第十二話『冒険者の休日』
前回、ラグナードへ帰還したニールたち。
★★★《エルティア大森林・異常生態調査》も無事に完了。
そして冒険者ギルドにも――
青の勇者、ニール。
緑の勇者、ハリト。
現代に二人の勇者が現れたことが、正式に報告されました。
五百年ぶりに動き始めた《勇者装具》。
青と緑。
ベルトさんとリーフ。
何やら大きな物語が始まりそうな気配ですが――。
その翌日。
彼らがすることは。
特にありません。
戦闘なし。
依頼なし。
遺跡なし。
今日は、冒険者たちの休日です。
それでは、第十二話『冒険者の休日』。
お楽しみください!
朝。
目を覚ました。
「…………」
天井。
見慣れた。
宿の天井。
「…………」
もう一度。
目を閉じた。
「…………」
目を開けた。
天井。
「…………」
おかしい。
何かが。
足りない。
「……ハリト」
「何?」
隣のベッドから。
声がした。
「今日、何時に出る?」
「出ないよ」
「…………」
「…………」
「何時に?」
「だから、出ない」
身体を起こす。
ハリトは。
まだベッドの中にいた。
「依頼は?」
「受けない」
「なんで?」
「休むから」
「…………」
意味が。
分からない。
「じゃあ今日は何する?」
「休む」
「だから何するんだよ」
「何もしない」
「何もしない!?」
思わず。
声が大きくなった。
「そんなことある!?」
「あるよ」
「一日だぞ!?」
「そうだね」
「朝から夜まで!?」
「一日だからね」
「何もしないの!?」
ハリトが。
毛布を頭までかぶった。
「まず僕は、もう少し寝る」
「おい!」
「昨日遅かったんだから」
昨日。
ギルドへの報告を終えた俺たちは。
飯を食った。
依頼完了。
ハリトが緑の勇者になった。
無事に帰ってきた。
理由は。
いくらでもあった。
だから。
食った。
かなり食った。
そして。
かなり遅くまで。
みんなで話した。
「でもさ」
「…………」
「ハリト」
「…………」
「ハリト?」
「…………」
「寝た?」
「寝る」
「まだ寝てないじゃん」
「寝るの」
「なあ」
「…………」
「ハリ――」
枕が。
飛んできた。
◇
「休日?」
「そう」
宿の食堂。
朝飯を食べながら。
ミーナが聞き返した。
「今日は依頼を受けないの?」
「うん」
ハリトが答える。
「休んだ方がいいと思う」
「賛成」
ミーナが。
即答した。
「ええ。私も良いと思います」
シロナまで。
頷く。
「三対一!」
「何の勝負?」
「俺だけ働く気がある!」
「ニール」
「何?」
「休むのも仕事だよ」
「出た! それっぽい言葉!」
「本当のことでしょ」
ミーナが。
パンをちぎる。
「私はお風呂入って、寝て、買い物したい」
「昨日も風呂入っただろ」
「今日も入るの」
「なんで?」
「ニールには分からない」
「なんでだよ!」
シロナが。
小さく笑う。
「では、今日は皆さんでラグナードを見て回りませんか?」
「みんなで?」
「はい」
「何しに?」
「特に目的はありません」
「目的がないのに出かけるの?」
「ニールさん」
「何?」
「休日とは、そういうものです」
「…………」
難しい。
冒険者って。
難しい。
◇
昼前。
俺たちは。
ラグナードの市場にいた。
「おお!」
右を見る。
「肉!」
左を見る。
「武器!」
前を見る。
「肉!」
「肉二回あったよ」
「大事だからな!」
ラグナードの市場。
何度も通ったことはある。
でも。
いつも。
必要なものを買うためだった。
食料。
薬。
旅の道具。
装備。
今日は。
違う。
「ニール」
「何?」
「どこ行くの?」
「ちょっとあの剣を――」
「昨日まで使ってた装備、つい最近整えたばっかりでしょ」
「見るだけ!」
「買わない?」
「…………」
「ニール?」
「見るだけ!」
「今、間があったよね」
ハリトに。
襟を掴まれた。
