第四話『僕が選ぶ道』(改訂版 ver 1.01)
今回は【ハリト視点】のお話です。
いつもニールの隣にいるハリト。
二人は、いつから一緒に歩くようになったのか。
そして今、森の先頭を歩くハリトは何を思っているのか。
少しだけ昔に戻って、二人の始まりを覗いてみたいと思います。
それでは、第四話『僕が選ぶ道』。
お楽しみください。
【ハリト視点】
『《照合中》』
「まだ分からないのか?」
『《照合中》』
「それはさっき聞いたって」
『《肯定》』
「そこは肯定するのかよ!」
「ニールさん」
「あ」
シロナさんが微笑んでいる。
「……静かにします」
「よろしい」
ニールが小さくなる。
ミーナが笑った。
僕も。
少しだけ笑った。
ニールがベルトさんと話すのも。
今では。
すっかり普通になった。
「で」
ニールが僕を見る。
「どうする?」
「もう少し進んでみたい」
「分かった」
「いいの?」
「何が?」
「いや……」
僕は森の奥を見る。
魔物の痕跡が。
まったくなくなった場所。
その先から。
さっきから感じる。
懐かしいような。
知っているような。
説明できない感覚。
「行こう」
「おう」
僕は歩き出した。
◇
森の奥へ進む。
僕が先頭。
少し後ろにミーナ。
その後ろにニールとシロナさん。
さっきから。
ずっとこの順番だ。
「ハリトー。ちょっと待てって」
後ろからニールの声が聞こえた。
「別に速く歩いてないよ」
「お前、森に入ってから歩くの速くなってない?」
「ニールさんが遅いのでは?」
「シロナまで!?」
「静かにして」
ミーナが振り返る。
「せっかく少し鳥の声が聞こえるようになったのに、また逃げるよ」
「ミーナまで……」
ニールの声が小さくなった。
僕は。
少しだけ笑った。
不思議な感じがする。
僕が前を歩いて。
ニールが後ろからついてくる。
昔は。
いつも逆だった。
◇
僕は。
昔から一人でいることが多かった。
別に。
誰かに嫌われていたわけじゃない。
喧嘩ばかりしていたわけでもない。
森へ行けば。
僕と同じくらいのエルフの子どもたちもいた。
名前だって知っていたし。
会えば話もした。
でも。
友達だったのかと聞かれたら。
たぶん。
違う。
父さんと一緒に。
いろいろな場所を行き来していたから。
森にいることもあった。
人間の町にいることもあった。
同じ場所にしばらくいることもあれば。
また別の場所へ移ることもあった。
誰かと仲良くなりかけても。
気づけば。
僕はいなくなる。
次に会った時には。
その子には別の友達ができていた。
だから。
僕も。
無理にその中へ入ろうとはしなかった。
一人でも遊べる。
本を読むのも好きだった。
森を歩くのも好きだった。
父さんと旅をするのも嫌いじゃなかった。
だから。
それでいいと思っていた。
あの日までは。
◇
「お前、何してんの?」
突然だった。
町の外れ。
僕は一人でしゃがんでいた。
葉っぱの上を。
小さな青い虫が歩いている。
見たことのない虫だったから。
どこへ行くのか。
なんとなく眺めていた。
「……虫見てる」
「面白い?」
「まあまあ」
「俺も見る!」
「え?」
知らない男の子が。
勝手に僕の隣へしゃがんだ。
黒に近い紺色の髪。
青い目。
僕と。
同じくらいの年。
「どれ?」
「……これ」
「ちっちゃ!」
「虫だからね」
「どこ行くんだろうな」
「分からない」
「じゃあ、ついていこうぜ!」
「え?」
男の子が立ち上がった。
「ほら!」
「どこまで?」
「虫が止まるまで!」
「家に帰ったら?」
「そしたら俺たちも帰る!」
「虫の家、どこか知ってるの?」
「知らない!」
「…………」
変なやつだと思った。
「行こうぜ!」
「……なんで僕も?」
「一人より二人の方が面白いだろ?」
意味が分からなかった。
だって。
僕は。
この子の名前すら知らない。
「……君、誰?」
「あ」
男の子が止まった。
「そうだった!」
忘れてたの?
