『王都』
前回の幕間では。
ニールたちの知らない場所で。
五百年間、眠っていた何かが。
静かに反応し始めました。
では。
もう一つ。
彼らの知らないところで。
今、何が起きているのか。
青
アルヴェリア王国。
その中心に位置する。
王都。
巨大な城壁に囲まれた街。
その中央には。
白い石造りの王城が。
高くそびえている。
商人。
冒険者。
騎士。
旅人。
今日も。
多くの人々が行き交い。
王国最大の都市は。
朝から活気に満ちていた。
だが。
そんな街の喧騒から。
遠く離れた。
王城の一室。
そこでは。
一枚の報告書が。
静かに。
机へ置かれた。
「……緑?」
低い声が。
響いた。
「はい」
報告を持ってきた騎士が。
答える。
「ラグナード冒険者ギルドからの報告です」
机の向こうに座る男が。
もう一度。
書類へ目を落とした。
年齢は。
五十歳ほど。
短く整えられた。
灰色の髪。
派手な装飾品は。
身につけていない。
ただ。
その胸元には。
アルヴェリア王国の紋章が。
刻まれていた。
男の名は。
グレイヴ・アルセリア。
アルヴェリア王国の宰相。
国王を補佐し。
王国各地から集まる情報を扱う。
王国中枢の一人だった。
「ハリト・ヴェール。十六歳。エルフ。冒険者等級――三つ星」
「はい」
「《エルティア大森林》の調査依頼中、未確認の古代遺跡を発見」
グレイヴが。
文字を追う。
「その内部で、緑色の装具を入手」
「正確には」
騎士が。
わずかに姿勢を正す。
「装具側から、ハリト・ヴェールに対して何らかの認証が行われたものと思われます」
「……認証」
グレイヴの指が。
机を。
一度。
叩く。
そして。
報告書の。
少し上へ。
視線を移した。
そこには。
もう一人。
少年の名があった。
ニール・レイン。
「青に続いて」
グレイヴが。
呟く。
「緑か」
「はい」
「確認は?」
「ラグナード冒険者ギルドからは、極めて高い確度で《五大勇者》に由来する装具であると」
「極めて高い確度」
「確定とは記されておりません」
「それでいい」
グレイヴが。
書類を置く。
「五百年前の伝承を、似た装具を身につけているというだけで断定されても困る」
「ですが」
騎士が続ける。
「青については、《蒼天遺跡》での一件。そして今回、青と緑の装具の間で何らかの反応が確認されています」
「分かっている」
グレイヴが。
別の書類を手に取った。
少し。
古い報告書。
そこにも。
同じ名前がある。
ニール・レイン。
十五歳。
青い印を持つ少年。
そして。
《蒼天遺跡》で発見された。
青の装具。
「最初は青」
古い報告書を置く。
そして。
新しい報告書。
「今度は緑」
グレイヴは。
椅子へ。
深く腰掛けた。
「偶然だと思うか?」
「…………」
騎士は。
答えなかった。
「……失礼しました」
「いや」
グレイヴが。
小さく息を吐く。
「それでいい」
「…………」
「私にも分からん」
窓を見る。
その向こう。
王都の街並みが。
広がっている。
「五百年だぞ」
ぽつりと。
男が言った。
「《五大勇者》が歴史から姿を消してから」
視線を。
遠くへ向ける。
「五百年」
長い。
あまりにも。
長い時間だ。
英雄たちは。
伝説になった。
伝説は。
物語になった。
今では。
五人の勇者が実在したことさえ。
遠い昔の歴史として。
語られている。
それなのに。
今。
青。
そして。
緑。
二つの色が。
現れた。
「残る三人は?」
「現在のところ、それらしい報告はありません」
「黄は?」
「ありません」
「白は?」
「同じく」
少し。
間を置く。
そして。
「赤は?」
「……ありません」
部屋が。
静かになる。
五百年前。
《五大勇者》の中心にいたと。
伝えられる存在。
赤の勇者。
「二人が現れたのなら」
グレイヴが。
呟く。
「残りも現れると考えるべきか」
「捜索を?」
「何を探す?」
「それは……」
「勇者がどこにいるのか。我々は知らん」
グレイヴが。
騎士を見る。
「装具がどこにあるのかも知らん。何をもって勇者に選ばれるのかも分からん」
「…………」
「伝承だけを頼りに、王国中を掘り返すつもりか?」
「……失礼しました」
「それより」
グレイヴが。
報告書を持ち上げる。
「今、分かっている二人だ」
ニール・レイン。
ハリト・ヴェール。
「二人とも三つ星冒険者か」
「はい」
「随分と普通だな」
「普通……でしょうか」
「少なくとも」
グレイヴが。
少しだけ笑う。
「王侯貴族でもなければ、騎士でもない」
「伝承では、五人の勇者の出自はそれぞれ異なっていたとされています」
「そうだったな」
もう一度。
書類へ。
目を落とす。
「ニール・レイン。十五歳」
「はい」
「若いな」
「ハリト・ヴェールも、十六歳です」
「もっと若かった」
グレイヴが。
額へ。
手を当てる。
「この歳の少年二人が、五百年ぶりの勇者か」
「王都へ召集しますか?」
その言葉で。
グレイヴの指が。
止まった。
「……いや」
「よろしいのですか?」
「今は、まだいい」
「しかし」
騎士が。
わずかに声を落とす。
「本当に《五大勇者》が再び現れたのであれば、王国として保護する必要もあるのでは」
「保護?」
グレイヴが。
騎士を見る。
「本人たちは、それを望んでいるのか?」
「……分かりません」
「ならば」
グレイヴが。
報告書を置く。
「まだ、するな」
「…………」
「勇者だからといって」
静かな声だった。
「王国の所有物になるわけではない」
騎士が。
黙る。
「それに」
グレイヴは。
二人の名前を見る。
「勇者だからこそ、だ」
「どういう意味でしょうか」
「我々が先に」
ニール。
ハリト。
二人の名前を。
指先でなぞる。
「彼らの生き方を決めるべきではないということだ」