「離せ!」
「ダメ」
「見るだけだから!」
「前もそう言って砥石買ってたでしょ」
「必要だった!」
「三つも?」
「予備!」
「三つ全部?」
「予備の予備!」
「行くよ」
「剣ー!」
引っ張られていく。
その後ろで。
ミーナが笑っていた。
◇
「これ、いいな」
今度は。
ハリトが止まった。
「何?」
「紙」
「紙?」
店先に。
何種類もの紙。
小さな帳面。
筆記具。
地図を入れる革筒。
いろんなものが並んでいる。
「この帳面、森で使いやすそう」
「買うの?」
「うん。今回ので結構使ったから」
「勇者になって最初に買うのが帳面?」
「いいでしょ、別に」
「もっとこう、勇者っぽい――」
「ニールさん」
シロナが。
俺を見る。
「ニールさんが青の勇者になって最初に欲しがったもの、覚えていますか?」
「…………」
「何だったの?」
ミーナが聞く。
「…………肉」
「ほら」
「腹減ってたんだよ!」
ハリトが。
笑いながら帳面を買う。
その腰で。
リーフが。
小さく光った。
『《記録媒体――確認》』
「これ?」
ハリトが。
買った帳面を見せる。
『《肯定》』
「使うよ」
『《了解》』
「なんかいいな」
俺が言う。
「何が?」
「リーフと買い物してる感じ」
「ベルトさんともすれば?」
「ベルトさん。何か欲しい?」
『《質問内容――不明瞭》』
「欲しいもの」
『《該当――なし》』
「即答!」
「ベルトさんらしいね」
「もっと欲を持てよ!」
『《要求――不明》』
「難しいなあ!」
◇
市場を歩く。
食べる。
見る。
また歩く。
途中。
シロナが。
一軒の店を指した。
「こちらの焼き菓子、美味しいですよ」
「知ってるの?」
「以前、ラグナードに来た時に食べました」
「シロナって、前にもここに住んでたの?」
「住んでいたというほどではありません。しばらく滞在したことがあるだけです」
「へえ」
俺は。
改めてシロナを見る。
そういえば。
シロナは。
いろんな場所を旅している。
俺たちと会う前にも。
きっと。
いろんな町を歩いて。
いろんな人と会って。
いろんなものを。
食べてきたんだ。
「じゃあ、シロナおすすめ!」
「食べるの?」
「食べる!」
「さっき肉食べてたよね?」
「甘いものは別!」
ミーナが。
俺を見る。
「それ私の言うやつじゃない?」
「そうなの?」
「知らないけど」
四人分。
焼き菓子を買う。
焼きたて。
まだ温かい。
一口。
「うまっ!」
「でしょ?」
シロナが。
少し得意そうに笑った。
「もう一個!」
「ニール」
「何?」
「昼ご飯も食べるんでしょ」
「もちろん」
「よく入るね」
「動くからな!」
「今日、動いてないよ」
「…………」
食べる。
「聞かなかったことにした!」
◇
しばらくして。
「私、少しこちらを見てきますね」
シロナが。
通りの向こうにある店を指した。
薬草や。
薬瓶。
治療道具が並んでいる。
「僕も行こうかな」
ハリトも。
その隣の店を見る。
「地図がある」
「じゃあ俺も――」
「ニール」
「何?」
「興味あるの?」
「ない」
「じゃあ待ってて」
「はい」
ハリトと。
シロナが。
店へ入る。
残ったのは。
俺と。
ミーナ。
「…………」
「…………」
「何する?」
「別に」
「座る?」
「うん」
道の端。
小さな広場。
木の下に。
長椅子があった。
二人で座る。
人が。
行き交っている。
子どもが走る。
商人が声を上げる。
荷車が通る。
「…………」
「…………」
なんだこれ。
「ミーナ」
「何?」
「暇だな」
「休日だからね」
「休日って暇なの?」
「知らない」
「ミーナも知らないんじゃん!」
「私だって、こんな風に過ごすことあんまりなかったし」
「そっか」
考えてみれば。
そうだ。
俺だけじゃない。
ミーナも。
ハリトも。
冒険者になって。
まだそんなに長くない。
こうやって。
