『赤』
第二章『冒険者たち』を終え、物語は次の冒険へ。
……その前に。
少しだけ、遠い場所のお話です。
青の勇者、ニール・レイン。
その存在を知った、一人の女。
そして――
赤。
まだ交わることのない二つの物語が、少しずつ動き始めます。
幕間『赤』。
お楽しみください。
夜。
月の光が、黒い石で造られた城を淡く照らしていた。
その窓辺に。
一人の女が立っている。
長い髪。
尖った耳。
暗い肌。
窓の外には、夜の街が広がっていた。
まだ灯りの残る家々。
遅い時間だというのに行き交う人々。
遠くから聞こえる笑い声。
女はそれを、静かに眺めていた。
扉が叩かれる。
「入れ」
「失礼いたします」
一人の男が部屋へ入ってきた。
その手には、数枚の書類がある。
「アルヴェリア側から、新しい報告が入りました」
「……そう」
女は窓の外を見たまま答える。
「例の青についてです」
その言葉に。
女の視線が、わずかに動いた。
「確認できたの?」
「はい」
男が書類を見る。
「まだ若い人間の冒険者です。ラグナード周辺で活動しているようです」
「名前は?」
「ニール・レイン」
「…………」
女は。
その名前を聞いても、何も答えなかった。
「青の装具を所持していることも、ほぼ間違いないかと」
「そう」
短い返事。
男は続ける。
「それから、北部の森でも動きがあります」
「森?」
「魔物の生息域が乱れています。アルヴェリア側でも調査が始まったようです」
女が振り返る。
「原因は?」
「まだ」
「……そう」
男が。
少しだけ言葉を選ぶ。
「もし、あの森が我々の想定している場所なら――」
「まだ決めつけない方がいい」
「はい」
「青が見つかったからといって、他も同じとは限らない」
女はそう言って。
再び窓の外へ目を向けた。
「緑は?」
「確認されていません」
「白は?」
「不明です」
「黄は?」
「同じく」
そして。
少しの沈黙。
「……赤は?」
男が。
不思議そうな顔をした。
「赤、ですか?」
「…………」
女自身も。
なぜ。
その言葉を口にしたのか分からなかった。
「いや」
首を振る。
「忘れて」
「はっ」
男が一礼する。
「引き続き、青の動向を?」
「必要ない」
「しかし――」
「監視は最低限でいい」
女の声は静かだった。
「敵対していない者を、敵として扱う必要はない」
「……承知しました」
「森についても同じ。こちらから手を出さないで」
「はい」
男は再び頭を下げる。
そして。
部屋を出ていった。
扉が閉まる。
静寂。
女は。
一人になる。
「青……」
口にしてみる。
知らないはずの色。
いや。
色としてなら知っている。
当然だ。
なのに。
胸の奥に。
小さな違和感があった。
「ニール・レイン……」
知らない名前。
会ったこともない。
それなのに。
なぜか。
少しだけ。
懐かしい。
「…………?」
女は胸元に手を置いた。
何もない。
気のせい。
そう思った。
その時だった。
――トクン。
「……っ」
女が目を見開く。
胸の奥で。
何かが脈打った。
一度。
ほんの一瞬だけ。
赤い光が。
指先に灯る。
「…………」
女は。
自分の手を見る。
赤。
鮮やかな。
赤い光。
「何……?」
光は。
すぐに消えた。
残ったのは。
胸の奥にある。
説明できない感覚だけ。
そして。
女の口が。
自分の意思とは関係なく。
小さく動いた。
「……五百年」
静寂。
「…………え?」
女は。
自分が発した言葉に。
自分で驚いた。
「五百年……?」
なぜ。
そんな数字が出てきた?
何が。
五百年?
分からない。
記憶にもない。
それなのに。
胸が。
苦しい。
悲しいわけじゃない。
怖いわけでもない。
ただ。
何かを。
ずっと待っていたような――。
「…………」
女は窓を開けた。
冷たい夜風が。
部屋へ入り込む。
遠い。
遠い西の空。
そのさらに向こう。
アルヴェリア王国。
そこに。
青がいる。
「……青」
女は。
もう一度だけ呟いた。
そして。
今度は。
なぜか別の言葉が浮かんだ。
「なら……」
自分でも意味が分からない。
それでも。
その続きを。
口にしていた。
「緑も、もうすぐなのか?」
夜風が吹く。
女の髪を揺らす。
その瞳に。
一瞬だけ。
赤い光が宿った。
だが。
それを見た者は。
誰もいなかった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
今回は、第二章と第三章の間の幕間でした。
これまで物語の中心にいたのは、青の勇者ニールと、その仲間たち。
しかし当然――
彼らの知らない場所でも、世界は動いています。
ニールの名前を知る謎の女。
北の森についての情報。
そして、一瞬だけ現れた赤い光。
彼女が何者なのか。
なぜ「青」という言葉に懐かしさを感じたのか。
そして――
「……五百年」
この言葉が何を意味するのか。
今はまだ、秘密です。
ただ一つ言えるのは、
五百年前に終わったはずの《五大勇者》の物語は、まだ終わっていない。
ということ。
そして次章――
第三章『緑の勇者』
三つ星冒険者となったニールたちが、新たな冒険へ踏み出します。
舞台は、異変が続く北の森。
そこで待っているものは――。
次章もよろしくお願いします!




