第一話『ハリトのクエスト』(改訂版 ver.1.02)
第三章『緑の勇者』、開幕です!
三つ星冒険者となったニール、ハリト、ミーナ。
第二章では「冒険者としてどう進むのか」を学んできた三人ですが、ここから物語は再び《勇者》へと動き始めます。
そして今回、最初にクエストを選ぶのは――ニールではありません。
《エルティア大森林》で起きている異変。
その先に何が待っているのか。
第三章も、よろしくお願いいたします!
「これ、面白そうじゃない?」
「却下」
「まだ最後まで読んでないだろ!」
「ニールが面白そうって言う依頼、大体面倒なことになるから」
朝のラグナード冒険者ギルド。
俺が手にしていた依頼票を、ミーナが一秒で却下した。
「《岩甲熊の生息域調査》だぞ?」
「熊じゃん」
「熊だな」
「なんで嬉しそうなの?」
「別に嬉しくはない」
「じゃあ、その顔やめて」
どんな顔だよ。
隣でハリトが小さくため息をついた。
「三つ星になったからって、わざわざ危ない依頼を選ぶ必要はないんだからね」
「分かってるって」
「本当に?」
「……分かってる」
「今、間があったよね」
「気のせいだ」
「おはようございます、皆さん」
後ろから聞き慣れた声がした。
振り返ると、長い銀髪を揺らしながらシロナが歩いてくる。
「おはよう、シロナ!」
「おはようございます、ニールさん。朝から楽しそうですね」
「ニールが熊と戦いたいんだって」
「違う! 生息域を調べたいんだ!」
「なるほど。熊を調べたいのですね」
「シロナまで!」
「私は何も間違ったことを言っていませんよ?」
そう言って、シロナが微笑む。
絶対ちょっと面白がってる。
「じゃあ、これは?」
俺は別の依頼票を見る。
「《石灰洞窟・発光苔採取》」
「洞窟か」
ハリトが覗き込む。
「採取場所はそれほど深くないみたいだね」
「面白そうだろ?」
「ニール」
「はい」
「依頼を面白さだけで選ばない」
「……はい」
ミーナが吹き出した。
「ハリト、お母さんみたい」
「やめてよ」
「じゃあ、お兄ちゃん?」
「それも嫌だな」
「なんでだよ。いいじゃん、お兄ちゃん」
「ニールのお兄ちゃんは大変そうだから嫌だ」
「どういう意味だよ!」
笑いながら、俺たちは掲示板を見る。
討伐。
護衛。
調査。
採取。
探索。
三つ星になったことで、受けられる依頼は増えた。
もちろん。
星が増えたから、何でもできるようになったわけじゃない。
むしろ。
前より考えることが増えた気がする。
何ができるのか。
何をするべきなのか。
どこまで進んで。
どこで戻るのか。
それを、自分たちで決める。
でも。
俺はそれが、なんだか楽しかった。
「こっちの護衛も――」
そう言いかけた時だった。
「…………」
ハリトが動かなくなった。
「ハリト?」
返事がない。
視線だけが。
掲示板の一角へ向けられている。
俺もそちらを見る。
一枚の依頼票。
そこに書かれていたのは――。
《エルティア大森林・異常調査》
「……エルティア大森林」
ミーナの耳が、ぴくりと動いた。
俺も。
さっきまで見ていた熊の依頼のことを忘れた。
ラグナードの北に広がる、巨大な森林地帯。
俺たちは以前。
あの森で行方不明になった三つ星冒険者、ディンさんとメリアさんを捜索した。
そこで見た。
本来なら同じ場所にいるはずのない魔物たち。
森の奥から。
外へ。
何かから逃げるように。
ディンさんたちも言っていた。
魔物たちは、自分たちを襲おうとしていたわけじゃない。
ただ。
森の外へ向かっていた、と。
俺たちはその情報をギルドへ持ち帰った。
そして。
それ以上は追わなかった。
あの時の俺たちの仕事は、ディンさんとメリアさんを連れて帰ることだったからだ。
でも。
ギルドも、あの異変を放っておいたわけじゃない。
「内容は?」
俺が聞く。
ハリトが依頼票へ顔を近づけた。
「外縁部から中層手前まで。魔物の生息域変化と、森の外へ向かう痕跡についての追加調査」
「追加調査……」
「うん。前回までの報告を受けて、調査範囲を広げるみたい」
前に俺たちが入ったのは、森の外側までだった。
今回は。
その先へ行く。
「討伐依頼じゃないんだね」
ミーナが言う。
「うん」
ハリトが依頼票を読む。
「原因の確認が最優先。危険度が高いと判断した場合は、深入りせず撤退すること」
「それでいいんです」
シロナが静かに言った。
「原因を見つけることと、それを解決することは別の仕事ですから」
「……うん」
俺は頷く。
前の俺だったら。
何かを見つけたら。
そのまま自分で何とかしようとしていたかもしれない。
でも。
調べて。
考えて。
必要なら戻る。
そして、持ち帰った情報を誰かに任せる。
それも冒険者の仕事だ。
俺が全部やる必要はない。
ハリトは。
まだ依頼票を見ていた。
「…………」
その横顔を見ながら。
俺は思い出す。
ハリトは前から。
エルティア大森林を気にしていた。
理由は分からない。
本人にも分からない。
ただ。
何かがある。
そんな気がする。
それだけだった。
だから。
俺は聞いた。
「ハリト」
「何?」
「どうする?」
ハリトが俺を見る。
ミーナも。
シロナも。
何も言わない。
俺も。
答えを急かさない。
これは。
俺が決めることじゃない。
少しだけ。
間があった。
「……行く」
ハリトが言った。
「呼ばれてるから?」
「違う」
すぐに。
ハリトは首を振った。
そして。
もう一度、依頼票を見る。
