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第三話『空白地帯』(改訂版 ver 1.01)

第三章『緑の勇者』、第三話です。


《エルティア大森林》の異変を追い、さらに奥へ進むニールたち。


魔物たちは、なぜ森の外へ向かっているのか。


そして、その先でハリトが感じるものとは――。


今回は、冒険者として「調べる」四人のお話です。


それでは、第三話『空白地帯』。


お楽しみください。

 森の奥へ進む。


 ハリトを先頭に。


 ミーナ。


 俺。


 シロナ。


 いつの間にか。


 この順番になっていた。


「止まって」


 ハリトが片手を上げる。


 俺たちは止まる。


 ハリトが地面を見る。


 少し先へ進んで。


 今度は木の幹を見る。


「どうした?」


「……こっち」


 進む方向を少し変える。


「何かあった?」


「足跡」


「また外向き?」


「うん」


 ハリトが歩き出す。


 俺たちも続いた。


 少し進むと。


 今度はミーナがしゃがんだ。


「ここにもある」


「同じ?」


「たぶん別の魔物。でも……」


 ミーナが顔を上げる。


「向きは同じ」


 森の外。


 いや。


 さっきハリトが言った通りなら。


 外へ向かっているというより。


 同じ場所から離れている。


 その場所へ。


 俺たちは進んでいる。


     ◇


 しばらく歩いた。


 木もある。


 草も生えている。


 鳥の声も聞こえる。


 風が吹けば。


 葉が揺れる。


 見たところ。


 普通の森だ。


「……静かじゃない?」


 ミーナが言った。


「静か?」


「うん」


 俺は耳を澄ます。


 鳥が鳴いている。


 虫の羽音もする。


「音はするぞ?」


「そうじゃなくて」


 ミーナの耳が。


 ぴくりと動く。


「少ない」


「何が?」


「生き物の気配」


 答えたのはハリトだった。


「たぶん、ミーナが言ってるのはそれだと思う」


「そう。それ」


 二人には分かるらしい。


 俺はシロナを見る。


「シロナは?」


「私には、そこまでは」


「よかった!」


「何がですか?」


「俺だけじゃなかった!」


「ですが」


「うん?」


「ニールさんほど嬉しそうに『分からない』とは言いませんね」


「結局俺だけ傷ついてない!?」


 ミーナが吹き出した。


 その声が。


 森の中へ消えていく。


「…………」


 ハリトは笑わなかった。


 地面を見ている。


「またある」


「足跡?」


「うん」


 俺たちは集まる。


 ハリトの隣にミーナがしゃがむ。


 俺も。


 今度こそ。


 地面をよく見る。


「…………」


「ニール」


「待て」


「まだ何も言ってないよ」


「今度は分かる気がする」


 土。


 木の根。


 落ち葉。


 その間を。


 じっと見る。


「……これ?」


 俺が指をさす。


「そこ」


「おお!」


「正解」


「やった!」


「ニールさん」


「何?」


「声」


「あ」


 俺は口を押さえた。


「……すみません」


 シロナが笑う。


 ミーナも笑っている。


「でも本当に足跡だろ?」


「うん」


 ミーナが別の場所を指さした。


「こっちは蹄」


 少し離れた場所。


「こっちは爪かな」


「一種類じゃない?」


「うん」


 ハリトが周囲を調べる。


「こっちにもある」


 いくつもの痕跡。


 違う魔物。


 それでも。


 進んでいる方向は似ている。


「やっぱり」


 俺は森の奥を見る。


「あっちから離れてるんだな」


「その可能性は高くなったと思う」


 ハリトが答える。


「何かに追われてる?」


「まだ分からない」


「大きな魔物とか」


「それもあるかもしれない」


「じゃあ――」


「食べ物が減ったのかもしれないし」


 先に言われた。


「水場が変わったのかもしれない。縄張りが変わった可能性もある」


「…………」


「何?」


「俺が思いつく前に全部言われた」


「じゃあ考えて」


「考えてる!」


「本当に?」


「なんでみんな俺にだけ確認するんだよ!」


「実績」


「ミーナまでリディアさんみたいなこと言うな!」


 でも。


 ハリトの言う通りだ。


 原因を決めるのは。


 まだ早い。


 俺たちの仕事は。


 調べること。


 そして。


 見つけたものを持ち帰ることだ。


「記録しておきましょう」


 シロナが手帳を取り出す。


「複数種の痕跡。進行方向は森林外部」


「場所はこの辺」


 ハリトが地図を広げる。


 シロナが書き込んだ。


 俺は。


 その様子を見ていた。


 魔物と戦うわけでもない。


 誰かを助けるわけでもない。


 歩いて。


 足跡を探して。


 地図に書く。


 ……調査って。


 地味だな。


『《肯定》』


「おい」


 三人が俺を見る。


「どうしました?」


「いや」


 俺は。


 腰のベルトさんを見る。


「今、俺の考えてること分かったのか?」


『《回答不能》』


「絶対分かってただろ」


「ベルトさん?」


 ミーナが聞く。