「俺、ニール!」
胸を張った。
「ニール・レイン!」
「……僕はハリト」
「ハリト!」
初めて会ったばかりなのに。
ずっと前から知っていたみたいに。
僕の名前を呼んだ。
「行こうぜ、ハリト!」
「だから、どこに?」
「虫についてく!」
「まだそれやるの?」
「やる!」
「…………」
僕は。
なぜか。
ついていった。
◇
虫は。
すぐに飛んでいった。
「飛ぶの!?」
ニールが叫んだ。
「虫だからね」
「最初から知ってた?」
「羽があったから」
「言えよ!」
「聞かれてないし」
「ハリト、意外とひどいな!」
初めて会った相手に。
言われたくない。
それで終わりかと思った。
でも。
「じゃあ次、あっち行こうぜ!」
「まだ行くの?」
「嫌?」
「……別に」
「じゃあ行こう!」
ニールが走り出す。
「あ、ちょっと!」
僕も追いかけた。
「待ってよ、ニール!」
「早く来いよ!」
「そっち何があるの!?」
「知らない!」
「また!?」
何も決まっていなかった。
目的地も。
やることも。
それなのに。
楽しかった。
森の近くまで行って。
変な形の石を拾って。
小川を見つけて。
ニールが飛び越えようとして。
失敗して。
靴をびしょびしょにした。
「父さんに怒られる……」
「俺も」
「ニールも怒られるの?」
「たぶん!」
「じゃあ、なんで笑ってるの?」
「面白かったから!」
「…………」
本当に。
変なやつだった。
夕方。
僕たちは町の分かれ道で止まった。
「じゃあな、ハリト!」
「うん」
「また明日!」
「…………え?」
ニールは。
もう走り出していた。
「ちょっと待って!」
「何!?」
「明日?」
「うん!」
「……僕、明日もここにいるけど」
「じゃあ遊べるじゃん!」
「そうだけど」
「じゃあ明日!」
それだけ言って。
ニールは帰っていった。
「…………」
また明日。
誰かにそう言われたのは。
たぶん。
初めてだった。
僕は。
誰もいなくなった道を見る。
「……また、明日」
小さく。
そう言った。
◇
次の日。
僕は。
昨日の場所へ行った。
少しだけ。
早く。
別に。
待っていたわけじゃない。
たまたま。
早く着いただけだ。
「ハリトー!」
遠くから声がした。
顔を上げる。
ニールが走ってくる。
本当に来た。
「おはよう!」
「……おはよう」
「今日どこ行く?」
「決めてないの?」
「今から決めようぜ!」
「やっぱり?」
「ハリトは、どっか行きたいところある?」
「僕?」
「うん」
考えた。
行きたい場所。
それまで。
一人で行ける場所しか。
考えたことがなかった。
でも。
「……森の近くに、小さい丘があるんだけど」
「行こう!」
「まだ何も説明してないよ」
「ハリトが行きたいんだろ?」
「……うん」
「じゃあ行こうぜ!」
ニールが走り出した。
「待ってって!」
僕も走る。
いつも。
ニールが先だった。
僕が追いかける。
危ない場所へ行こうとしたら止めて。
道を間違えたら教えて。
無茶をしたら怒って。
それでも。
次の日になれば。
また二人で。
どこかへ行った。
気づいた時には。
ニールは。
僕の初めての友達になっていた。
◇
「ハリト?」
声がした。
「…………」
「ハリト?」
「え?」
顔を上げる。
目の前には。
深い森。
振り返ると。
ニールがいた。
「どうした?」
「……なんでもない」
「本当?」
「うん」
昔のことを思い出していた。
なんて言ったら。
たぶん。
ニールは変な顔をする。
「急に止まるなよ。何か見つけたのかと思った」
「ごめん」
「ったく」
ニールが。
僕の隣まで来た。
「で」
「何?」
「どっち?」
「…………」
少し。
変な感じがした。
「僕が決めていいの?」
「何言ってんの?」
ニールは。
当たり前みたいに言った。
「ハリトの方が森のこと分かるだろ」
「…………」
「俺、さっき足跡と木の根を間違えたし」
「それは関係ないと思う」
「あるだろ!」
後ろで。
ミーナが笑っている。
「それで?」
ニールが聞く。
「どっち行く?」
僕は。
周囲を見る。
地面。
木々の並び。
風。
そして。
森の奥。
さっきから感じている。
説明できない。
何か。
でも。
それだけで決めたくはない。
僕は地図を開く。
現在地。
地形。
戻るための道。
ここまで歩いた時間。
それを確認する。
「こっち」
右前方を指さした。