「…………」
騎士が。
少しだけ。
驚いたように。
グレイヴを見る。
「ただし」
その声が。
低くなる。
「放置もしない」
「では」
「監視はするな」
「…………」
「情報だけを集めろ」
「承知しました」
「本人たちへ、余計な干渉はするな。ラグナード冒険者ギルドにも、これまで通り冒険者として扱うよう伝えておけ」
「はい」
「もし」
グレイヴが。
少し考える。
「本人たちから王国へ助力を求めてきた場合は、その時に考える」
「承知しました」
「それから」
グレイヴが。
窓の外を見る。
王都。
そのさらに向こう。
遥か遠くにある。
まだ。
何も分からない場所へ。
「《五大勇者》に関する王立書庫の記録を、もう一度洗い直せ」
「五百年前の記録を?」
「ああ」
「何をお探しですか?」
グレイヴは。
少し。
考えた。
「……分からん」
「分からない?」
「だから調べるんだ」
「…………」
騎士が。
一礼する。
「承知しました」
そして。
部屋を出ようとした時。
「ああ、待て」
「はい」
「この件を知っている者は?」
「現時点では、陛下、宰相閣下、一部の上級官吏。それから、報告を扱った者のみです」
「教会は?」
「まだ」
「研究院は?」
「こちらも」
「なら」
グレイヴが。
短く答える。
「そのままでいい」
「よろしいので?」
「二人の少年が、五百年ぶりの勇者かもしれない」
グレイヴが。
椅子へ。
背を預ける。
「そんな話を聞けば、近づきたがる人間はいくらでもいる」
学者。
貴族。
宗教関係者。
軍人。
商人。
そして。
勇者という名を。
利用したい者。
「まだ確定情報が少なすぎる」
グレイヴが。
言う。
「今は騒ぎにする必要はない」
「承知しました」
騎士が。
今度こそ。
部屋を出る。
扉が。
閉まった。
静寂。
グレイヴは。
一人。
残された。
机の上には。
二枚の報告書。
青。
そして。
緑。
「五百年、か」
その指が。
一冊の古い記録へ。
伸びる。
王立書庫から。
以前。
取り寄せたものだった。
慎重に。
頁を開く。
そこには。
五つの色が。
記されていた。
赤。
青。
緑。
黄。
白。
五人の勇者。
五百年前。
魔王と戦い。
世界を救ったと。
伝えられている英雄たち。
だが。
「…………」
グレイヴの指が。
ある場所で。
止まる。
魔王討伐。
その記録は。
残っている。
勇者たちの。
戦いも。
残っている。
だが。
その先。
五人が。
どうなったのか。
記録は。
不自然なほど。
少ない。
「なぜ……」
グレイヴが。
呟く。
「誰も帰ってこなかった?」
魔王を倒した。
世界を救った。
ならば。
その後。
五人は。
どこへ行った?
死んだのか。
どこかへ。
消えたのか。
それとも。
記録に残せない。
何かがあったのか。
五百年前の記録には。
その答えが。
ない。
「…………」
グレイヴは。
古い記録を閉じる。
そして。
新しい二枚の報告書へ。
視線を戻した。
ニール・レイン。
ハリト・ヴェール。
青。
緑。
そして。
まだ。
現れていない。
三つの色。
「今度は」
グレイヴが。
静かに。
呟く。
「何が始まる?」
当然。
答える者は。
いない。
王都。
その日。
ニールとハリトが。
知らないところで。
二人の名前が。
初めて。
王国の中心へ。
届いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
『五百年の眠り』では。
青と緑。
二つの《勇者装具》が認証されたことで、五百年間止まっていた何かが反応し始めました。
そして今回。
動き始めたのは、五百年前の何かだけではありません。
ニール・レイン。
ハリト・ヴェール。
二人の名前が。
ついに王国の中心――王都へ届きました。
とはいえ。
いきなり王都へ召集!
勇者として国に仕えろ!
……とは、なりませんでした。
宰相グレイヴが選んだのは。
「勇者だからといって、王国の所有物になるわけではない」
という判断。
ニールたちは、勇者である前に。
自分の意思を持った、一人の人間です。
そして何より。
冒険者です。
だから今は。
彼ら自身が選んだ道を歩いていきます。
ですが――。
王国もまた。
五百年前について調べ始めました。
魔王を倒し。
世界を救ったと伝えられる五人の勇者。
では。
その後、五人はどこへ行ったのか?
なぜ、誰も帰ってこなかったのか?
なぜ、その先の記録がほとんど残されていないのか?
そして。
五百年後の今。
なぜ再び勇者が現れ始めたのか?
まだ。
答えはありません。
地下では、五百年間眠っていた何かが反応し。
王都では、五百年前の記録が開かれ。
そのどちらも知らないニールたちは――。
「ちゃんと戦い方を習ってみよう」
と、自分たちの次の一歩を踏み出します。
世界では大きな何かが動き始めていますが。
ニールたちの冒険は、これまでと同じ。
一歩ずつ。
自分たちにできることから。
ここまで第三章、そして二つの幕間までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
次回から――。
新章、第四章へ。
青と緑。
二人の勇者となったニールとハリト。
そしてミーナ。
三人の新しい冒険を、引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです!
面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、★評価・ブックマークで応援していただけると、とても励みになります!
五百年前に何があったのか。
残る三人の勇者は誰なのか。
そして、王国はこれからどう動くのか。
皆さんの予想や考察も、ぜひ感想で聞かせてください!