「うん。なんか馬鹿にされた気がする」


「仲良くなったね」


「これ仲良いのか?」


『《肯定》』


「お前が決めるな!」


「ニールさん」


 シロナがにこりと笑った。


「森の中では」


「……静かにします」


「よろしい」


     ◇


 さらに進む。


 少しずつ。


 森が深くなっていく。


「右へ行こう」


 ハリトが言った。


「何かある?」


「左は地面が柔らかい。足を取られそうだ」


「了解」


 右へ。


 しばらくして。


 ミーナが鼻を動かした。


「水」


「分かるの?」


「分かるよ」


「どっち?」


「あっち」


 ミーナが指さす。


 ハリトを見る。


「寄ってみよう」


「調査?」


「うん。水場なら痕跡が残ってるかもしれない」


「なるほど」


 少し進むと。


 木々の間から。


 水の音が聞こえてきた。


 小さな沢だった。


「おお」


 澄んだ水が流れている。


 俺は近づこうとして。


「待って」


 止まった。


「……俺、今まだ何もしてないぞ?」


「知ってる」


「じゃあ何?」


「足元」


 ハリトが指さす。


「お」


 今度は。


 俺にも分かった。


 泥の上に。


 大量の足跡が残っている。


「すごいな」


 大小。


 形も違う。


 たくさんの跡が重なっている。


 ミーナがしゃがむ。


「古いのもあるけど……新しいのもある」


「こっちは?」


 俺が一つを指さす。


「それは足跡」


「よし!」


「喜ぶところ?」


「成長だろ!」


「たぶんね」


 ハリトは。


 俺たちとは少し離れた場所を見ていた。


「……こっち」


「何かあった?」


 沢の端。


 泥の上を。


 足跡が続いている。


 森の奥から。


 沢へ。


 そして。


 そのまま外側へ。


「水を飲みに来た?」


「たぶん」


 ミーナが答える。


「それで、そのまま外へ向かった」


「水が原因かな」


 俺は沢を見る。


「飲めなくなったとか」


「でも飲んでるよ」


「……そうか」


「調べてみましょうか」


 シロナが沢のそばへしゃがむ。


 水面に手を近づける。


 淡い光が。


 指先から広がった。


 少しして。


 光が消える。


「どう?」


「少なくとも、私に分かる範囲では」


 シロナが答える。


「強い毒や、異常な魔力は感じません」


「じゃあ水は普通?」


「その可能性は高いですね」


「原因じゃない?」


「そこまでは言えません」


「難しいな」


「調査ですから」


「それ、便利な言葉だな」


「便利ではありません」


 シロナが笑う。


「一つ、可能性を確認できたということです」


「可能性……」


 俺は沢を見る。


 何もなかった。


 じゃない。


 少なくとも。


 今調べられる範囲では。


 水におかしなところは見つからなかった。


 それも。


 持って帰れる情報だ。


「なるほど」


「何が?」


 ミーナが聞く。


「いや」


 俺は立ち上がる。


「調査って、こういうことなんだな」


「今さら?」


「今分かったんだよ!」


     ◇


 沢を離れた。


 さらに奥へ。


 歩く。


「…………」


 しばらくして。


 俺は気づいた。


「なあ」


「何?」


「さっきから」


 周囲を見る。


「足、止めてなくない?」


 ミーナが。


 俺を見る。


「……うん」


「足跡、ないの?」


「それもあるけど」


 ミーナの耳が動く。


「やっぱり少ない」


「生き物?」


「うん」


 ハリトも止まった。


 しゃがむ。


 地面を見る。


「…………」


 少し先へ。


 またしゃがむ。


 今度は。


 木の根元。


 草むら。


 低い枝。


 順番に見ていく。


「ハリト?」


「少し待って」


 俺たちは。


 その場で待つ。


 ハリトが戻ってきた。


「ミーナ」


「うん?」


「こっち、見てもらえる?」


 二人が。


 少し離れた場所へ向かう。


 俺とシロナも続いた。


「ここ」


 ハリトが地面を指す。


 ミーナがしゃがむ。


「……ない」


「だよね」


「何が?」


 俺が聞く。


「足跡」


「一つも?」


「少なくとも、見つからない」


 ハリトが言った。


「じゃあ」


 俺は周囲を見る。


「魔物が全部逃げたってこと?」


「……違うと思う」


「何が違う?」


 ハリトが。


 来た方向を見る。


「さっきまで」


 地面を指す。


「いろんな魔物の痕跡があった」


「うん」


「全部、この場所から離れる方向だった」


「うん」


「でも」


 今度は。


 俺たちの前を見る。


「ここから先には、入った痕跡がない」


「…………」


 俺は。


 もう一度地面を見る。


「逃げたんじゃなくて?」


「それなら」


 ミーナが言った。


「入ってきた跡があってもいいと思う」


「……あ」


「でも、ない」


 ハリトが。


 静かに言う。


「少なくとも僕たちが見た範囲では」


 森の奥。


 そこだけ。


 何もない。


 魔物の足跡も。


 木についた爪痕も。