依頼もなく。
街で。
何もしない日なんて。
ほとんどなかった。
「ねえ、ニール」
「ん?」
「ハリトが勇者になった時」
「うん」
「どう思った?」
「嬉しかった」
答える。
すぐに。
「……即答なんだ」
「だってハリトだぞ?」
「うん」
「ずっと一緒だったし」
「うん」
「俺だけ変な装具つけて勇者とか言われてたから」
『《評価――不適切》』
「ベルトさんは変じゃない!」
「自分で言ったんじゃん」
「そうだった」
ミーナが。
笑う。
少しして。
また。
前を見る。
「怖くない?」
「何が?」
「これから」
「これから?」
「勇者が二人になったんでしょ」
「うん」
「五百年前とか。古代遺跡とか。《守護体》とか」
「うん」
「なんか」
ミーナが。
自分の膝を見る。
「もっと危ないことに、巻き込まれそうじゃん」
「…………」
「ニールも。ハリトも」
その声が。
少しだけ。
小さくなった。
「怖いよ」
俺は答えた。
ミーナが。
こっちを見る。
「……ニールが?」
「何だよ」
「怖くないのかと思ってた」
「怖いだろ」
「でも、いつも突っ込んでくじゃん」
「それは」
考える。
「行かなきゃいけない時もあるから」
「…………」
「ハリトが死ぬのは嫌だし」
「うん」
「シロナが死ぬのも嫌だ」
「うん」
「ミーナが死ぬのも嫌だし」
「…………」
ミーナが。
止まった。
「だから」
俺は。
自分の手を見る。
「もっと強くなりたいんだと思う」
前は。
違った。
強くなれば。
全部。
俺がやればいいと思っていた。
俺が。
前に出て。
俺が。
倒して。
俺が。
守ればいい。
でも。
たぶん。
違う。
「俺一人が強くなればいいって意味じゃないけどな」
「……うん」
「ハリトも強くなるし。ミーナも強くなるし」
「うん」
「シロナはもう強いし」
「うん」
「みんなで強くなった方がいいだろ」
「……そうだね」
ミーナが。
前を向いた。
耳が。
少しだけ。
伏せている。
「どうした?」
「別に」
「暑い?」
「なんで?」
「耳、ちょっと赤いぞ」
「…………」
「ミーナ?」
「ニール」
「何?」
「ちょっと黙って」
「なんで!?」
「いいから」
「理不尽!」
何なんだよ。
◇
「お待たせしました」
シロナが戻ってきた。
その少し後ろから。
ハリトも来る。
「何してたの?」
「何も」
ミーナが。
すぐ答えた。
「暇だった」
俺も答える。
「……そう」
ハリトが。
俺を見る。
ミーナを見る。
もう一度。
俺を見る。
「何?」
「別に」
「なんだよ」
「何も」
「今日みんなそれ言うな!」
シロナは。
なぜか。
少しだけ笑っていた。
◇
また。
市場を歩く。
ミーナが。
小物を並べた店の前で。
止まった。
「何か欲しいの?」
「見るだけ」
「さっきの俺と同じじゃん」
「私は買わないから」
「俺も買わなかった!」
「ハリトに止められたからでしょ」
「結果は同じ!」
店先には。
髪飾り。
腕輪。
小さな革紐。
いろんなものが並んでいる。
ミーナが。
一つ。
手に取る。
そして。
自分の髪へ触れた。
琥珀色の髪飾り。
「あ」
「何?」
「それ」
「これ?」
「似合ってるよな」
「…………」
「ミーナ?」
「……何が?」
「髪のやつ」
指を差す。
「前から思ってたけど」
「…………」
「ミーナっぽい」
「…………」
「どうした?」
ミーナが。
髪飾りから。
手を離した。
「買わない」
「え?」
「行く」
「何も買わないの?」
「買わない!」
歩き出す。
「おい、待てよ!」
「ニール」
ハリトが。
俺の肩を叩いた。
「何?」
「……いや」
「なんだよ」
「そのままでいて」
「何が!?」
「たぶんその方が平和だから」
「意味分かんない!」
シロナを見る。
「シロナ?」
「私からは何も」
「なんで!?」
みんな。
今日。
なんか変じゃない?
