから。
そして。
話しかけづらいから。
ハルキは。
気にしない。
少し前。
旅先で出会った少年の顔が浮かんだ。
ニール・レイン。
青の勇者。
いつも誰かと一緒にいる少年。
仲間と進むことに。
何の疑問も持っていないように見えた。
ハルキには。
理解できない。
だが。
否定するつもりもない。
あいつが。
それを選ぶなら。
好きにすればいい。
自分も。
好きにする。
今まで。
一人では倒せなかった魔物はいない。
一人では辿り着けなかった場所もない。
一人だからという理由で。
依頼を失敗したこともない。
なら。
仲間を作る理由がない。
◇
宿へ戻る。
大剣を壁へ立てかける。
誰もいない部屋。
静かだった。
ハルキは。
この静けさが嫌いではない。
「十年か」
十五歳で。
気づけば。
この世界にいた。
それ以前のことは。
何も覚えていない。
自分の名前。
自分の年齢。
そして。
自分が《異界》から来たということ。
分かるのは。
それだけ。
なぜ来たのか。
どんな場所から来たのか。
誰かがいたのか。
何一つ。
思い出せない。
そして。
《超越成長》。
なぜ。
自分がこの力を持っているのか。
それも分からない。
十年間。
答えは出なかった。
だから。
もう。
答えを待ってはいない。
ハルキは机の上の依頼書を見る。
次の場所。
次の魔物。
次の戦い。
もし。
この先。
自分一人では越えられないものが現れたら。
「…………」
誰かに頼る?
仲間を作る?
「ふん」
ハルキは鼻で笑った。
「必要ない」
誰かがいなければ越えられないなら。
自分が足りないだけだ。
だったら。
答えは一つ。
「俺が、それより強くなればいい」
ハルキ・サトー。
二十五歳。
七つ星冒険者。
異界人。
十五歳より前の記憶を持たない男。
なぜこの世界へ来たのか。
なぜ《超越成長》を持っているのか。
何も知らない。
それでも。
彼は立ち止まらない。
仲間はいない。
必要もない。
明日も。
一人で。
次の冒険へ向かう。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は七つ星冒険者、
ハルキ・サトー
のお話でした。
王国から直接指名されるほどの実力者。
複数名で挑むことを推奨された依頼にも、一人で向かう。
そして、本当に一人で終わらせて帰ってくる。
だから周囲の冒険者たちも、
「あの人に話しかけづらい……」
となっています(笑)
でも、ハルキは人間嫌いというわけではありません。
誰かを嫌っているわけでもない。
ただ単純に、
「必要ない」
と思っているだけ。
一人で倒せる。
一人で辿り着ける。
一人で依頼を達成できる。
なら、なぜ仲間が必要なのか。
それが今のハルキです。
そして今回、もう一つ明らかになったこと。
ハルキが覚えている自分の過去は、
十五歳から。
気づいた時にはアルカレムにいて、それ以前の記憶はありません。
分かっているのは、自分の名前と年齢。
そして、自分が《異界》から来たということ。
さらに、最初から持っていた謎の力。
《超越成長》
なぜアルカレムへ来たのか。
なぜ十五歳以前の記憶がないのか。
そして。
なぜ《超越成長》を持っているのか。
ハルキ自身も、その答えを知りません。
十年間答えが見つからなかったからこそ、彼はもう答えを待たない。
「誰かがいなければ越えられないなら、俺が足りないだけだ」
「なら、俺がそれより強くなればいい」
仲間と進むニール。
自分で道を選び始めたハリト。
そして。
一人で進み続けるハルキ。
それぞれ違う冒険の形を持つ三人が、この先どう交わっていくのか。
三つの幕間は、これにて終了です。
次回より、本編へ戻ります。