「僕が、行きたい」
その声に。
迷いはなかった。
「そっか」
俺は笑った。
「じゃあ、決まりだな」
「ニールはいいの?」
「なんで?」
「さっき、熊とか洞窟とか楽しそうに見てたから」
「熊はちょっと惜しい」
「惜しいんだ……」
「でも、熊は逃げないだろ」
「たぶんね」
「洞窟も逃げない」
「洞窟が逃げたら大事件でしょ」
ミーナが呆れている。
「だったら、そっちはまた今度でいい」
俺は。
ハリトが持っている依頼票を指さした。
「今はこっちだろ」
「…………」
「だって」
俺は笑う。
「ハリトのクエストだろ?」
ハリトは。
一瞬だけ目を丸くした。
それから。
「……うん」
小さく笑った。
◇
「《エルティア大森林・異常調査》ですね」
受付でリディアさんが依頼票を確認する。
俺たちの顔を順番に見てから。
机の上に地図を広げた。
「今回の調査範囲はこちらです」
指が。
ラグナード北部。
《エルティア大森林》の外縁部をなぞる。
そして。
前回俺たちが入った場所よりも。
さらに奥へ。
「以前よりも奥まで調査許可が出ています。ただし、中層より先へ進む必要はありません」
「この辺まで?」
ハリトが地図を指さす。
「はい」
リディアさんが頷く。
「現在確認されている異変は、複数種の魔物の生息域変化。それから、森の外へ向かう痕跡です」
「原因はまだ不明?」
ミーナが聞く。
「不明です」
リディアさんが答える。
「だからこそ、今回お願いするのは調査です」
それから。
少しだけ声を強めた。
「何かを発見しても、危険だと判断した場合は撤退してください」
「はい」
「討伐する必要もありません」
「はい」
「原因そのものを解決する必要もありません」
「分かりました」
答えたのは。
俺ではなく。
ハリトだった。
「必ず、報告を持ち帰ります」
「お願いします」
リディアさんが頷く。
それから。
なぜか俺を見る。
「ニールさんも、よろしいですね?」
「もちろん」
「本当に?」
「なんで俺だけ確認するんですか!?」
「念のためです」
「信用がない!」
「実績がありますので」
「それ、悪い方の実績ですよね!?」
ミーナが笑う。
「ニール、実績あるじゃん」
「嬉しくない!」
ハリトまで笑っている。
シロナは。
口元に手を当てていた。
「シロナも笑ってるだろ!?」
「いいえ」
「絶対笑ってる!」
「気のせいですよ」
「今日それ二回目!」
「ですが」
リディアさんの声に。
俺はそちらを見る。
表情が。
少しだけ柔らかくなっていた。
「今の皆さんなら、この依頼をお任せできます」
「…………」
その言葉に。
俺たちは少しだけ黙った。
三つ星。
前だったら。
この依頼は。
俺たちには任せてもらえなかった。
勇者だからじゃない。
青の《勇者装具》を持っているからでもない。
俺たちが。
依頼を受けて。
考えて。
仲間に任せて。
戻るべき時には戻って。
ここまで来たから。
冒険者として。
任せてもらえる。
「任せてください」
ハリトが言った。
俺は。
その横顔を見て。
少しだけ嬉しくなった。
◇
依頼を受けた後。
俺たちはギルドを出た。
「出発は明日の朝でいい?」
ハリトが聞いた。
「俺は大丈夫」
「私も」
「私も問題ありません」
シロナが答える。
「ただ、森の中で数日動く可能性があります。食料や薬、それから魔物避けも確認しておいた方がよいでしょう」
「分かった」
「水も多めに必要だね」
ミーナが言う。
「俺、水魔法使えるぞ?」
「飲み水全部ニール頼みにするの怖い」
「なんでだよ!」
「水球が顔面に飛んできそう」
「飛ばさない!」
「ニールならやりそう」
「ハリトまで!?」
いつものように話しながら歩き出す。
その時。
俺は気づいた。
ハリトが。
俺より少しだけ前を歩いている。
いつもは。
俺が先に歩いていた。
ハリトがその隣か。
少し後ろ。
子どもの頃から。
なんとなく。
ずっとそうだった。
でも。
今日は違う。
「ニール?」
ミーナが俺を見る。
「どうしたの?」
「いや」
俺は首を振った。
「なんでもない」
少し先を歩く。
ハリトの背中を見る。
エルティア大森林。
そこに何があるのか。
何が待っているのか。
まだ誰も知らない。
俺だって知らない。
ハリトだって。
きっと知らない。
でも。
それでいい。
「待てよ、ハリト!」
「早く来なよ」
「お前が先に行ったんだろ!」
俺は走り出す。
ハリトの背中を追いかけて。
なんだか。
それが少しだけおかしかった。
いつもは。
俺が先に走って。
ハリトが後からついてきていたから。
でも。
今回は。
俺が先頭じゃなくてもいい。
エルティア大森林へ。
ハリトが。
自分から歩き始めた。
これは――。
ハリト・ヴェールが自分で選んだ。
新しい冒険なのだから。
第三章第一話、最後までお読みいただきありがとうございます!
これまで、いつも少しだけ前を歩いていたニール。
その隣や後ろを歩いていたハリトが、今回は自分から依頼を選び、ニールより一歩前を歩き始めました。
「呼ばれているから」ではなく、
「僕が、行きたい」
ここから始まるのは、ハリト自身が選んだクエストです。
そして舞台は、第二章から異変の兆候が続いていた《エルティア大森林》へ。
ここから第三章『緑の勇者』が本格的に動き始めます。
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次回――《エルティア大森林》へ。