「少し北東へ進もう」
「理由は?」
「地形が少し高くなってる」
地図を見せる。
「そこからなら、周囲を確認できるかもしれない。それに、帰る時間を考えても、今日はそこまでがいいと思う」
「了解」
それだけ。
ニールは。
僕が決めた道を歩き始めた。
「…………」
「ハリト?」
「いや」
僕は。
少し笑った。
「行こう」
◇
僕が前。
ニールが後ろ。
昔は。
いつも逆だった。
「ハリトー。ちょっと待てって!」
思わず。
笑ってしまった。
「何だよ?」
「別に」
「絶対なんかあるだろ!」
「早く来なよ、ニール」
「お前が速いんだって!」
昔は。
僕が言っていた。
――待ってよ、ニール。
そう言いながら。
あいつの背中を追いかけていた。
でも。
いつからだろう。
追いかけているつもりは。
なくなっていた。
ニールが行くから。
僕も行く。
そう思っていた頃もあった。
でも。
たぶん。
違う。
僕は。
ニールと一緒に行きたかったんだ。
だから。
隣にいた。
そして。
今は。
僕が選んだ道を。
ニールが一緒に歩いてくれている。
◇
高くなった場所へ向かう途中。
風が吹いた。
「…………」
足を止める。
森の奥から。
木々の間を抜けて。
僕の頬を撫でる。
また。
この感覚。
懐かしい。
どうして?
僕は。
この場所を知らない。
この先に何があるのかも。
知らない。
それなのに。
ずっと前から。
ここを知っていたような気がする。
「ハリト?」
ニールの声がした。
「また?」
「……うん」
「そっか」
それだけ。
「聞かないの?」
「何を?」
「何を感じてるのか」
「分かるの?」
「……分からない」
「じゃあ聞いても分からないだろ」
「それはそうだけど」
「分かったら教えてくれ」
「…………」
「何だよ?」
「いや」
本当に。
変なやつだ。
昔から。
ずっと。
「ニール」
「ん?」
「僕」
森の奥を見る。
「やっぱり、この先に何があるのか知りたい」
「おう」
「…………」
「何?」
「それだけ?」
「だって」
ニールは。
僕の隣から。
森の奥を見る。
「そのために来たんだろ?」
「……うん」
そうだ。
懐かしいから。
ここまで来たわけじゃない。
何かに。
呼ばれたからでもない。
僕が。
知りたいと思った。
だから。
この依頼を選んだ。
この道を選んだ。
そして。
ここまで歩いてきた。
「ニール」
「ん?」
初めて会った日。
ニールは。
僕に言った。
一人より二人の方が面白いだろ。
あの時は。
意味が分からなかった。
でも。
今なら。
少しだけ分かる。
「行こう」
「おう」
僕は。
前を向いた。
この先に。
何があるのかは分からない。
どうして。
こんなにも懐かしく感じるのかも。
分からない。
それでも。
僕は。
一歩を踏み出す。
昔は。
ニールの半歩後ろを歩いていた。
いつの間にか。
隣を歩くようになった。
そして今日は。
ほんの少しだけ。
僕が前を歩いている。
でも。
きっと。
前でも。
後ろでも。
隣でも。
それは。
そんなに大事なことじゃない。
僕は。
ニールについてきたんじゃない。
ニールと。
一緒に歩いてきたんだ。
だから。
これからも。
僕は。
僕が行きたい道を選ぶ。
その道を。
誰かと一緒に歩けたら。
きっと。
一人より。
ずっと面白い。
「ハリトー!」
「何?」
「また速くなってる!」
「そう?」
「そうだよ!」
僕は。
少し笑った。
「じゃあ」
振り返る。
「早く来なよ、ニール」
「待てって!」
僕は前を向く。
そして。
また一歩。
森の奥へ進んだ。
この道を選んだのは。
僕だ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は初めての【ハリト視点】でした。
昔は、
「待ってよ、ニール!」
と、その背中を追いかけていたハリト。
それが今では、
「早く来なよ、ニール」
と、ハリトが少しだけ前を歩いています。
でも、きっと大切なのは前か後ろかではなく――一緒に歩いてきたこと。
そして今回、ハリトは自分で行きたい場所を決め、自分で進む道を選びました。
その道の先には、いったい何が待っているのでしょうか。
次回もお楽しみいただけたら嬉しいです!
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