 食べた跡も。


 縄張りを示すような痕跡も。


「じゃあ」


 俺は。


 その先を見る。


「魔物がいない?」


「分からない」


 ハリトが答える。


 でも。


 その顔は。


 いつもと少し違っていた。


「ただ」


「ただ?」


「入ってないんだと思う」


「ここに?」


「うん」


 風が吹いた。


 木々が。


 ざわざわと揺れる。


 鳥の声が。


 聞こえない。


 さっきまで聞こえていた虫の羽音も。


 いつの間にか。


 消えていた。


「…………」


 静かだ。


 今度は。


 俺にも分かった。


 本当に。


 何もいない。


 そんな感じがする。


「戻りますか?」


 シロナが聞いた。


 ハリトは。


 すぐには答えなかった。


 周囲を見る。


 俺たちが来た道。


 森の奥。


 地図。


 空を見る。


「時間は?」


「まだ余裕があります」


「帰り道は?」


「ここまでなら問題ないと思う」


 ミーナが答える。


「天気も、今のところ大丈夫」


 ハリトが頷く。


「……もう少しだけ調べたい」


「理由は?」


 シロナが聞く。


「この境目を確認したい」


「境目?」


「本当にここから痕跡がなくなるのか。それとも、たまたまこの辺りだけなのか」


「なるほど」


 シロナが俺とミーナを見る。


「お二人は?」


「俺はいい」


「私も」


「では」


 シロナが頷いた。


「もう少しだけにしましょう」


「うん」


 ハリトが。


 また先頭に立った。


     ◇


 慎重に。


 進む。


 十歩。


 二十歩。


 三十歩。


「…………」


 何もない。


 さらに進む。


 ハリトが地面を見る。


 ミーナが周囲を探る。


「ない」


「こっちも」


 また。


 進む。


「ない」


「……ないね」


 魔物の痕跡が。


 本当に。


 消えている。


 なのに。


 森は普通に続いている。


 木がある。


 草がある。


 花も咲いている。


 水もある。


 魔物が生きられないような場所には見えない。


 それなのに。


 いない。


「変だな」


 俺が言う。


「うん」


 ハリトが答える。


「変だ」


 その時。


 風が吹いた。


 森の奥から。


 俺たちの方へ。


 木々が揺れる。


 葉が鳴る。


 ハリトの緑の髪が。


 風に揺れた。


「…………」


 足が止まる。


「ハリト?」


 返事がない。


 森の奥を見ている。


「どうした?」


「……また」


「また?」


「前に言ったやつ」


 俺は。


 少し考えて。


 分かった。


「懐かしい?」


 ハリトが。


 ゆっくり頷いた。


「うん」


「強くなった?」


「……分からない」


 ハリトは胸元に手を置いた。


「でも」


「うん?」


「近い気がする」


「何が?」


「それが分からない」


「…………」


「変だよね」


 ハリトが。


 少しだけ笑った。


「何があるのかも分からないのに」


 もう一度。


 森の奥を見る。


「ここまで来たら、余計に知りたくなった」


「そっか」


「うん」


 俺は。


 それ以上聞かなかった。


 昨日。


 もう聞いたからだ。


 呼ばれているからじゃない。


 ハリトが。


 自分で来たいと決めた。


 だったら。


 今はそれでいい。


 その時だった。


『《――検出》』


「……え?」


 腰を見る。


 ベルトさんが。


 淡く。


 青く光っていた。


「ニール?」


 ミーナが俺を見る。


「ベルトさんが」


 三人の視線が集まる。


 俺は。


 ベルトさんに触れた。


「何か見つけたのか?」


 少し。


 間があった。


『《照合中》』


「照合?」


 何と?


 そう聞こうとして。


 やめた。


 まだ。


 ベルトさん自身も調べている。


「分かる?」


 ハリトが聞く。


「まだ」


 俺は答えた。


 青い光は。


 消えない。


『《照合中》』


 同じ言葉。


 それだけ。


「…………」


 俺は顔を上げる。


 ハリトを見る。


 ハリトも。


 俺を見ていた。


 その向こうには。


 静かな森が続いている。


 魔物たちが近づこうとしない場所。


 ハリトが。


 なぜか懐かしいと感じる場所。


 そして。


 ベルトさんが。


 何かを見つけた場所。


 まだ。


 何一つ。


 答えは出ていない。


 それでも。


 俺たちは。


 確かに。


 何かのすぐそばまで来ていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


魔物たちが逃げている先にいたのは――強大な魔物ではなく、


「何もいない場所」。


そして、その場所に懐かしさを感じるハリト。


さらに、ついにベルトさんまで何かを《検出》しました。


果たして、《エルティア大森林》の奥には何があるのか。


次回もお楽しみいただけたら嬉しいです!


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