◇
昼飯を食べた。
また歩いた。
ミーナの希望で。
風呂にも行った。
もちろん。
男と女で別だった。
夕方。
俺たちは。
宿の食堂に戻ってきた。
「疲れた」
椅子に座る。
「依頼してないのに疲れた」
「歩き回ったからね」
「休日って疲れるんだな」
「過ごし方によると思う」
ミーナが。
飲み物を飲んでいる。
「でも楽しかった」
「そう?」
「うん」
ハリトも。
頷く。
「たまにはいいね」
「そうですね」
シロナも。
穏やかに笑う。
「ニールさんは?」
「俺?」
考える。
朝は。
何もしないなんて。
意味が分からなかった。
でも。
市場を歩いた。
食った。
笑った。
何も倒していない。
誰とも戦っていない。
LEVELも。
上がっていない。
依頼も。
終わらせていない。
それでも。
「……楽しかった」
「でしょ?」
ハリトが。
少し得意そうに言う。
「でも明日は依頼――」
「まだ決めない」
「なんで!?」
「明日になってから考えよう」
「そんなのでいいの?」
「いいんじゃない?」
ハリトが。
椅子にもたれる。
「冒険者だからって、毎日冒険しなくてもいいでしょ」
「…………」
それは。
考えたことがなかった。
勇者だから。
何かしなきゃいけない。
冒険者だから。
依頼を受けなきゃいけない。
そういうものだと。
なんとなく。
思っていた。
「なあ、ハリト」
「何?」
「俺たちさ」
「うん」
「勇者が二人になったのに」
「うん」
「昨日と、あんまり変わらないな」
ハリトが。
俺を見る。
「変わってほしかった?」
「…………」
俺は。
みんなを見る。
ハリト。
ミーナ。
シロナ。
ベルトさん。
リーフ。
昨日までと。
同じように。
飯を食って。
くだらないことで。
笑っている。
「いや」
俺は。
笑った。
「こっちの方がいい」
腰で。
ベルトさんが。
小さく光る。
『《肯定》』
続いて。
リーフも。
淡く光った。
『《肯定》』
「お前らまで?」
「いいじゃん」
ハリトが笑う。
ミーナも。
笑った。
ただ。
俺と目が合った瞬間。
ふいっと。
顔を逸らした。
「……?」
やっぱり。
今日のミーナ。
なんか変だ。
まあ。
いいか。
今日は。
休日なんだから。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は――
何も起きませんでした!
勇者が二人になったというのに(笑)。
依頼を受けるでもなく。
魔物と戦うでもなく。
LEVELが上がるでもなく。
ただ街を歩いて。
食べて。
買い物をして。
くだらないことで笑う。
そんな一日でした。
でも、こういう時間も彼らにとっては大切なのかなと思います。
勇者になったからといって、毎日世界を救わなければならないわけではありません。
冒険者だからといって、毎日冒険しなければならないわけでもありません。
何も成し遂げない日があってもいい。
ニールにとっては、それもまた新しい発見だったのかもしれません。
そして――。
今回、もう一つだけ。
何やら様子のおかしい人がいましたね。
ミーナさん。
ニール本人は、
「今日のミーナ、なんか変だ」
くらいにしか思っていませんが……。
「ハリトが死ぬのも嫌だし」
「シロナが死ぬのも嫌だ」
「ミーナが死ぬのも嫌だし」
本人にはまったくその気がなくても、言われる側はそう簡単ではないようです。
さらに、
「その髪飾り、似合ってるよな」
追撃。
ニール君。
そういうところだぞ。
とはいえ、まだ二人の関係が急に何かへ変わったわけではありません。
ニールにとってミーナは、大切な仲間。
ミーナ自身も、自分の気持ちが何なのか、まだはっきり言葉にしているわけではありません。
だから今は、このくらい。
少しだけ耳が赤くなるくらいで。
そして。
青の勇者と緑の勇者が揃っても。
彼らの日常は、昨日までと大きく変わりません。
ニール。
ハリト。
ミーナ。
シロナ。
ベルトさん。
そしてリーフ。
みんなで食べて、歩いて、笑う。
そんな時間を挟みながら、彼らの冒険は続いていきます。
第三章も、いよいよあと少し。
次回も楽しんでいただけましたら嬉しいです!
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